一駅一話


「発車駅から目的駅に着く間に読める短いお話」ということで、作成しています。

1.親友 
2.飛べない猫 走れないカモメ
3.届かない新聞のお話
4.ワイルド

(1,2,3,4 森作)

親友

僕が電車通勤している間、満員電車はひとつのコミュニティであり、書斎になる。例えば僕はいつでも、右から3列目の左側の席に座る。なぜならこの席を降りてい40代くらいのサラリーマンが、僕の乗った次の駅で毎日降りていくからだ。すると僕の横に座っているのが、いつも同じ目が大きくて品の良い姿形のこの女子大学生ということになる。彼女はいつも文庫本を取り出しては熱心にそれを読んでいて、昨日まで鈴木清剛を読んでいたが、今日はなぜか源氏物語だった。

ちなみに僕も昔は彼女と一緒になって本を読んでいたのだが、最近なんとなく本を読む気にならなくなってしまった。なぜかはよくわからない。本が嫌いになったからかもしれない。集中力が続かなくなったからかもしれない。戦争が泥沼化しているからかもしれない。冬になったからかもしれない。失恋の痛手なのかもしれない。

とにかく、僕は本を読まなくなった。そんなわけで、僕は逆に本を書くことにした

本を書くことは、本を読むことと似て割と簡単な作業である。その時に頭の中にふっと浮かんだ物語を、そのままイメージだけ切り取って、ノートパソコンに言葉を入力していけばいいだけの話だ。僕は到着する駅に着くまでの間で物語を完成させることに決めているので、とりあえず電車の中に入ってから、その時に頭を浮遊している物語を、できるだけ忠実に文字に変換していく。


そして、今日も物語を書いていた。蟹の話だ。小学校時代から親友だと思っていた野球部の友人「吉川」が実は蟹だった、という衝撃的な話だ。

「高橋。俺、お前だけは親友だと思っているんだ」
「おぅ。なんだ吉川。イキナリ改まってどうしたんだ」
「実はな・・・・」
「なんだよ」
「実は俺・・・実は蟹なんだ」
「何いってんだよ。お前」
「いや、俺は蟹なんだ」

高橋は、吉川が蟹であることを信じることができない。しかし、よくよく考えてみると、確かに吉川は手がハサミでできているし、いつも横を向いて歩いていたような気がする。

「吉川、どうしていつもお前、横向きに歩くんだ?」
「別に。どうでもいいじゃないか。横に歩くのが好きなんだ」

野球部の合宿で一緒に先頭に入っていたときもそうだった。いつもみんなと一緒に風呂に入りたがらない吉川が、その日だけはみんなと一緒に入浴した。

「吉川、お前なんか顔が赤くなってるぞ」
「ほんとだ。吉川、ゆでだこみたいになっているぞ。ワッハッハ」

一同が大爆笑したその時、
「いやっ、違うっ!俺はゆでだこなんかじゃないっ!!」

その時、吉川の顔を確かにゆでだこのように赤かったのだが、必死の形相で彼はそれを否定した。あまりにも怒っているので、吉川の顔はゆでだこ以上に赤かったような気もする。

確かに言われてみれば、いくつもの思い出が「吉川は蟹である」という事実に連結しているような気がしてくるのだった。確かに吉川の顔は、ほ乳類と言うよりはどうみても甲殻類だ。

「よ、吉川。お前・・蟹だったのかっ・・・」
「そうなんだ。高橋にだけは、このことはずっと言わなきゃいけないと思っていたんだ・・」
「蟹・・・吉川は蟹・・・」

吉川は満足げに少しうなづき、駅の方に向かって坂道を駆け出した。もちろん横走りで、全速力で。
そして、坂道のてっぺんの見えなくなる寸前で大きな声で吉川は叫んだ。

「高橋ーーっ!」
「なんだーーーっ!?」
「おれが蟹でもーー、お前は俺のことを親友だと思っているかーーーっ」

「当然だーーーっ!お前が蟹であろうとなんだろうとーー、お前は俺の親友だーーーっ!

吉川はそれを聞いたあと、口元に軽く笑みを浮かべて、高橋に向けて手を振った。坂道のてっぺんで高く振り続けたその手は、確かに蟹のはさみそのものだった。その吉川の「手」が左右に振られるたび、その向こうに見える夕陽の柔らかい光を乱反射して、高橋は思わず目を細めた。自然に、本当に自然に高橋の目から涙がこぼれた。

その後、吉川は二度と高橋の前に現れることはなかった。高橋は、全国の海辺の市場に行って蟹を探したのだが、どの蟹も吉川ではなかった。



「・・いい話ですね・・」
「え?」

僕は物語に集中する意識から、突然現実に戻り、ふと視線を横にやった。すると、いつも電車の横に座っている女子大学生が、僕のノートパソコンを見て、涙を流していた

「私、なぜかよくわからないんですけど・・その吉川さんの気持がすごくよくわかるんです・・」
「は、はぁ」

僕はやや戸惑った。何を言っていいかわからなかった。

彼女は少し泣いた後のように、鼻をすすりながら、こう呟いた。
「・・蟹じゃなければ、いい親友になれたのに・・・」

彼女は、僕に向けてそう言った。そして、下にうつむいた。
僕はその時一瞬だけ、彼女のことが、雄大な南太平洋を優雅に泳ぐ美しいイルカのように見えた。
2003年11月30日 16時52分35秒


飛べない猫 走れないカモメ

新幹線に乗ったら、名古屋の次の駅が東京だった。地球の裏側にだって、一日かければ飛行機で飛べる。海外からでも日本のテレビが見える。メイルアドレスを誰かに送ったら、すぐに迷惑メールが届いた。最近、世の中のスピードが速くなっていると思う。私もその流れに流されているだけど、あまり心地よいものではない。しかし、我が国の素敵な交通網の発達のおかげで、私は今日、大阪と東京の間を往復することができる。

今日はいつものくだらない会議だった。会議というものはその大半がくだらないものだが、昨日の会議はそのくだらない会議の中でも、人生の五本の指に入るくらいのさらにくだらない内容の会議だった。

「えー、今日の議題は猫とカモメの違いについてです。何か意見はございますでしょうか」
「あ、事務局。少し質問させていただきたいのですが」
「どうぞ」
そもそも猫とカモメの違いについて議論する必要があるんでしょうか?」

ざわざわざわ・・・

「えー。すみません。そういう質問は後にしてもらえますか?」
「どうして?」
「本論を外れるからです」
「本論を外れる?そもそも議論をするに値するかどうかを聞いているだけですが」
「あのね。会議で『そもそも』という言葉を使うのは禁じ手ですよ」
「なぜ?」
「『そもそも』という言葉で今まで積み上げた議論を全て引き戻すことができるからです」
「そうですかね」
「じゃ、あなたは『そもそも』、何故この会議に出席しているんです?」
「この株式会社キャットシーガルの運営方針について、大阪支店の意見を述べるためです」
「というより『そもそも』、一地方支店に所属するだけのあなたが、この会議に出席する必要がないのでは?」
「はい?」
「『そもそも』会社の総括的な議事に、大阪支店の意見を聞く必要が一体どこにあるんです?」
「え?」
「会社の総括的かつ重要なことは、本店の役員会で決定することが、定款にもしっかりとうたわれているんですよ。そのことをあなたは認識しておいていただく必要がある」
「はぁ・・」
「要するにあなたはオブザーバーに過ぎないんです。よろしいですね?」
「は、はぁ・・・」

「さて、では、最初の議事に戻します。猫とカモメの違いについてですが、猫は哺乳類で4本足、それに比べてカモメは・・・


といった具合だった。
私は猫とカモメは決定的に違うと思っているのだが、今日の会議での決定事項として、「猫とカモメは原則的に同じ。ただし例外はある」という結論になった。過程は全くよくわからない。しかし、私はその議論の過程を、大阪支店の社員が納得できるように説明しなければならない。

ふとため息をついた。秋の夕暮れは、驚くほど早く夜の闇を連れてくる。

東京出張の時は、私はいつもキオスクでエビスビールを買うことにしている。40代も後半になってくると、仕事が終わった後のビールは欠かせないものとなってしまう。ビールは飲料としての機能だけではなく、アルコールを使った酩酊の機能だけでもなく、仕事と生活との区切りとしての機能であり、今日も一日様々な我慢をした自分へのご褒美としての機能をあわせ持っている。

車窓を眺め、流れていく東京の景色を眺めている。だんだん辺りが暗くなっていき、窓には私の顔が反射されてくる。私は普段は飲まないエビスビールの500ml缶を飲みながら、横浜名物、赤い色の箱に入った崎陽軒の「シウマイ」を食べている。「シウマイ」を楊枝で突き刺すと、その中から真珠色ともいえる肉汁がじわっとにじみ出て、私はそれをこぼさないようにして注意深く口に運ぶ。すると、その肉汁は口全体に広がって、噛めば噛むほど、私の舌や口の中の味覚神経をじわりじわりと刺激するのだ。そしてその刺激をゆっくりと楽しんだ後、エビスビールを口に含み、その肉汁の柔らかい刺激を洗い流す。

私はその瞬間だけは私は東京出張でうれしい、と思う。そのときだけだ。そのときだけ。
その余韻を確かめながら、車窓の外の流れる夜景を眺めていたら、急に眠くなってきて、自分でもびっくりするくらいに急に地獄の底のような重たくて深い眠りについた。


「ねぇお母さん、カモメと猫はどう違うの?」
「カモメと猫は全然違うのよ」
「何が違うの?」
「猫は冬になるとこたつの中で丸くなるでしょう?」
「うん。うん」
「カモメはこたつに入って丸くならないのよ」
「あ、そうだね」
「あと、カモメは空を飛べるのよ」
「うん。海岸をひゅんひゅん飛んでいるよね」
「猫はね、お空を飛べないの」
「そうだ。猫は飛べない」
「だから、猫とカモメは全然違うのよ」
「うん。わかった!」

そうだ、そうだよ。そもそも猫とカモメは全然違う生き物なんだよ。それをだいたい同じだなんて言ったら、猫にもカモメにも失礼なんだ。私は横の座席に座っているその親子に、思わず声をかけた。

「そうだ!猫とカモメは全然違うんだっ!」
「な、なに?おじちゃん」
「酔っ払っているのよ、このおじちゃん。顔が真っ赤でしょ?」
「ホントだ、おじちゃん。顔あかーい。」


アハハハ。私と一緒に子どもは笑ってくれたが、その若い母親は少しムスッとした表情で、私を観察していた。よく見ると、若い母親は、私の母親の若い頃とそっくりだった。そして、その子どもは、私の小さい頃にそっくりだった。

「坊や、よくお聞き。猫は飛べないし、カモメは飛べる。それはわかるね?」
「うん。わかる」
「でも時々大人たちは、猫は高くジャンプをすれば空を飛んでいるように見えるからとか、うみねこという種類の動物が飛べるから、とかそういう本当にバカな理由で、猫は飛べると言い出すことがある。だからカモメとはだいたい同じだ、と。」
「?」
「カモメは海辺を飛ぶ、優雅な鳥だ。一日中見ていても飽きない。坊やはカモメを見たことあるかい?」
「うん。あるよ」
「どうだった?」
「気持良さそうに空を飛んでた」
「そうなんだ。とても気持良さそうにカモメは空を飛ぶんだ。でも、猫は空を飛べない。猫はその代わりこの大地を走り回ったり、木に登ったり、人に愛されたりすることができる。猫とカモメは全然違う動物なんだ。わかったかい?」
「わかったよ。おじちゃん」
「それならいい。坊やもいずれ大人になる。そのときまでこのことを忘れちゃいけないよ」
「うん。わかった」
「・・忘れちゃいけないよ」
「うん!」


坊やが私に向けてにっこりと笑ったとき、私は突然眠りから覚めた。

車窓には赤い顔をした貧相な顔が写っている。どうやらもう浜松あたりらしい。思わず横の座席を確認してみたが、若い母親とこどもはおらず、赤いシウマイの空箱と、エビスビールの空き缶が転がっているだけだった。私はすぐに平静を装って、マイルドセブンを取り出してその先に火をつけた。一息だけ紫煙を吐き出したあと、なんとなく申し訳ない気分になって、すぐにその火を消した。
2003年12月02日 00時21分14秒


届かない新聞のお話

朝起きて新聞を取りに行くと、新聞がなかった。これまで3年ほど「毎朝新聞」の配達を頼んでいるが、配達を忘れたということはただの一度もない。しかたがないので、注文先の新聞配達店に電話してみることにした。

「あのー、新聞が配達されていないんですけど」
「あれ、そうだったですか。あれ、配達したんだけどなぁ。今から伺います。ごめんなさいね」

新聞はまたほどなく配達された。新聞配達のお店のおばさんが、「ごめんなさい。申し訳ありません。すみません」と、こちらが恐縮するくらい頭を下げて、新聞を置いていった。

こちらも別に新聞配達にたくさんのお金をかけているわけでもないし、よく考えたら毎朝きちんと配達してもらっている割には3000円くらいしか払っていないので、これは結構すごいことだなと思いつつ、ああ別にいいですよ、と言って玄関のドアを閉めた。

ストーブをつけて腰を落ち着けた。届けられた新聞を読み始めると、何かおかしい。よくよく見てみると、その届けてもらった新聞は、なんと昨日の新聞だった。今日は5日金曜日。日付はしっかりと4日木曜日と書いてある。

「あ、もしもし」
「は、3丁目の谷中さん。先ほどはどうもすみませんでした」
「あの、配達してもらった新聞なんですけどね」
「は、はい」
「昨日の新聞でしたよ」
「え?」
「今日って5日ですよね」
「そうですね。5日です」
「4日の新聞ですよ。これ」
「あれ。参ったなぁ。ごめんなさい」
「どうすればいいですか」
「あぁ。申し訳ない。至急今日の新聞を配達させてもらいます」
「お願いしますね」
「4日の新聞は賞味期限は切れてますか?」
「は?」
「あ・・ウソです。今から持って行きます」

しばらくすると、またあのおばちゃんがやってきて、さっきにも増して平謝りに謝って、新しい新聞を置いていった。一応僕は日付を確認して、5日の新聞であることを確かめて、さらに謝るおばちゃんを制して、玄関のドアを閉めた。

再度ストーブをつけて新聞を読み始めると、またも何かおかしい。よくよく見てみると、その新聞はなんと英字新聞だった。「Maiasa News paper」と書いてある。記事は全部英語。また電話するのも面倒になってきたので、とりあえずその「Maiasa News paper」を読んでみようと、1面を見てみたが「disarmament」の意味がわからなくて、1分でやめた。そして頭痛がした。

「あの、もしもし」
「は、3丁目の谷中さん。先ほどはどうも申し訳ありませんでした」
「さっき配達してもらった新聞なんですが」
「は。また何か?」
「今度は英字新聞でしたよ」
「あぁ。やっぱり」
「やっぱり?」
「いやいや。英字新聞でしたか」
「やっぱりってどういうことです? というよりあなた私を使って遊んでるでしょう?」
「とんでもないです。めっそうもない」
「とにかく、ちゃんとした新聞を持ってきてもらえませんかね」
「はい。すぐに」
「僕は普通に新聞を読みたいだけなんですよ」
「はい。ラーメンもおつけしますか?」
「は?」
「あ・・ウソです。ラーメンはつけずに持って行きます」

しばらくすると、またまたあのおばちゃんがやってきて、人類史上類を見ないほどの平謝りをして、また新しい新聞を置いていった。僕はその場で新聞を確認した。

「あ、新聞屋さん。これは違う。これはこども新聞だ」
「ひぃ。すみません。間違えました。これです、どうぞ」
「あ、新聞屋さん。これも違う。これは長渕新聞だ。みんな長渕語で書いてある」
「ひぃひぃ。すみません。また間違えました。これです。ホントは」
「あ、新聞屋さん。またまた違う。これはおサカナ新聞だ。おサカナ情報しか載っていない」
「ひぃひぃひぃ。ごめんなさい。またまた間違えました」
「あ、新聞屋さん。これは全然違う。これはトマトだ。新聞ですらない」

「ひぃひぃひぃ。ごめんなさい。もう間違えません」
「あ、これは毎朝新聞だ。しかも日本語版」
「よろしかったですか」
「ええ。これで終わりですね」
「ネタ切れです。すみません」

ついに僕はようやく新聞を受け取ることができた。またおばちゃんは例の平謝りをして、すごすごと去っていった。僕は玄関のドアを閉め、ストーブをつけた。僕がやれやれといいながら腰を下ろし、新聞をバサッと開くとそこから真っ白な鳩が飛び出した。鳩は窓を飛び出して、優雅に空に飛び立ち、青空の彼方に消えたと思ったらもう一度僕の家に戻ってきて、その時一緒に鳩と友達だというヤギがやってきて、僕が読もうとしていた新聞を食べた。ヤギはもしゃもしゃ新聞を噛みながら、人類史上類を見ないほどの大きなあくびをして、玄関のドアを開けて帰っていた。
2003年12月03日 00時00分55秒



ワイルド
「みなさん、ハロー」

僕をはじめとして、夏の終わりを惜しむようにビーチで泳いでいた数人の若者はきょとんとしていた。文字通り「きょとん」という音が聞こえるくらい、きょとんとしていた。

僕はおそるおそる聞いてみた。
「・・・というより・・・・あ、あなたは誰ですか??」
「そんなこと、別にいいじゃないですか。まあ、一緒に飲みましょう。どうぞ、どうぞ」

彼(以下「ワイルド」と呼ぶ)は、やや低姿勢になって、僕たちをお座敷まで友好的に案内した。途中で緑色の制服を着た店員たちが、「いらっしゃいませ、お客サマー」と連呼する。しかし連呼を終えた店員たちも、ワイルドの姿と右手に抱えた核爆弾を見て、まずきょとんとしてから、一瞬だじろぐように一歩下がって、後ずさりをしながら静かに逃げ出すのだった。

我々は店の奥のカラオケの部屋に通された。僕とワイルドとビーチで泳いでいた若者は、大きなテーブルに向かい合って座った。

店員さんが、先にお飲み物の注文を取りに部屋にやってきた。

「お飲み物のご注文を先におうかがいいたしまーす」
「えっと私はビール。他の人もビールでいいよね?」

ワイルドがそうみんなに聞くと、みんながおそるおそる手をあげた。

「全員、生ビールで。みんな気楽にね」

店員さんは注文をとりまとめたワイルドの姿を見て、またきょとんとしていた。

「・・・は、はい。生中を・・7つですね。よろこんで・・」

店員さんは決して喜んでいなかったが、大きな目を見開いたまま、後ずさりして部屋を出ていった。その後ドタドタと逃げるような足音がして、さらに向こうの方で「キャーーー」という悲鳴が聞こえた。

「生ビールを入れるのに、この国では悲鳴が必要なんだね」

ワイルドはそういいながらカラカラ笑った。僕とビーチで泳いでいた若者は、ハハハと笑ったが、その笑いはタクラマカン砂漠の砂嵐よりも渇いていた。

そのうち生ビールが運ばれてきた。生ビールを持ってきたのは、さっきの緑色の制服を着た店員ではなく、防弾盾を装備した機動隊だった。頑強そうな男達が防弾服に身をつつみ、密やかに部屋の中に入ってきた。

機動隊の一人がワイルドに話し掛けた。

「ワ、ワイルドさん」
「なんですか」
「ほ、ほかにご注文は、あ、ありますすか」
「鶏のなんこつからあげとしまほっけ。あと、なすのおつけものに、ガーリックピザ。シーザーサラダに、モツ煮込みをもらおうかな」
「は。・・・・・もう一度言っていただけますか・・?」
「『鶏のなんこつからあげとしまほっけ。あと、なすのおつけものに、ガーリックピザ。シーザーサラダに、モツ煮込みをもらおうかな』って言ったんだけど、聞こえなかった?」
「か、かしこまりました」
「さっきのは聞こえたの?聞こえなかったの?」
「き、・・・聞こえました」
「なら聞き返すことないじゃん

一瞬ワイルドの目がキランと光ったので、みんな一斉に身をこわばらせたが、機動隊が最敬礼をして部屋出て行くと、ワイルドはまたハハハと笑い始めた。そして我々はまた、渇いた笑いを浮かべながら、とりあえずハハハと笑った。

「あいつ、おびえてたね。自由にやればいいのにね」

メニューを待つ間、みんな静まり返っていた。自由にやるどころの騒ぎではなかった。

そのうち、注文したメニューが運ばれてきた。今度は機動隊ではなく、自衛隊だった。どうやらどこか上の方で、機動隊の範疇ではないという判断が下されたらしい。

「どうぞ。好きに食べていいよ。僕はもう食事を済ませてきたんだ」

みんなかなり遠慮がちに箸をとりながら、おそるおそる料理に手をつけた。僕はしまほっけのかけらを口に運んだが、とてもその味を楽しむような余裕はなかった。

「今日は僕のおごりだから、自由に食べていいよ。自由にね」

僕やビーチで泳いでいた若者たちは、小さな声で「ありがとうございます」と言って、鶏のなんこつ唐揚げやシーザーサラダを食べた。

その時、ビーチで泳いでいた若者の一人が言った。

「あ・・あの、僕たこわさびが好きなんですけど、注文していいっすか

ワイルドはその時、ピタリと笑うのをやめて、目をキランと光らせた。そして、その若者を直線的ににらみつけた。

「いいよ。注文するのは自由だ。君と僕とは対等だ。君が好きなものを注文すればいい。お代は僕が支払う。ただそれだけのことだよ」

そしてその若者に銃口を向けた。その若者が驚いて両手を挙げた。ワイルドは若者のおびえた様子を見て、またハハハと笑った。
2003年12月22日 23時08分01秒




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