The LOVE LIVE TOUR2001 「SUN」
| 6.18 | 福岡イムズホール |
| 6・20 | 大阪バナナホール |
| 6.21 | 名古屋ell,FITS ALL |
| 6.30 | 東京表参道FAB |
「いつでも僕らをわかってくれますか。」
そんな言葉をどこかで、誰かが、救いの手を差し伸べて・・・
いたのにも、気付かずにいた「あの頃」。
・・・・が存在するような気がした。2001年の夏。・・・・
いつかの思い出 忘れてゴメン
6月18日、福岡。1年前の記憶。あの空に帰りたいと思った。
6月20日、大阪。福岡空港にて。
――逃げ出したい時はよく来てた。どんな重い雲が広がってても、飛行機に乗れば
いつだって、青空が見えるのに・・・息が詰まりそうだ・・・一人になりたかった――
6月21日、名古屋。雨上がりの空の下。一本の電話。一通の手紙。
6月30日、――朝6:00。寝つけないままふと起きあがる。空をみたくなった。
”この風はきっとどこかで 君とつながってるから”
生ぬるい風が心地よい。黒い雲がものすごい速さで流れていく。その上に白い雲が見えた。
その隙間、遠い彼方に青空が少しだけ姿を見せた。――
≪君が思うような空を描けなくても 顔を上げて行きなさい≫
≪福岡≫
昼迎えに来てもらい、天神で昼食。焼肉屋の前を通ったが運命。昼からビールと焼肉。
これぞ、休みの究極の贅沢。(私だけ?)
いつも、ライブが終わった後に飲むとどことなく寂しい。だれかれとなく、「終わっちゃったね」と
聞こえてくる。何事にも終わりがあるのは、わかってるんだけど。やっぱり寂しい。
だけど、今日は違う!!飲んだ後にもまだ楽しみが!ライブがあるぞ!!
結局カラオケまでなだれ込み、Freeで締めてライブに向かう。
「今日はもう、Freeはいいよ。って言わないかんね!!」
イムズホールの一番後ろ。PA卓のすぐ前。飛べるスペースを確保して、開演を待つ。
今日の楽しみは、このメンバーで久々にラブのライブに行けること。それだけで充分だった。
「自分達」の空間だけが欲しかった。会いたい人はいっぱいいるが、今日はこれ。
スタッフとさえもロクにしゃべらず。ラブの登場。全く見えない・・・のが気にならない。
「もう、Freeはいいね!!・・・・・・・・」フ・・・フ・・・ふりぃーーーー?????Free????
え?マジですか・・・ラブ。ま〜じですかぁ〜とつま先から頭まで叫んだ。もうどうにでもなれ。スタート→
前らへんで見るときは、全くメンバーの名前とか叫ばないんだけど、後ろだと不思議と叫ぶのね。
名前にとどまらず・・・どうせ聞こえないってのが前提にあるから?聞こえなくもヤバイっしょ。これ。
「Free」から「なんで・・」から、またまた「ロックスター」。このジェットコースターに乗ってるような
凹凸が在るたびに「うぉいおいおい〜〜」と後ろから突っ込む。
ギターの音がずれれば、すべって、「おい!とすぃおぅ〜」と目玉オヤジバリの突っ込み。
平君の部屋にキノコが現れたとのMCに「そっかぁーまーた出てきたか!!アイツ」
トシオの部屋には「桜の盆栽」とのMCには、後頭部に何かあたったか?ばりのリアクション。
「ぼぼぼぼぼぼ・・・盆栽??しかも桜かぁ〜〜いい!!なんでやんねん。アホアホ。」・・・・・・・・・・
「君がいれば無敵になれる・・・って歌で『無敵』」!!!!!!!!!!のぉーーーー!!!!!
でたーーー無敵!!!!これか!!オフィシャルを見てた人には、この話しわかると思うけど・・・
こんなとこで、ひょっこり出てくるとは。もちろん後ろでは、「っっうぁーーー!!!これだぁ!!」
そして、すぐ始まった歌い出しを聞いて、また「っっうっぁーーー!!あれだぁ!!!!」
もうねぇ、「オマエラいちいちうるせぇーよ!!」って聞こえてきそうな勢い。しかし「私達の空間」。
そう。あの「無敵」って曲は、形は結構変わってたものの、去年の学際で一度だけ演奏し、
曲名が謎であった、幻の一曲(名曲って意味ではない)。まさかこれが「無敵」とは・・・・
「特別なモノ」−聞き手全員の心に”一対一”になって入ってこれる歌詞・・・帰れる歌。
誰にでもきっと、「帰れる歌」がある。その歌を聞けば、思い出す場面。匂い。景色。人。
その歌と一対一で向き合えたから、心の奥深くに根を張ってる。
「無敵」を聞けば、みんながみんな雨に濡れてのライブ。
「暑中お見舞い」を聞けば6月の「愛に恋」ツアーのみんな。
大阪に行くことを決めたのは、当日。朝一本の電話。この人からは必ずといっていいほど、
空港にいる時に電話がなる。
「うん・・・じゃあがんばってね」との言葉とは裏腹に、心がふらつく。
誰かの励ます声も・・・重荷にさえなったけど・・・
枯れそうな夢 この手に抱いて ねぇ どこまで行けるかな・・・
・・・・どこまで行けるんだろう・・・ホントに。ドコマデイケルンダロウ。
”間違ってない”とは誰も言えないけれど、この言葉、ラブからの返事であるようにも聞こえた。
もし、出会ってなければ、今頃私はどこにいたのかな。どんな道を選んでたかな。
「今」は間違ってないのかな。ちょっとだけ臆病になる日々の中で、始まったツアー「SUN」。
私は、これから何度、この言葉を聞くのかな。言われるのかな。全部背負って行く
覚悟はあるのかな。まだひき返せるよ。歯止めのきかない絶望。
―――いつでも 僕らを わかって くれますか―――
涙ながらに、誰かにすがりついて、訴えたい気持ちになった。
他人よがりでも、『間違ってない』と言って欲しかった。間違ってない・・・って。
”吊り革にしがみついて 君が路頭に迷うなら”・・・迷うなら。迷うなら・・・迷うなら?
――君が路頭に迷うなら 常識さえ噛み砕いて 身を削り歌うよ――
漂白からWalk以来の平君だ。「君のため」に「歌う」よと。
「君のために」が響くんではなくて、「歌う」ってこと。アナタが言う「歌う」
歌いつづけて欲しい存在の彼が、できることは「歌うこと」と本人が言ってくれる自信。
(名古屋)泣き出しそうな一線を必死で耐える。強い眼差し。正面からぶつかれ。
泣いてしまっては、もう収集がつかない。
終わって外で一人・・・輪から離れて泣いた。
誰ともいたくない。
この場にいたくない。
どこに行きたいんだろう。居場所が見当たらない。
必死でポカンとあいた心の隙間にあるものを探した・・・
Written by パンジェル
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実はこの日、手紙を書いた。ライブ前に渡したかったが、間に合わず。
でも、なぜか「今日」伝えたかった。「今日言わないと」って妙な感に襲われて。
会場時間に友達だけ先に入ってもらい、一人で手紙を書いた。
ついたころには、もう開演直前だった。ホントに始まる直前に佐藤さんに預けた。
驚くほどにこの日のライブは、手紙の内容と呼吸してるかのようだった。
手紙の一部。ほんの一部に親の話しをした。自分と親の話し。
――(省略)私は親にものすごく悪いことをした。それはわかってたんだけど・・・・
どうしても捨てれない。“ごめん・・”としか言えない。悪いのはわかってても
“でもね・・・”って。
親には一生かかっても恩返しできないだろうな。親ってすごいよね。
親の期待通りに生きようとは思わないけど、裏切ってばっかだ・・・私。
だからって押しのけて自分が選んだ道が正しいかって言われたら、
胸はって言えないし・・・絶対つかんでやる、って思うけど、見えないものが
怖かったり・・・(以下省略)――――
突然のMCで平君が話し出した。どういう切り口でそうなったかは覚えてない。
「でもさ、親には言える時に言ってたほうがいいよ。“ありがとう”なりの言葉を。
言える時にね。」
きっと、こんな話しをするのは、後にも先にもこれが最初で最後のような気がした。
直感でそんな気がした。だからこそ、「今」これを話すことが余計気になった。
ほかにもなぜかこの名古屋の日は、私が今思ってること、迷ってること、すべて
手紙に書いたことへの「返事」がどんどんぶつかった。恐ろしいほどに。
そのたびに頭が真っ白になる。「なんで・・・・知ってんの・・・」
それがずっと回る。
もっと恐ろしかったのは・・・このときはまだ手紙を読んでなかったこと。
つまり、手紙に対しての反応がどうのこうのって意味ではなく・・・・
何かが繋がった気がした。その日だけ。偶然に。
双子はよく離れていても同じことを感じたり、考えたりしてる時がある。って感覚。
究極を言えば、非科学的なこと。それくらい怖かった。不思議だった。放心状態だった。
「うれしかった」てのは、かなり後になってから。少しだけ感じた時があった。
なんかよくわからないけど。ツアドキュが途中で終わったままずっと書けずにいた。
思いだそうとすれば、このことが思い出されて、どうにもこうにも言葉に表せなくなる。
そして、最後の言葉が今も続いてること。まだ私はあの時の延長線にいること。
だから、これはこのまま「未完成」=「現在進行形」の形で終結を迎える。 Written BY パンジェル
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