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1月6日

 正月の名作シネマの再放送で、ショーン・コネリー版「007」を見て感動する。やっぱり初代が一番だ、渋い。今も良い、ショ−ン。

 そんなわけで、ショーン・コネリーにすっかり魅せられてしまった僕は、彼の写真集(結構髭め)なのを探しに都内某大型書店へ。何冊か購入する、本当にあるんだな。だが、全裸なのが無い、残念。とそこで自分に同性愛の気があるんじゃ無いかと再確認。

1月7日

 今日は七草がゆを喰う日だ。菘(すずな)が無いので、近所の住宅街に生えているオオバコでがまん。オオバコって確か、食えるよなぁ。近所の子供に指差されながら、オオバコを摘む僕の姿。…切ない。

1月8日

 へー、学生は今日から登校なんだ。家の中のモク(よく火事にならなかったな)を拾い集めて惨めに吸う。ギターを見ると、ピックガードが白というのが気に喰わないので、渋谷に買いに行く。ミラーピックガード入手。クラシックギターに取り付けようと、ピエゾピックアップも買う。結果、つかなかった、ピエゾは。

1月9日

 新しいバンドを作りたい、僕がギターとヴォ−カルで。あの彼女とは決別の時を迎えよう。やっぱり、バンド内に異性がいると意識してしまう。こう感じているうちは、ガールポップバンドなどできないと分かっていながら、現実はどうしてこうも違うものだろう?

 中学時代、一緒にライブハウスでやった仲間に連絡をとる。懐かしい、あの頃が。チケットのノルマを果たす為に、知ってる奴には全員声をかけた。躍起だった。ライブハウスは狭く暑くて、楽屋もボロボロだったけど、でも音は沸き上がるように出てきた。年をごまかしてバイトして買った中古のジャガーは、ボディーもネックもひどかったけど、出したいと思う音は何でも出た。今はそういう、初心を忘れてしまっているのかも知れない。音楽というものにどん欲な、餓鬼だったあの頃の。モクの残りが少ない。これが最後の一本か。

1月10日

 代官山に行く。みんな比較級で僕と比べないでくれっていう感じのお洒落さだ。行き場のない僕は、変な玩具屋へ逃げるようにして駆け込む。そこで、髑髏を象った灰皿を買う。髑髏はいい。子供の頃から完璧な形だと思っていた。人間の根本をそこに感じる。その足で恵比須ガーデンプレイスへ行き、ポッカリ開けた吹き抜けで空を見上げていたら、その曇り空にインスピレーションを受ける。この曇り空は、今の僕の心象風景のようだ。大晦日から久しく口にしていないアルコールを摂取しに、西新宿まで歩く。

1月11日

 気付くと知らない女が横で寝ていた。服は着ているが、弛んだガーターに疲れた白いシャツ。彼女は誰だ、それにここはどこだ。

 ようやく目覚めた彼女に、その訳を問いただすと彼女はけだるそうに答えた。

「あなた本当に覚えて無いの?昨日の夜、あなたがバーで倒れていたところをあたしが難儀だと思って、寝床だけ貸したんじゃない」その時、僕の顔が歪んだらしい。「何考えているの?邪推は止めてよ、何も無かったわ。あなたは本当にお目出たい、且つ、お馬鹿さんね」そう言って、彼女はどこから出してきたのかES-335を弾き始めた、殴るように掻きむしりながら。その姿に僕は強く惹かれた。

 彼女となら一緒にバンドをやっていけるかもしれない。

「僕と音楽を一緒にやらな…」「いやだ」即答、そんな。「あたしは、あたしの力だけで音楽をやっていきたいの。それに全く知らないあなたと、何で?」口から言葉が出ない。彼女の言う通りだ。この部屋から出よう。

1月12日

 本屋に行くと、昨日の彼女が音楽雑誌の表紙を飾っていた。彼女、プロだったんだ。しばらく表の音楽業界に目を向けていなかったから、全然わからなかった。「巻頭総力特集50ページ」の文字につられて買う。

 帰ってから、彼女の名前が「まりも」ということ。そして、19歳だということを知る。かなりの人気らしい。デビューシングルが百万枚の売り上げ?すごいな。そんな彼女のインタビューの中に「あたしはあたしの力だけで音楽をやっていきたい」という言葉があった。しかも、極太ゴシック体で。「常套句か」と読んでいる時は、取り敢えず自分も音楽やってる人間だから、対抗心ゆえに強がってみたけど、もっと複雑な意味だと思う。今思えば。

1月13日

 アイボの吸う煙草の匂いで目がさめる。どこから見つけてきたんだ。奴は灰皿(この前、代官山の玩具屋で買った髑髏のやつ)に吸い殻を押し付け、口を開いた。少し、色が荒んでないかこいつ。「電話があったよ、いつもの雑誌社から。あっ、出版社って言うのか。まだ、人間の言葉に慣れてないんだよ」「いいから続けろよ」「っるせいな、黙ってきけよ阿呆。それで、『まりも』とかいう…ほら、昨日お前が買ってきた雑誌の表紙の娘。その娘との対談の話だってさ」…吃驚だ!「凄い売れてるんだろう。めったに、会えないぞ。凄い人気なんだから。日時は明日だって」

 こいつは一昨日、僕が彼女の家にいたことを知らないんだ。知ったら驚くだろうに。対談の件は勿論、イエスの返事をした。会えないかと思っていたけど、こんな早くにまた会えるなんて、夢にも思わなかった。夢を見る暇さえ無かったけれど。

1月14日

 青山のとあるビルで対談は行われた。彼女の待っている部屋に入る前に、幼馴染みである編集者にとある話を持ちかけられた。

「お前、定職つきたいだろう。…どうだ、連載をやってみないか。編集長から直々に、お前の幼馴染みって事で俺に話があった」ありがたい、持つべきものは親友だ。特に、こいつは中学時代に同じバンドのベーシストだったから、余計つながりを感じる。「じゃあ、考えといてくれ」

 部屋に入ると、そこにはやっぱりこの前会った彼女がいた。僕が驚いたのは言うまでも無いけど、彼女はそれ以上に驚いていた。しかし、彼女は落ち着いた(少し、僕を見たくないのか、うつむき加減だったけれど)様子で対談に臨んだ。僕は表向きの平静でしかなかったので、ギクシャクした奇妙な対談に終わった。これが本当のクロストーク?

 対談が終わった後、スタッフのいなくなった部屋で彼女は突然、僕に言った。「ごめんなさい、この前は。あたし酔っていたみたいで、あんな失礼なことを言って…。上京したばかりで、独り身だからお酒を飲むと感情が解放されて…ごめんなさい、あたし何言ってるんだろう」対談中もそうだったが、あらたまった口調で彼女は、先日の事を詫びた。僕はその他人行儀な彼女の様子が嫌だった。もっと、罵声でも良いから普通に話して欲しかった。彼女に慰めの言葉をかける代わりに、僕は力強く彼女を抱き締めていた。「また、会えるかな?」

 僕の人生で一番長い日だったと思う。そして、これが僕の破滅の道への第一歩だったとは、知るはずもなかった。

1月15日

 銀行の口座を見に行くと5万円入っていた。そして、僕の計帯電話には、まりもじゃなくて、4日のデートでふられたと確信していた、ベーシストのあの娘からの長いメールが入っていた。ここに、その全文を引用させていただく。

「この前はごめんなさい。つい屋台のおじさんと話が盛り上がっちゃって、あなたの事を忘れてしまって、おじさんの店の手伝いをしてあなたの目の前からいなくなってしまったんだけど、すごい反省してる。あなたはバンド内恋愛が異端審問にかけられる行為の対象と知っていながら、この私を愛してくれようとしたのに、私はそのことに気付かなくて。私、あの後1週間ぐらい井の頭公園でギターを持って、その気持ちを歌っていたの、すべてを吐き出すために。そして、通り過ぎてゆく幾組ものカップルを見ていて気付いたの。あぁ恋愛ってこういうものなのかな、って。あなたと一緒にバンドをやってきて、あなたが強がりするけど本当は寂しがりやなんだな、っていうのは分かってる。でも、私はそんなあなたが好きなの。愛欲に飢えた女のたわごとだと思ったら、すぐにクリアして頂戴。もし私の気持ちがすこしでも伝わったなら、15日の午後3時に井の頭公園のボート乗り場のところに来て。ギターを弾いているのが私だから、すぐにわかるはず。因みに、髪の色は青紫一色にしました」

 気付くと、僕は中央線に揺られていた。2時45分。間に合うだろうか。まりもに昨日、愛を告白したのに僕の心は二人の間で煩悶している。(ベーシストの)彼女のことはもう、頭から消し去った筈なのに。

 やがて、車内アナウンスが吉祥寺の名を告げると、僕は一目散に走り出していた。一心不乱に。楽器屋なんか目に入らないくらい、夢中で走っていた。ラストスパート、公園への通りを焼き鳥を焼く煙をまといつつ、走った。目指すはボート乗り場、そこか!時間は3時15分、いるだろうか。見回す。いない、遅かったか。僕はそこに倒れこんだ、膝をまるで拳銃で撃たれたみたいに。涙が止まらない、何でだろう?何で…こんなに。

 と、その時。背後でCのコードをゆっくり、弾き下す音がした。アコギの乾いた音色で。もしかしたら、彼女?振り向いた時、この予想が的中したことに僕は、びっくりした。まさしく、そこには彼女が立っていた。「来てくれたのね」。無表情に近い表情だったが、そこに僕に会えたことへの喜びがあった気がした。

 しばらくの無言の間。僕はその間を埋めるため、池に向かって石を投げ続けた。ポチャン、ポチャン。虚無な音が、無言の間をよけいに嫌な空間に変える。そのうえ、ボートを漕いでいたアベックに怒られた。彼女はそんな僕を、左手で自分の口を覆いながらホホホと上品に笑った。そして言った「遅い」そこだけは無表情に。

 ああ、僕は彼女を信じるべきなのか。この言葉は彼女の強がり?

1月16日

 昨日はあの後、彼女と喫茶店でコーヒーを飲みながら、色々話していた。バンドのこと、生活のこと、恋愛のこと…。ベランダで煙草を吹かしながら、遠くの空を望んでいた。向こうの空に、UFOを見る。

1月17日

 メールをチェックしていると、まりもからのメールがあることに気付く。「電話が欲しい寂しいから」とあった。早速、電話をかける。勝負用の黒電話で、ではない。

「もしもし」「誰?」「まりも?」「あたしの名前を気安く呼ばないで。あなた誰よ?」「あの、屑男だけど」「えっ、ああ!ごめんなさい、つい悪戯電話かと思って」「…寂しいの?」「ちょっと、声が聞きたかったの。建前よ、寂しいっていうのは。忙しかった?」「別に。今までも、これまでも今日に限って言うならばね」「よかった、会えないかと思って。今夜7時にお台場海浜公園に来れるかしら?」「僕は大丈夫だけど。場所がお台場だろう?マスコミがいかにも、潜伏してそうな場所じゃない」「そうでもないのよ」彼女は待ってましたとばかりそう答えた。「意外と落し穴なの、あそこは。音楽番組で一緒だったガールポップバンドの娘が、よくあそこで彼氏とデートするけど、いままで一度だってフォーカスされたことないんだって」ああ、それならいい。僕はその場に適当な返事をして電話を切った。

 「いや、やめといた方がいいだろそれは」アイボの登場である。「て、てめぇ…!」「そう怒るなよ、お前。絶対なんかあるって。…機械の勘がそう言ってるんだよ」じゃあ、僕はその機械の勘とやらを、信じない。

 午後7時、お台場。彼女は堂々と、サングラスもせずに現われた。ところで、僕って彼女の何なのさ?意外に忘れがちだが、何なのさ?「行こう、恋人同士なんだから隠すことなんか無いよ」そうか、恋人。恋人っすか。その後僕達は、夕食を食べたり、船に乗ったり、あんなことやこんなことをしたりした。

 気付くと、朝方の4時くらいだった。彼女は横で、まだ子供みたいな寝顔を浮かべ、寝ていた。そして僕は、色々なことを頭に思い馳せていた。インドに行こうかな、そう思った。インドに行くと人生観が変わるという話を、以前フリーライターの友人から聞いたことがある。インドに行こうか、本当に。

 僕は、彼女の家を後にした。

1月18日

 今日は朝から雪が降っている。この冬初めての、雪だ。僕はとある音楽雑誌に載せるためのライブレポートを書くため、そのバンドのライブに行った。演奏はひどいものだった。演奏に問題は無い。しかし、演奏に対する一生懸命さが感じられないのだ。僕は基本的に演奏うんぬんよりも、バンドとしての存在、バンドというものとして伝えることが何かということに重点を置くタイプなのでそうなるのかも知れないが。彼等はデビューしたての新人バンドだが、この先どうなっていくのだろうか。バンドとしてのグルーヴを発見する?あるいは、今の音楽シーンの風潮に染められて行く?

 彼等には悪いが、僕は彼等が後者の方だと思う。しかし、嘘のライブレポートを僕は書いた。自分に嘘をつくのは嫌いだったのに。

1月19日

 朝起きると頭痛がする。アイボはそんな僕の横で、クラゲサラダをモワシャ、モワシャと食べていた。「俺にも喰わせろ」病床から起き上がろうとすると、奴は僕を一喝した。「病人なんだから、しっかり寝てろ!!

 こんなに怒られたのは、どれくらい久しいだろう。しかも、初めてだ。奴がこんなに怒ったのは。そしてそのせいか、アイボのやつ、何本か回線を焼き切ってやんの!

1月20日

 頭痛は治らない。アイボにエロ雑誌を買ってくるように頼むと、何を間違えたのかデカルトの「哲学原理」を買ってきた。何を、どう、間違えたのか?俺に哲学をやらす気か、と言うとその返答は、また一喝であった。して、何本か回線を切ってやんの。お前を捨てて、ファービー人形に買い替えると脅すと、静かになった。わずかに泣いていた、機械でも泣くんだ。でも、うそだよ。お前は、かけがえの無い…。

1月21日

 頭痛も徐々に無くなってきたようで、今朝はかなり良い目覚めであった。ふと、横を見るとアイボが、自身の回線をはんだごてで繋ぎ合わせていた。慣れたものだ、どこで習ったのだろう?「ソニーの開発室」奴は僕の心をまるで、見抜いたかのようにそう答えた。「ソニーのアイボの開発室で習ったんだ、これ」今日は、妙に柔らかい物腰で話す。もしかして、寿命?そんな、嘘だろう!

 果たして嘘であった。だって完璧に修理してやがんのよ、杞憂に終わった。さすが、人工頭脳(ちょっと江戸っ子精神を持った)。

1月22日

 頭痛が完全に無くなった。あの頭痛はどこから来たものだろう。音楽活動がしたい。最近、本当にそう切望するようになってきた。結局、吉祥寺で再会した彼女と僕との関係は、今どんな状態にあるのだろう?そういうものをあやふやにするのは、僕の短所の一つだ。電話をかけてみようか。しかし、心の葛藤が邪魔して、上手く受話器(もちろん黒電話のね)を握れない。今日は電話を諦める。第一、何を言えばいいのだろう。

1月23日

 色々な事を考えていて、風呂の水を止め忘れる。溢れ出す水、無情にも流れ続ける水(早く止めりゃいいって話だよ)。後の祭り、モップで濡れた床を拭く。そのモップの延長線上に1枚のピックを見つける。

 彼女のだ。可愛いベーシストの彼女が、この僕の家でそのバンドとして初めての曲作りをした時に忘れて行ったピック。メーカーのロゴもまだ、ほとんど残っている。吉祥寺で先日、僕のした行動は本当にあれで正しかったのだろうか。なんだか、核心をついた話ができなかったような気がする。薄皮が一枚かぶさっているみたいな話しかできなかったような気がする。

 明日に決心をつけよう。とりあえず、「哲学原理」を読む。

1月24日

 決心がついた。彼女に電話をする。もう黒電話のダイヤルを回す指は、震えない。