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いわゆる アイドルブーム のようなものは過去40年あまりの日本の芸能界において2回ほどあったように思う。 ア軍団(天地真理・麻丘めぐみ・アグンスチャン・浅田美代子) 松田聖子・中森明菜 たのきんトリオなどが活躍した 第2期黄金時代(1980年代前半) である しかしその後 レコード(EPやLP)からCDへのメディアの大転換をきっかけに アイドル氷河期 を迎える 同時に アイドル は芸能界の主役ではなくなり アイドルファン=ヲタ という偏見を生み出すことにもなった こういう時代にはスカウトもままならないし オーディションも人材が集まりにくい そんな時代背景を背にオーディションは行われた ただし アイドルのオーディションではない シャ乱Qロックボーカリストオーディション である この時代 ロックボーカリスト は社会的ステイタスが高いわけだから優秀な人材が応募する だが ASAYAN 出身のアーティストがすべて大ブレイクしたわけではない 覚えている人も多いだろう あの15歳の少女がブラウン管に登場したときの衝撃を ロックボーカリストオーディションなのに 70年代 80年代 のいかなるアイドルよりも あとはご存知の通りで やがてこの少女は 5人組のアイドルグループ モーニング娘。の1員としてデビューした
つまり・・・・・・・
うまく言えないが・・・・・
なっちはモーニング娘。の顔 なんだということ
たぶんなっちの存在がなければ 娘。 のブレイクはなかった
*この下に書かれていることはすべて憶測にもとずくフィクションです そのつもりでお読みください
2002年7月31日 UFAから衝撃の発表がなされた 後藤と保田が娘。を卒業しユニットの再編が行われる・・・ と これによって長年続いた娘。の 安倍派 & 後藤派 の内部抗争は決着がつき後藤派の粛清が始まる 現在UFAを牛耳っているのは つんく でも 山崎社長 でもない なっち である 芸能界の裏世界に君臨し あらゆる芸能関係者を震え上がらせて 裏なっち と呼ばれている なっち がこの地位まで登りつめた最大の武器は 永遠の童顔 と呼ばれるそのルックスと似つかわしくない ある面での特技であった 特に芸能関係に力のあるほとんどの男性がこの力に屈した
メジャーデビュー曲 モーニングコーヒー のリードボーカルは飯田になる予定だった しかし レコーディングの前日 飯田が試験のために北海道へ帰っている夜 なっち は仕掛けた この仕掛けに まず プロデューサーの つんく か落ちた そうして なっち は デビュー曲のリードボーカルを 実力 でもぎとった
しかしそんな なっち の前に現れた最大の敵が 99年に加入した後藤であった 後藤は なっち にまさるとも劣らぬ 実力 で関係者をつぎつぎと落としていった 新曲はなたたくまにミリオンセラーとなり 後藤派の乗っ取りは成功するかに見えた
事務所は なっちをソロデビューさせて卒業させ 娘。は後藤メインで という レールをしいていた しかし なっち はこれを察知して 劇太り作戦 で回避し 時期を待って 後藤を逆の立場に追い込む という 作戦に出た 週刊誌やインターネットを通じて悪い噂をばらまき世論も味方につけた
そうして2001年夏決定的なチャンスが訪れた 石川と後藤がオトコのことで喧嘩をはじめたのだ なっち は止めるふりをして殴りかかった後藤の手の前に顔面を突き出した 後藤のパンチはなっちの顔面にヒットした なっち は眼帯をして24時間TVに出演し 関係者に後藤の暴力をアピールした この作戦は成功し 後藤は1年後に卒業させられることが内定したのだった
**くりかえしますが この話はフィクションです こういう話が作れるのは
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