前編
小学生時代をサッカーに費やし(と言っても4年〜6年までだが)音楽なんて全く聞いていなかった。
しかし、卒業して中学に上がる時なぜか洋楽を聞こうと心に決めていた。
その為、卒業祝いにステレオと、なぜかリチャード・クレイダーマンのテープを買ってもらった。
まぁ中学一年生で洋楽を聞いているませたガキは俺だけだろうと意気揚々と乗り込んだ訳だが
残念ながらと言うか、幸いにと言うか周りには洋楽ばかり聞いている奴等ばっかりだった。
今考えてみるとかなり異様な中学一年生達だったと思う。
さて私達の中学生時代と言うのは校内暴力一色の世の中だったわけだがうちの学校ではそういうことは無かった。
と言うのも、うちの学校は同じ地区の西小学校と東小学校の卒業生が集まるだけなので少なくても半分は知っているわけだ。
私は東小だったのだがそこでは毎日が阿鼻叫喚の校内暴力溢れるまさに暴力教室だった。
水飲み場では泣きながら鼻血を洗う者、授業中なのに隣では先生の泣き声が響き渡り、ちょっと隣の教室をのぞくと
泣きじゃくっている女の先生に馬乗りになって髪をひっぱている、クラス対抗大喧嘩、数え上げれないほどの悪事が
繰り広げられていた。そんな小学生が中学に上がり暴力に飽きてしまったのであろう。
今考えてみると空恐ろしいと言うか、楽しかったと言うか、テレビが来てもおかしくない状況だった。
おもいっきり話がそれてしまった。
その当時、テレビでは小林克也が司会の「ベストヒットUSA」なる番組があり、誰もがその番組を見ていた。
次の日学校で恥を掻かないためだ。
時代は1983年、マイケル・ジャクソン、シンディ・ローパー、プリンス、カルチャークラブ、ポリス、クイーン、スプリングスティーン
等々数多くのモンスターアルバムが世に出ていた。私はその中でもポリスの「シンクロニシティ」が一番のお気に入りで
一番初めに自分のお金で買ったレコード(当然その当時CDはない)である。
ここから本格的に私の洋楽三昧の日々が始まったのである。
つづく
後編
中一、中二をトップ40で過ごしそろそろ飽き始めた頃、また衝撃が走った。
そう、ヘビーメタルである。と言っても最初にはまったのはエアロスミスで今聞いてる人にとっては普通のロック
に聞こえるだろうが、その当時は最高のハードロックだった。
そこからメタリカ、アイアン・メイデン、アクセプトとだんだん激しい方に走っていった。
思春期でもあり、その激しい音を体に浴びると自分が強くなったような気もした。
そう言えば僕の友人Uはカラオケでメタリカの「バッテリー」を歌うとちん○こをだす。
青春時代の熱い時期を思い出すのであろう。彼の「バッテリー」は最高だ。
その影でサイモン&ガーファンクルなんかも愛する陰の部分もあった。
高校時代に続く