Dr. Strange Love(ドクターストレンジラブ)

≪DSL概略≫
1989年 根岸孝旨の誘いをきっかけに長田進(G.)古田たかし(Dr.)根岸孝旨(B.)の3人でDr.StrangeLove(通称:DSL)結成
1995年 Al『Way Out』インディーズレーベルSUPER FOODからリリース
1997年 Al『Dr.StrangeLove』でPONY CANYONからメジャーデビュー
1997年 古田たかし脱退

佐野元春、藤井フミヤ、奥田民生、Puffy、Coccoなどジャンルを問わず数多くのアーティストをプロデュース、サポートをしてきた。日本の音楽シーンには既に欠かすことの出来ない、数少ないミュージシャンたちといえるだろう。現在、2人のユニットとなったDr. StrangeLoveは、浅野忠信主演の映画『鮫肌男と桃尻娘』のサウンドトラックを手がけるといったこれまでにはなかったサウンドワークを展開。アメリカテキサスオースティンで行われる世界の音楽の祭典SOUTH BYSOUTH WESTに2000年から2年連続で出演するなど日本のみににとどまらず世界へ活動の場を広げている。DSLはこれからもさらなる進化を遂げることだろう。

長田進(オサダススム) 根岸孝旨(ネギシタカムネ) 古田たかし(フルタタカシ)
Guitar,Vocal
1958.4.4
神奈川県出身
Bass,Vocal
1961.9.28
埼玉県出身
Drums,Vocal
1958.7.6
東京都出身
小学校4年生の頃家にあった父親のボロボロのギターを手にする。その後友達の影響で 「ビートルズ」を聴きはじめ、エレキ・ギターを買い、父親に内緒でロック音楽を愛するようになる。 それ以来ギターと共に歩み、22歳でプロとしてライブ活動を開始、「中原理恵」や「マリーン」で バックをつとめる。86年ザ・ハートランド3代目ギターリストとして加入。 ザ・ハートランドの活動のかたわら「尾崎豊」や「江口洋介」のライブ、「浜田省吾」、「渡辺美里」 のレコーディングなどでも活躍。 最近ではオセロケッツ、オータムストーン、小日向しえなどのプロデューサー としても活躍。

小学校の頃  、ザ・ビートルズやザ・フーを聴き音楽に目覚める。高校生の頃小田原 豊(元.レベッカ Dr)と共に「POW!」というバンド名で活動。日本大学芸術学部在学中20歳の頃スラップの腕を買われスタジオ・ミュージシャンの仕事に就きプロの世界に仲間入り。 大学卒業後、音楽の仕事に本腰をいれる。以後、「サザンオールスターズ」、「藤井フミヤ」、「スパイラル・ライフ」「奥田民生」などさまざまなセッションの他にアニメソングやアイドルへの楽曲提供など幅広いジャンルで活躍。最近ではCocco、Grapevine、くるりなどのプロデューサーとしても活躍。

小学校3年生の頃に6歳上の兄の影響と、兄の友人宅で触れたドラムセットで音楽に目覚め、 小学校5年生で兄の友人のバンドに入り演奏しはじめる。 中学3年(15歳!)で「カルメン・マキ&OZ」に加入、プロとしてデビューする。 1年近くライブやレコーディングに参加、その後ディスコ・バンドで活躍、また、Charなどと共に「チューイングガム」「NSP」のバックをつとめる。高校生の時に「原田真二」と出会い、 彼のバンド「クライシス」のメンバーとなる。81年春ザ・ハートランド正式加入。 ザ・ハートランドの活動のかたわら「渡辺美里」「吉川晃司」のライブやレコーディング、「ユニコーン」のコンサートツアーに参加。92年にHoppy神山、岡野ハジメらで結成された「PUGS」の初代ドラマーでもある。
97年DSLを脱退。その後も奥田民生のバックバンドにDSLの2人とともに参加。Puffyバックバンドのバンマスとしても活躍。