歩ける。背中が楽になる。希望の光が見える。
鼻の管を外し、喜びを胸に、ベッドから上半身を
起こそうとする。
右下腹部に激痛が走り、思わず呻き声をあげる。
起き上がれない。希望の光が消えていく。
「大丈夫ですか?」
手を貸してくれる看護婦に「天使」を感じる。有り難い。
それでも激痛は襲ってきたが、なんとか上半身を
起こすことができた。
ベッドから足を降ろし、スリッパを履いて一息つく。
背中は、、、相変わらず痛い。
熱は下がったかもしれないが、痛みは増したようだ。
もう一度看護婦の手を借りて、立ち上がる。
右下腹部と背中に、今まで以上の強烈な痛みが走る。
「がぁぁ、痛ぇ」
他の言葉が出ない。トイレに行く、という選択は
失敗だったかもしれない、そんな考えが頭をよぎる。
「平気ですか?」
看護婦に支えられ、点滴の支柱にしがみつき、
ゆっくりと歩き始める。
腰を90度に曲げて歩くその姿は、老人そのものだった。
みすぼらしく、あまりにも情けない。
真っ暗な部屋を出る。
廊下には黄色っぽい光が溢れかえっていたが、
それが照明の色なのか、壁の色なのかはわからなかった。
看護婦に手を引かれ、長い長い廊下を歩いていく。
苦痛に顔を歪め、支柱を杖替わりにし、腰を曲げ、
呻き声をあげながら、ひたすらゆっくりと歩き続ける。
トイレはまだか。どこだ。どこまで行くんだ。
途中、あまりの辛さに何度も立ち止まる。
思わずしゃがみそうになるが、一度座ったら二度と
立ち上がれないような気がする。恐い。
無理やり足を動かして歩き続ける。
7つほどの部屋の前を通過しただろうか。
ようやくトイレに辿り着いた。
消毒液とアンモニアの匂いが混ざりあって、
何とも言えない匂いになっている。
何となく、湿気たスナック菓子を思い出す。
「大便器の方でしますか?その方が楽でしょうし。
あ、あと、おしっこはこのカップに入れて下さい」
計量カップを手渡され、洋式の個室に入る。
手術着の前を開け、自分の股間に巻かれたものを
始めて見る。
腰に巻き付ける為の紐に、長い包帯のようなものが
取り付けられている。
「包帯ふんどし」と言ったところか。
壁に取り付けられた手すりにしがみつき、便器に
腰を降ろして計量カップを当てがう。
さっきよりも出そうな気はするが、やはり出ない。
力んでみる。腹に激痛が走る。背中も相変わらず痛い。
個室内の気温が上がる。頭がクラクラする。
気分が悪くなり、嫌な汗が出てくる。小便は全く出ない。
「チンコに管」だけは絶対に避けたい。恐ろしい。
小便の神がいるなら、助けてくれ。頼む。
こんな事を願うのは最初で最後だろう。
一生に一度、今この瞬間だけでいいんだ。
神よ、頼むから小便を出させてくれ。
何故、小便が出ないくらいの事でこんなに苦しまなきゃ
ならないんだ。
無情にも、迎えにきたのは「神」ではなく
「天使」だった。
「出ましたか?」
「出ませんでした」
「じゃあ、部屋に戻って出しましょう」
死刑宣告。
天使に手を引かれ、俺は断頭台へ向かった。
〜続く〜
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