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看護婦という職業柄、人の生死に関わる事が多いわ。 私が初めて人の死に直面したのは、高校2年の時。人よりかなり遅いかな。 父方の祖母が突然亡くなった。 朝起きたら死んでた、って事なので、多分脳溢血かなんかだったんだろうな。 2年ぐらいして祖父も長い闘病生活の末に亡くなったし、叔父もそう。 でもなんと言っても思い出すのが、大学の友人の自殺。 あれは・・・・・・かなりまいった。 今でも信じられないもん。 たまに会って、ガストで長時間喋ったり、心霊ツアー行ったり、ジャンボパフェ食べに行ったり、 いきなり呼び出されて何事かと思ったら、片道100km以上ある広島まで車出させられたり・・・。 かなりアホな事ばっかりやってた。 今でもいきなりひょこっと現れそうだし。(幽霊で現れるのはビックリするから勘弁) でも、『亡くなった』って聞いた時は、実感無かったなあ。 実感ないんやけど、その事実が頭の中グルグル回ってて・・・。 起きててもその事しか考えられんし、寝てもすぐに夢に何か出てきて眠れない。 そんな感じで鬱々としてた。 死ぬ、ってのは個人の肉体が滅びる、って事であって、その人だけの問題やと思う。 でも人間って肉体だけで生きてる訳やないし、精神・ココロって物もある。 人が亡くなって悲しい、って思うのは、その人の肉体が亡くなるからじゃなくて、 その人とメンタルな部分での触れ合いが出来なくなるから悲しいんじゃないかな? その人と触れ合う事によって満たされていた自分のココロが、もう満たされなくなってしまう、って事。 そう考えると人のココロ・カラダって別々のもんなのかな? そうそう、生きる事、死ぬ事、って、私は別に自殺否定派じゃない。 今は安楽死問題ってのもあるし。(最近聞かないな、コレ。どうなってんや?) 死にたい人は死ねばいい。 生きたい人は生きればいい。 そんなの、自分の持って生まれた身体だから、好きにすりゃいい。 うちだって死にたいと思うときあるし、もしも自分が直らない病気になったら 苦しまずに死にたいし、そう希望すると思う。 でも1つ忘れちゃいけないと思うのは、1人で生きてる訳じゃないって事やな。 1人で生きてる、って思っても、この世に生まれてきた以上必ずどっかで誰かに繋がってる。 親もいるやろうし、兄弟も(いない人もいるけど。)。 そして友達をはじめとする周りの人々。 一人の人がいなくなったら、その人を取り巻く周りの人にどんな影響を及ぼすか。 こんな事言ってる私も、ちょっと前まで『自分は1人で生きてるんや。』と思ってた。 でも所詮人は1人で生きられんのよね。 1人で生きてるつもりでも、それは自分の周りの人の存在に気付いてないだけ。 そういえば、人は死んだらどこに行くんだろうね? 肉体は間違いなく滅びる。 今じゃ保存技術も進歩してるから、肉体も滅びなくなるかも知れんけどね。 (そういえば専門書で人の身体をプラスチック化して保存してる遺体ってのを見た事あるわ。 なかなか不思議なもんだった。) じゃあ、ココロの部分、魂はどこへ行くの? 魂も消えるもんなのか? これが不思議なんだよなあ。 他の人の中に残るのは間違いない。 でも自分の気持ち、考えを他人が理解する事は難しいよなあ。 だから人は自分を表現しようとするのかな? 音楽、文筆、絵画・・・その他モロモロの手段を使って表現しようとする。 これも自分が生きてきた、って事を記す為のモンなのかもね。 私も自分がいつか死ぬ時には、誰かに何かを伝える事が出来たら良いな。 そしていつか来る自分のいなくなる日まで、一生懸命生きたいわ。 |