阿部さんといえば、この色よね(笑)

出会い

そりゃあUNICORNというバンドの存在は知っていた。
そして当時、ワタシは周りの友人たちよりも結構たくさん音楽を聴いていた・・・はず。
なのに、ワタシの中には、オンタイムでの『UNICORN』はないのだ。
今、非常に悔しく思う。なぜあのときにこんなにも楽しい世界を知らなかったのだろうと。
ただ、面白い現象を発見した。最近ちらほらと阿部さんつながりの知り合いが増える中で、
意外なほどワタシと同じ思いをしている人が多いことを。
つまり、ですよ。これはワタシの仮説ですが。
時代を先取りしすぎたんではないだろうか、UNICORN。
その後ずいぶん音楽を取り巻く環境も変わって、知らない間にミリオンヒットが乱発してたり
でも誰もその曲を口ずさめないということも少なくなかったり。
一方でいろんなスタイルの音楽が生息しやすくなったのも事実で。
まぁとにかく、ワタシの人生の中でUNICORNは人畜無害だったのだ。
つまり、ものすごくワタシに影響を与えたわけでもなく、自然と耳に入ってくる
楽曲たちの一つに過ぎなかったのである。そう。あの日までは。



あの日

1998年12月22日。ワタシは胃痛と戦いながら、東京国際フォーラムにいた。
体調がまったくすぐれない。12月初旬にインド3泊5日の旅を決行して以来、
インド旅行者にありがちな大変な事態に見舞われていたのである。
(今にして思えば、なんで病院に行かなかったんだろう・・・多分病院に行くと、
会社に完全防備の保健所職員が大挙して押し寄せ、消毒攻撃&自らも隔離病棟に
移される危険性を感じ取っていたのかもしれない(笑)。)
ともあれ、出演者の中で知っているのは奥田民生氏とPuffy、名前だけなら
斎藤誠氏にSxGxGという、完全な予習不足のままでライブは始まった。
阿部氏については、元UNICORNメンバーという、もっとも一般的な知識のみ。
2階席の後方ということもあって、客席の盛りあがりはいまひとつ。
おかげさまでほとんど座りっぱなしでライブを見ることになる。
ライブ中盤で、突然Keyだけの曲が始まった。すこーんと抜ける感じがする。
それまでは割とバンド色の強かったこのステージに、新たな空気を感じた。
これが『風花雪月』との初めての出会い。
会場全体に染みていく阿部さんの声を聴きながら、
「きっとワタシはこの人の音楽を好きになるんだなぁ」と漠然と予感していた。
でもすぐにCDを買い求めるということはなく、ライブが終わってしばらくしてからも、
あの曲よかったなー、とたまに思い出す程度だった。



それは突然発作のように

その波は年明けに急激にやってきた。
軽い気持ちで申し込んだCDが届いたのが99年1月14日。とりあえず
3000枚の限定生産ということで、急ぎ注文したのである。
この日は会社を休んでいた記憶があるが、風邪とかそういう理由だったかもしれない。
昼間にオンタイムで受け取ってほくほくしたのを覚えている。
届いた封筒もなんだかカワイイ。買ったばかりのコンポにセット。
しばらくして、なんともいいようのない感情がこみ上げてきた。
『あいのうた』『夕立ち』で、涙があふれて止まらなくなった。
次の瞬間、ワタシに湧きあがってきたのは「感謝」の情。
こんないい音楽を作ってくれて、阿部さんありがとう。
阿部さんを知るきっかけを作ってくれた、2000GTRに誘ってくれたお友達、ありがとう。
こんなステキな音楽は、この世に生まれなければ知り得なかったわけで、親にもありがとう。
いい音楽をキャッチする心が自分にもまだ残っていたことがわかって、自分にありがとう。
いろんなものに、急に命が吹き込まれた感じ。

それからはさあ大変。ちょうどいいタイミングで2月にライブがあるとのこと。
早速1枚申し込む。(なぜか誰かを誘う気にはならなかった。
1人でこの人の作り出す音楽を確かめたかった。)
ライブまでの間は、今までの阿部WORKSを探しに、中古屋に足を運ぶ日々。
ライブ当日までは、UNICORN時代も含め、ほとんどのものが揃っていた(すごいぞ、自分(笑))。

それにしても、UNICORN時代のビデオを見ると、どうもワタシのイメージしている
阿部さん像がどんどん崩れて行く・・・(笑)。この尋常でないはじけっぷりはなんだ!? 
いったいソロライブはどんなことになるんだ?? あぁ、もう早くライブが見たい。


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