| 2003年05月19日 NHK(謎の走り屋「木村」)と「人を傷つけることに気がつかない人」~今更ですが「みんなでボランティアしよう」についての個人的見解改訂版 |
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今回は深すぎますし、ショック受ける人もいるかもしれない。気が弱い人とプライベートの僕の関係者は死んでも読まないように。もし読んであとで文句言われても困ります。 凄く怒ってます、今。 と、その前に。 いや、本当に身も蓋もないことを自分のいろんな経験から言ってしまうんですが、なにかを表現する人・・・エンタメ系のマスコミやら個人運営のホームページなんつうものそうだけど・・・ そういう人たちっつうのは徹底して自分独自のキャラを押し出してなんぼだよね。で、やっててそれの究極を求めていく。そう思うんですよ。五年の経験もありながら感じてるんですけど。淡々とどこの誰でもできる仕事だけやっててもそのじき淘汰されて終わるくらいのシビアな市場なんですよ、この世界って。 だからか知らないけど、周りとか見回してもさ、真面目なテーマのサイト作る、っつってさ、その世界観だけでで徹底してやればいいのに変なところで受け考えちゃってわけのわからんJAVAで中途半端に可愛くしてみようとしたりさ。 どこぞで落としてきた写真パクって使ってたりさ。あんた一体何がやりたいんだ、みたいなサイトって正直いろんな意味できっついなー、とか思うわけですよ。 それを実感することが凄く多い僕は、やっぱね、人間的にあまり出来が良くないな、とか、実感はしてます(笑)。つうかこのケースに近いところで、NHK。 最近あの局はアイデンティティを喪失してるような気がする。 まず大前提として、NHKは、つまらないからNHKなんだよねという。やっぱあの局ってさ、国直系の(国営、という意味じゃなくて)報道機関のと名の下にへっぽこで低予算の番組しか作らない割に半強制的に大衆から結構なお金だけ持ってくようなすっとこどっこいっていう位置づけがぼくら一般人のなかにはもともとあるわけじゃないですか(ていうかないとは言わさん)。 だけどそれはそれで、いいと思うんですよ。もともとああいう立場の局にエンターテイメントを求めるほうがおろかなのであって、ぼくらはNHKがただ天気予報と地震速報と安いニュースだけやっててくれればそれで「そんなもんだろう」的には文句のつけようがないわけです。 でも、なんか最近変革が推し進められてますね。 「爆笑オンエアバトル」とか「真剣10代しゃべり場」とか、ちょっとバラエティ色出して人気取ってる番組も増えてきたようで。まあ、それは結構なことですわな。法律の後ろ盾でぼったくられてた料金の支払理由がようやっとできた感じもするし。 ただ、演出とか見せ方はさすがNHKで、やっぱ寒いんだけどね。さすがセンスは全くないですよね。昨年末でしたかね、「オンエアバトル」の企画で、以前に優秀だった芸人数組に何故か立川談志が説教する企画をやってましたな。 しかもわざわざスペシャル枠で。根本的になぜ落語家がコントや漫才の芸人に説教してんのかよくわかんないんだけど(説教後のハリガネロックの「ためにはなったけど僕らは僕ら」的な台詞は本音だったんだと思います)、それ以前に一体なんなんですかね。NHKはそんなものを見て僕らが面白がると思うんですかね。説教は説教で当人らには大切かもしれないけど第三者には戯言にしか聞こえないわけでしてね。「 芸人はこれだけ大変な仕事なんだよ」とでも視聴者に言い聞かせたいんでしょうか。だとしたらいらんお世話もはなはだしいですな(笑)。僕らがあの番組を見る理由は「芸人の芸が面白いから」だけなんですから。何を勘違いしてるんでしょうね。 しかし今更なんですけど、冷静に考えればあの番組の基本コンセプトって、若手芸人が出演して客席のウケが取れなかったらオンエアでカットされる「笑点の穴」そのもののような気がすっげえするんだが、まあよい。天下のNHKさんがそんな露骨なパクりをするはずがないもの。 それ以前に受けなければオンエアカット、っていうシステム自体「ボキャブラ天国」の様な気もするんだが・・・。ポイントで序列を作るのもそう・・・。 うん・・・。 まあよい(笑)。天下のNHKがそんな(以下省略)。 あと「真剣十代しゃべり場」。 僕も実際全く興味がないわけではなくて、真剣に初めから最後まで見たことはないにせよ、テレビつけてたまたまやってて「うーん、今日はどんな話してるんかなあ」程度になら見ることはわりとあるんですね。 で、いつでしたかねえ。詳しいこととか全然分かりませんけど、 「みんなでボランティアしよう!」
とか言ってる人がいましてね。「弱い人の為に働こう」みたいな論旨でね。そういう労働を喜びだと思ってるらしいんです。 でもそれって視聴者にとってはけったくそ悪い発言だったらしくて、ちょっと議論の余地を与えたようですね。サイトの意見投書コーナーで、発言者や内容はけったくそに叩かれたようですが、これについて「君はどう思うんだい」、ときかれると正直言って、僕もそういう人たちと同じように「うっせえバーカ」とか思っちゃう側かもですね。 いちいち公式サイトに書き込んだりはしないけどね。 僕がボランティアについてプラスに思うことといえばはせいぜい「やれば履歴書に書けるからねえ・・・」程度ですか。それ以上ない。 たけどそういうと「人の為に働くことは嬉しいことじゃないか!何でそんなことを言うんだ」などと自爆そのものの発言をを真剣にしてくるたわけもいるんですが、そういう人にぜひ聞きたい。 あなたは本当に相手のことを考えてボランティアやってますか?
僕はですねえ、残念ながらね、そのあたりの話題にはに強くているわけなんですね。ていうのは、僕はこのジャンルにかんしては被害者の論理でボランティアをかたることができるんです。二年半ほど前に事故で強者の側から蹴落とされて人生が狂った経験があるものですから。 まあ今は人一倍元気だけど(本当か?)。 それで入院してる間・・ってのはそういうボランティアの人に関わる機会というか、とにかく見てきたからわかるんですけど、ダメージを受けてる側からすると、そういうね、 明らかに「偽善を売るだけ」な人には世話してもらってもねえ、嬉しくないもんなんだよね。やってる方はね、動機はどうあれ弱者を世話してることには世話してるんだから喜ばれるだろうとか思ってるんだろうけど、大間違い。 「あー、この人は自己満足だけだなあ」とかね。「少しは労わる気持ちを持ってやってくれないかなあ」とかけっこう感じてわかっちゃってるんですよ。 言葉が多くてやたら笑顔に力が入ってる人はちょっと、やばい系かもしれないな、とか。まあ実際は空気に頼るんだけど、兎に角それで怒りすら感じることもあったりして。 でも一応表向きでは世話になってことはなってるわけだるから普段は満面の笑みで「どうもありがとうございます」とか言っちゃうんだけどさ、ほんというとね、こちらはね、 腹の中どろどろなんだよ(爆)。 それなら多く言葉は出なくても、そして不器用でも一生懸命こちらの為に思いやりで汗をかいてくれてることがわかる人のほうに深い謝意をしめすもんだ。マジで。 それなのに、わざわざ一般人に対して「弱者のために働こう!ボランティアしよう!」などと発言することはまずその目的にあからさまに自己満足だけ、それは勝手に個人の欲望の生贄にされた怪我人や病人や体老人に対して失礼ですよ。 「じゃあ看護婦やヘルパーは介護で金貰ってるけどあれはいいのか」とか言う人もいるのかもしれないけど、個人的に率直に言えば「別にいいんじゃねーか」ですね。 お金の目的が八割でも慈善の意思が二割あるんならそれで十分だと思うんだよね。 だってほっといてうさんくさい偽善介護サークルとかに任せると自己満足十割モードで介護されかねないわけで、そんなのに不愉快な思いをするんなら (ここで言っておくきますがこの展開だと「偽善でも何でも世話をしてもらったものには感謝をすべきだ」って言う人がいるかもしれないけれど、普通に人間の気持としてどっちのタイプに深い感謝をすると思います?それにさっきも近いことを遠まわしに(謎)言いましたけど患者にとっては「心のケア」って言う要素も重要なんですよ)、 ちょっとやそっとは「建前だけでも慈善の気持ちがある」プロフェッショナルに任せてるほうが何倍かいいでしょう。 だけど仮に「プロのヘルパーで慈善の心も全くない金のためだけに」っつうすっとこどっこいがいたとしてもだ、そういう人は案外狭い業界仲間の輪・ヘルパー利用者の輪の中で巻き起こる悪い噂とともに消えていきますから、そこは気にする必要はないんです。 つうかそもそもね、日本は社会主義じゃなくて資本主義なんだから行動にいちいちお金が動いても文句を言われる筋合いはないわけでそういう国にいる以上は本来、本気で人を世話してあげようということが言いたいのであれば「ボランティアしよう」じゃなくて「介護の仕事に就こう」「ヘルパーになろう」とか言うべきだったんじゃないのかな、といえると思うんですよ。 とにかくいらん世界に人を招いてくれるなと。 それにしてもこのケースはなんとも青いですなあ。重大な10代ですなあ。ていうか本気で頭来ますけどなあ。深刻な怪我人の立場に一度でも立った経験を持ってしまうとねえ。考えると底無しの蟻地獄的な感じってのはあるわけですね。 だけど話をようやっと総括してみるとさ。こんなばかげた僕の10代ってこんな青臭くて偽善的なもんだったのかな、って本気で思います。 それなら僕はいらなかったね、とすら。そのあたりは今年とうとう成人してそんで分かるんだけれど、やっぱり、青春なんて所詮幻でしかないんですよ。それも自己中心的で青臭い。要するに夢ですね。夢を見すぎるから夢を夢と把握できない時期を青春時代というんです。こんな薄汚い夢なら見たくなかった、という。 そういう夢に縛り付けられて自分の意見を絶対視して考えて、自分の青臭いエゴのために他者を傷つけても何も感じない独裁者ぶりを発揮し倒す自意識過剰で誇大妄想狂で分裂症の(すまんが僕は精神医学に興味があってその類の本を読み込んだ過去がありましてこの世界については中の上程度に詳しいのですよ)実はいい年した「精神子供」ってざらにいますけどね。 二年前まで僕もそうだったんですけどね(それを狙って売りにしたサイトをやってましたくらいで)。だけど時間の経過は怖いもので十八の終わりごろから感性が変わってきちゃってね。冷静になっちゃったんですよ。そうなってくると、パソコン上は年齢とかそんなものはないに等しいから全く感じないけど、プライベートじゃたまたま同列にいる年下や苦労してないたわけの幼稚な感性を押し付けられることがうざったくてしょうがない。 ていうかね、下手に何かで成功してるアンボディなオールドマン・メンタルガキはね、ほんと何に対しても自信過剰で嫌。過去に苦労がなんかの結果に結びついたからその苦労だけで何でもできるとか自信持っちゃうんだろうな。 だけどさ、それだけでも炸裂に格好悪いのに、さらに別の意見を言う他者を排除しようとするんだよね。排除される側としてもそんなのはギャグとしてきいてればいいんだけど、なまじ本気でいるから困る。たとえば、 「俺は野球部でもまれてきたからそのへんの人よりはよっぽど大人だよ」 「いろんな大会で華々しい結果をあげてきた私の一年は他の人の一年の何倍も価値がある」 ・・・ ・・・・・笑わすなドアホ! 思い上がって勝手に勘違いして痛恨の一撃食らってろ!スポーツや絵画コンクールとかでどんな結果出したってどんな苦労したってどんな涙流したってそれは全部自分の好きでやってることだろ!なのにそれをさもあくまで悲劇のヒロインみたいに自分を持ち上げて自意識高めまくって「みんな、努力人の私を賛美して、賛美して~」みたいなことを平気で抜かすか。 ていうか賛美っつうか、ほんとは早い話が哀れんで欲しいんだろ!?自分の苦労を認めて欲しいんだろ?「こんなに頑張ってるのよ私」っつって。じゃあはじめっからそう言えよ!何を強がってんだ!! ただ、少なくとも、生活のうえでどうしようもない出来事や職場・学校のこととか現在または将来の生活に絶対に除外できないくらい密着したことについて愚痴るのは当然だと思う。あと、それらの進路を見誤って軌道修正するまでも同じく。ある意味ぼくもそれのためにサイトやってる部分もあるから(笑)。そしてそれをきいて勉強することも好きだし。 そこは勘違いしないで欲しいです。むしろ愚痴のひとつもない人はよくストレスに勝てるなと本気で思う。 ただ好きで針の山を登ってダメージ受けて、それで強がってんのはアホかと思う。嫌なら止めればいい。止めたって生活はしていける。将来設計にも変化なんか起きない。哀れんで欲しい、といっても本当にそんなことまで考えてやる義理はたいていの人には、ない。 それなのに「私は優しい子」「友達はみんな私についてくる」などと本気でいってるのは単なる傲慢で単なる隠れ蓑。弱い自分を発見できないか認めたくない。似たような人がどっかにいるけどね。 高校時代どっちかっつうと誰かの愚痴の聞き役や励まし役をこなすことが多いという青春時代の過ちをガンガンおかしまくってきた僕の経験から言えば、むやみやたらと「急所を絞った励まし」はするべきじゃないと思う。はっきり言って、相談されても基本的には自分なりに「痛みが和らげばらいいな」くらいの気持ちで接しなきゃダメだと思います。 そういうときは基本的に相談されてる自分の主観はほぼ邪魔者だと思いましょう。そこはカウンセラーのそれに近いかもしれませんね。 励ましなんて一発目から上手く刺されば最高だけど、はずせば相手に痛恨のダメージを与えることを忘れちゃダメ。下手したらいらん傷口を広げることになる。だからそのへんは慎重にならなくちゃいけない。それができないで外靴のまんま人の精神にずかずか踏み込んで好きなように荒らして「私は優しい」などと抜かすくそたわけが何よりも一番たちが悪い! というよりも誇大妄想狂や自意識過剰なヤツがその価値観をショックを受けてるやつに植え付けんなよ!誇大妄想狂で自意識過剰でさらになんかショック受けてるっつうお前より悪い三重ダメージの人を生産してどうするんだ(爆)。 ああ、なんかその辺本気でムカつく。マジで!。 「死ぬまで子供じゃダメかしら」って素敵な言葉があるけど、それはバカが許される、っていう意味じゃないからね!感性を豊かにっていう意味だろう。だけど今はリアルバカな人間が多すぎるよ! ガキくさかった僕の経験から言うと、少なくとも高校卒業以上でそんな安い精神しか持ち合わせてない人間は普通に精神の成長が立ち遅れてるんだからちょっとは焦ったほうがいいと思う。 実は僕もそうだったからわかるんだけど、その年齢層の真ん中にいるときは何にも感じないけど、一定のハードルを越えるとそのへんが滅茶苦茶重たくなるから、それに直面する前に心の準備をしておく必要はあると思うんですよ。 まあとにかく正確に何がいいたいかと言いますとね、あくまでガキの意見は所詮ガキの意見でしかないということですよ。大人相手には基本的には何の効力も発揮しないわけですね。 その自分の意見があくまで正しいと思い込んでその道を行くなら勝手に行っていればよろしいとは思うんですが(冷たい言い方ですけど二十歳を過ぎた僕にとってはもうかなり人事ですしね。そんな具体的なことにまで干渉する言われもないしそちら側にしてもされる理由もないですわな)、 ただそれが本当の絶対的な正義でない当然の事実に気づいた瞬間から、あんたを説明できない恐怖と重圧が襲うから。ほんとに怖いからね。思い出すだけでも背筋が寒くなる。 ていうか思い知れや、とか思う。青春の苦悩を知らない子供に大人を語る権利なんかないよ!予め自分の精神病を自分で語るな!!勝手に自分に保険かけやがって。言い訳になると思ってんのか!! ていうかね、このコラムを読んでくれてる人の中には僕の昔やってたサイトの関係で10代の子もいっぱいいるだろうけど、とりあえず言っておくよ。 「君ら、再来年くらいには覚悟しときや」(笑)。 大人の世界に出て本当の世界を知ったときにどういう恐怖に襲われるか。 本当に、思い知っていただきたい(笑)。ボランティアの夢も介護の夢も本当の意味での信念がないとやっちゃいけない聖職だってあたりも含めて。 そのときを、楽しみにしてなさい(笑)。そのときは思いっきり泣けばいいさ。 |