O.F.T.C.2~THE FLIPPER'S GUITAR & SHIBUYA MUSIC COLUMN









- VOL.1 こんにちは。あれからいったい何があったのかだけ話ときます。 -




えっと、多分八割がたの皆さんには、はじめましてって言うことになると思うんですが、ボクはこの「4F2」という雑談系オンガク(主軸になるフリッパーズギター&加地秀基記事はこれから、少しずつ整備していくんだけど)コラム+レビューサイトの管理人をやっとります、yohey(or月読陽)と申します。


つうかですねえ、まあ・・・フリッパーズギターファンかつネットサーファーの人には僕の名前だとか・・・「カメラファクトリィ(CameraFactory)インターネットセクション」って言えば一度はね、聞いたor見たことあるんじゃないかと思いますけどね。それが、一年の活動停止を経てちょっとゆるめに帰って参りました。


ありがとうございます(^^)。


一応ですねえ、僕はそうですね、そちらのサイトのほうで四年間でおよそ十五万ヒットをたたき出しましてですね(これ、別のところでも言ったような気がするなあ。どうっつう実績でもないんだけどさあ)、


雑誌掲載経験もあったりしまして、そんなんで一応パーフリスト(フリッパーズ・ギターファンのこと)の間だけでは満更無名でもなかった(筈)だったんですね(^^;


まあそんなさあ、過去の実績をいまさらどうこう言って昔の自分を誇らしげに振舞ってたって何も生まれない無駄といえば無駄なことではあるんですけど、そんな遊びもさあ。自惚れてでも実績みたいなもんを作った自負があるヤツの特権って言ったら特権なんだからさあ、別にいいじゃんとか思うわけですよ(笑)。


まあ、去年の今頃ですよ。何も言わずに何も予告せずにこっそり失踪しちゃって。気にしてくれる人がいたのかいなかったのかは知らないけど、とにかく五年目に突入することもなく消えて一年・・・。その時のことを一応「こちらのサイトを閲覧してもらうときの大前提」みたいな感じで知ってもらえればいいかなと思って。


でも、ここまで割り切るのにも相当な時間がかかったんだけど・・・、当時ですね、サイトがらみでちょっとした友情の崩壊があってね。


まあ、詳しくは・・・彼に「恩を売る(爆)」じゃなくて・・・単純に万が一にも残っているかもしれない彼の良心を傷つけてしまいそうだから・・・言わないとして(別にいいんだけどね。相手はそれ以上のことをボクにしたんだ)、それで精神がだいぶグロッキーになってるところに、つぎつぎとプライベートでいろんなストレスが怒涛のごとく痛めつけにきてくれたわけですね。


今から思うとくっだらないことも含めて。


小学校の頃からちょっと仲良くてオザケンの話とかしてた女の子に携帯で電話かけたら彼氏にすっげえ怒鳴られたとか(笑)、小学校の頃大好きで大好きでしょうがなかったバーコードバトラー2がどこにも見あたらない、とか(爆笑)。


「お、思い出なのにぃぃぃぃぃぃぃぃ(号泣)!!」


・・・いや、今だからネタにできるけどあの時は本気でしたからね・・・。きっかけは全く思い出せないけど。


あと交通事故で残った障害の不安、それと大学進学の鬱屈とか兎に角いろんなことに猛烈に悩んでたので、あのときはほんとにマジ泣きして


「も、もーやってらんないぃぃぃぃぃぃうわーん」みたいなことになりまして。


早い話がサイト閉鎖の理由は人間不信が一番ですよ。ここまで精一杯皆さんを楽しませようと思ってサイトやってて、で、一部の人とはICQやったりケータイで喋ったりまでしてエンターテイメントに徹してたのに、全然裏切られ続けてんじゃん!みたいな。


最も今から冷静に考えれば被害妄想もあっただろうし原因がこっちにあることもあったわけだからなにもかも恨むのは徹底的に筋違いなんですけど、やっぱり凹んでるときって言うのは自己弁護の意識が猛烈に強くなりましてね。「あのときボクはああしちゃったけど彼がこうしてくれれば良かったのに!」とか。


挙句の果てには悩み相談に乗ってくれた人に対しても「そんな気楽なこと言ってぇ・・・、所詮こんなん他人事だと思って話してるでしょぉぉぉぉぉぉぉぉ(超号泣)」とかマジで泣き叫んだりして。今から思うとなんつう無礼な男だボクは・・・、って感じなんだけど・・・、あんときはマジでした。


やっぱり自分の育て上げたサイトを潰してしまった事実っていうのは耐え難いものがありますよ。楽してヒット大台に乗ったわけじゃないですし、そのあいだにいろんな人と出会っていろんなことがあって、それで怒ったり笑ったり、ときに泣いたり(・・・それは最後だけだけど)してた思い出を、


冷静に考えたらボクの凹みすぎだったんだけどさあ、そのときはね、親友だった筈の人間を引き金に財産潰されたと思っちゃうともう、悲しいし切ないし、なにより(自分に対しても)許せない気もしたし大変でしたね。うん。今でもあの時の痛みが全く残ってないかって言ったら大嘘。一生消えないかもね。


ていうかそんな一年弱ぐらいで気持ちが変わるほど半端な悲しみじゃなかったから。当時の関係者は良く分かってるでしょ。あんときボクがどんだけ・・・。見てるでしょ、だからさ、ほんと。


そんな鬱屈を通り過ぎてさ、ボクもどこ、とは言いませんがガッコさんに入ってね


(大した偏差値じゃないけどこれは威張れると思うよ。よく
高校卒業直前だから今から二年半前、大きい事故で脳挫傷を負って一週間昏睡した頭と後遺症で字もまともに書けない・・・いや、ちょっと汗かけばそれなりに書くには書けるんだけど・・・右腕とで受験をクリアして


まあそれなりに
汗もかいたし涙も流したんだけどね・・・。だけどまあ今の学校は指導の水準が最悪だとは思うから編入や受けなおしも含めてあれこれ考えざるを得ないんだけど)、


そこそこ昨年の出来事も客観視出来るようになってきて。


そこで「そろそろ、新しい何かを・・・」って考え始めたわけです。「もう一回でかい実績作ってやろう!」って。ボク的には自分の過去の仕事の出来とかセンスとか大好きだったし大抵の個人サイトには勝てるだろとか本気で思ってたんで、「こんどは、そっち方面メインで・・・」とか調子ぶっこいちゃったんです。


そこで売りが何もない文芸サイト「家庭科実習午前4時」が始まって、「03329 MorningShot e.p.」に名称変更→そしてカメラ・ファクトリィの復活と統合を行う、と。そして現在に到る、という道のりを経てきたわけです。


此処までくると何の話だったか忘れてしまったんですが(笑)、とにかくそういう紆余曲折を経てね、帰ってまいりました。月読ひかるくんにはご隠居頂いて、実直&ナイーブもどきの枢軸である(爆)、ボク「yohey」が皆さんのご機嫌を伺おうとしている次第であります


ですが、実はボク、はっきり言って昔ほど「フリッパーズギター」っていう概念にファン的な愛好意識を持ってないことは事実なんですね。


それは、どちらかというともう、愛好、ではなく「崇拝」。「自分にとっての全てのオンガク・アートのセンスの根本」という捉え方をしているので、どちらかというと直球でパーフリ支援、というよりは、


その意識を持って音楽に触れていこう的なアプローチになってくんじゃないかな、って思って準備とか、してるんです。とにかく自分の言葉で喋ること。それだけをテーマに、皆さんと、またひとつ自己満足の時代を築き上げられたらいいな、とか、意識してて。


そんなこんな、一言では言い表せない「ていうかパーソナルサイトとは絶対に思えないくらい無駄な」精神構造を持つこのサイト、どうか、これからもずっとずっと宜しくね。ほんと、お願い・・・(泣笑)。


つうかこの壁紙の色と長いこと向き合ってると目が疲れる。なんかやんなる。どうしよ。





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