小沢健二「eclectic」




ごめん、いや、マジでこれ、ほんと・・・、僕としてはパーフリ・コーネリ・小沢ソロ全部ぶっ通して考えて、一番好きなんです、これ。もう一生大事にする、これ。


「ついていけない」とか「なんか悲しすぎる」とか、、悪く言えばあれから精神が成長しきれない自分を棚に上げて、変わって行った小沢を許せない"精神的お子様"連中がとかが、例え


「誰にでも作れる音楽」とか死ぬほどぶったわけたことを抜かそうがどうしようが、この笑い事にならない(いろんな意味で)音の世界にちょうど対応して共鳴する歌詞の深い世界観はかつての相方小山田圭吾がやってるアーティスティックとは違うベクトルのディープさと怨念だと思うわけです。


エロがなんですか、暗さがなんですか。そんなものはコーネリアスにだってパーフリにだって漲ってるでしょう。「グルーヴ・チューブ」を直訳してみなさいっつう話ですよ。


そもそもこのアルバムのもつ底抜けのR&Bとエロチックな世界のあいまった奥の深さを持って、「誰にでも作れる」などとのたまったような感性の浅い人間に、基本的に裏と表が多すぎる(僕らの邪推でしかないのかもしれないが)、今までのパーフリ作品コーネリ作品小沢作品(特にヘッドと犬キャラ)を満喫なんて出来るはずもない。


ついでに言うとそれも過去、ヘッド博士のエロ全開ムードに触れておいて言ってるんなら支離滅裂もいいところだという話。もともと小沢はこういうところもある人なんだ、ってことを認めたくないのか分からないのか。まあどっちにしてもいまさら何を言うとるのかと言うことですよ。


だからもうこのアルバムは一種の篩になってるんじゃないかと思う。これの意味が分からない人はもう僕の追ってる世界にはついていけないよ、っていう。


要はその程度の浅い見方だけで彼らの深遠の上っ面をなぜて満足していただけのファンは、すこし自分と音楽の距離感を見直したほうがいいと思うってこと。


だからきっと、この作品自体に関して具体的な意見表明なんか無駄なんだろう。単に無粋っていうか、「レビューしたって無駄」。この究極なんか本人にしかつかめない。だって神の篩として、そういうように設計されてるんだし。


だから思い出してみて、ロッキンオンジャパンの全曲レビューだって、結局のところ曲に対する具体的な意見や評論って、殆どなかったでしょ。単に意味解釈の披露。それに終わってた(もっともQuickJapanのヤツはどう見るかだと思うけど)。


要するに「いらんことをするな」っていう話ですよ。若しくは「馬鹿なことを言うな」とにかく聞いて感じて、って本気で言ってるんだと思うよ。そしてそれ以上は何も求めてないんじゃないかな。解釈にしても人それぞれあってそれでいいって(とは言っても「誰でも作れる」とかそういう馬鹿な感想は絶対いらないけど)。


だから結構、ニュアンス的には「犬キャラ」に近いのかもしれないね。なぞってるだけじゃ分かんないけど、心に感じてどう、っていう部分で。


これからの彼のリリース予定は具体的なことは何も分かってないけど(もうじきでるベスト盤はあくまで記念碑だしなあ)、絶対それに向けての一里塚的存在になることは間違いないですよ。


パーフリ含め一度でも彼に接したことがあるなら、このアルバムに己から接触する責任があると思う。なぜかというとここに触れることが今までの彼のゲームの意味を解釈する重要な鍵があると思うから。無視すると痛い事が多すぎる。


皆さんに置かれましては音楽とは聴く大前提に乗っかった、要は感じるものだという、実に単純明快な左脳と右脳の役割分担のもとで是非ともその責務を放棄しないで頂きたいとか、真剣になって考えてみちゃったりしたわけですね。


なんか、それだけ。レビューっていうより単に小沢賛美で終わった気がするけど。



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