YOUR EYES

 

 

 

『そんな瞳で見ちゃダメだよ…』

ずっと昔に言われた言葉を突然思い出した。

 

 

「で?今は長いロードのどの辺?」
久しぶりに飲もうと誘われて出かけた居酒屋で、柴田が半分に減ったジョッキを片手に黒田に訊く。
「う〜ん、1/3くらいかな〜。でも、もう少し増えるかもしれないからな」
箱から取り出したタバコを指先でもてあそびながら、黒田は頭の中でインストアイベントのスケジュールを思い出そうとする。
日程が決まり、カレンダーが埋まり出して、はたとその本数の多さと、込み入ったスケジュールを認識したところだった。
この暑いさなかのインストアLIVEは、体力的に予想を上回るハードさだった。だが、それを差し引いてもLIVEで会えなかったFANの子達とその地に足を運んで会えることは喜びだったし、どんな場所でも歌えることが嬉しかった。
「そりゃ長いわ。なんか、会うたびクロリン痩せてくような気がするんだけどさ」
まじっと黒田の顔を見ながら柴田が言うのに、黒田の目が明後日の方を向く。
「そんな事…。取りあえず食ってるし、あんま体重は変わってないし…」
ちょっと自信なげな声に柴田は苦笑した。
目の前に並んだ焼き鳥の串は半分も残っている。冷奴やもずくは空になってるのを見ると、やはり食欲は落ちてるようだ。
そのうち夏野さんに声掛けておこうと、柴田はひそかに思った。
「しょうがないか。じゃ、今日は飲む方メインで…」
空になった黒田のジョッキにピッチャーの生を注いでいく。
「わ、溢れるって!」
溢れてこぼれそうになった泡に、黒田は慌ててジョッキに口をつける。その様子を笑いながらみている柴田を黒田が睨んだ。
「やっぱ生がうまいわ」
気にすることなく柴田はビールをあおった。そのようすに諦めたように黒田は枝豆に手を伸ばした。
「次はいつなの?」
インストアの事と気付いて黒田は日程を思い出す。
「日曜日。今回は葛Gとなんだよね」
楽しみなんだけど、合わせる時間がほとんど無いんだよなぁ…と黒田がぼやく。
「忙しいからな、葛Gも。BABIちゃんも日程が詰まってるってことだ。あの人もいろいろやってるからな。夏なんてそうでなくてもLIVE多いしね」
そう言う自分もその忙しいヒトの一員であったりする柴田だった。7月から始まった某アーティストのツアーはまだ続いている。
「そうなんだよな…」
柴田の言葉のどこかに引っかかったように、黒田がまじめな口調で呟いた。
「やっぱ、仕事のスケジュールで外せないものとかあるし、BABIちゃんに弾いてもらいたいって思ってる人多いし、プロデュースもさ、してほしいってる人多いんだよな…」
「な〜に今更なこと言ってんだよ」
真面目な口調で何を言い出すのかと思って聞いていた柴田は、当然過ぎる内容に笑い出す。
「そりゃそうだけど!」
笑われてむっとしたように黒田はジョッキを掴んだ。
「なんか、ずっと一緒にいるのが普通になっちゃててさ、忘れそうになるんだよな…」
一口飲んで、ふっと溜息をつくと左手で頬杖をついた。
その様子が妙におかしくて柴田は黒田をつつく。
「それだけクロリンが贅沢してたってことだろ。でも、この前は新しい面子でやってすっげー楽しそうだったじゃん」
少し前のLIVEではゲストを加えて、新しいコラボレーションの形を打ち出していた。
「そりゃ、楽しいよ。すっごく刺激的だったし。頭吹っ飛んじゃうくらい気持ち良かったし。またチャンスがあったら一緒にやりたいって思ってるけど、それとは別じゃん?」
そう言ってフッと遠くを見詰めるような黒田の横顔が人恋しげで、柴田は少し驚きを覚えた。
もともとが人見知りが激しい方の黒田は、他人と親しくなるのに時間のかかるほうだった。整った外見とぶっきらぼうに見られがちな態度も、相手の第一印象にはマイナスに働くことの方が多かったようだ。
もっとも少しでも親しくなれば、そんな事は全然ない事が分かるのだが。
黒田の少年の純粋さを残した部分。バカ正直と笑い飛ばしながらどこか羨望を覚える。彼の周りに居る者は皆そう感じているのだろう。
馬場と初めて会った時の事はどうだったのかは聞いていないが、その後の黒田の馬場への信頼ぶりは端で見ていても良く分かる。
『本当に良く懐いたよな…』
人との距離の取り方の下手な黒田だが、、一旦自分の中に受け入れるとどこまでも信じるタイプだ。
馬場とリハをしている黒田を見るたびに、柴田は飼い主に懐く大型犬がどうしても頭に浮かんでくるのだった。
「クロリンて、根本的に体育会系だよね」
「へ?」
唐突に言われた言葉に黒田がきょとんとした顔を柴田に向けた。
「自分より強かったり、上手かったりする先輩に憧れるタイプだろ?」
そう言ってにやっと笑った柴田に嫌そうな顔をする。
「なんだよ。いいじゃんか」
なんとなく自分でも自覚があるのか反論の言葉が少ない。その顔に柴田は笑い出しそうになった。
馬場や葛G、夏野にしても黒田にとっては思うところがある者たちなのだろう。
「ねぇねぇ、俺は?」
ふざけたついでに柴田は訊いてみる。
クイクイと自分を指差しながらにっこり笑う柴田に素直に答える訳も無く、黒田は見ないふりでジョッキに口をつける。
柴田は大げさにがっくりと肩を落として見せたが、本音を言わせるには酔いが足りなかったとあっさり諦めた。以前に真顔で言われた賞賛の言葉だけで、黒田が自分やBANDのメンバーをどう思っているかなど分かっていたので。
「…俺って、そんなに考えてる事、顔に出るのかなぁ…」
ふと、黒田が呟くのに顔を上げると、少し困ったような表情で見詰める黒田の顔があった。
仕事にしても何にしても人と人との付き合いが原点であるからには、黒田も気にする事が多いのかもしれない。苦手だから、で済んだ時代は過ぎてしまっていて。
「…大丈夫だって」
柴田は思わず手を伸ばして黒田の頭を安心させるようにポンポンと叩いていた。
「みんなクロリンのこと好きだからさ、そういうとこも」
笑って見せた柴田の顔を、驚いたように黒田が目を丸くして一瞬の後、真っ赤になって顔をテーブルに伏せてしまった。
「すっげー、効いた。酔ってるだろ、シバちゃん」
まだ、顔の赤みを残したままの黒田が上目遣いで柴田を見上げる。嬉しさと切なさが混じったようなその瞳に柴田は柄にもなくドキリとして、苦笑する。
長く付き合っていても突然の黒田のもの言いたげな瞳には未だに慣れない。
本人が無意識なだけに始末に負えないのかもしれない。
「そうゆう瞳で人を見るのやめよーよ」
「なに?」
言われた意味が分からないように黒田が柴田に問い返す。聞かれて説明できる類のものではなくて柴田は溜息をついた。
ずっとこの視線で見詰められて平然としていた馬場を偉いと思う。
「…そういう、なんての、縋るようなっていうか訴えるような瞳って、けっこうクルんだよね」
しどろもどろになりつつ話す柴田の努力を無駄にするように、黒田が分からないと首をかしげる。
「だから、眼は口ほどにものを言い、っていうだろ。クロリンなんてたくさん見てるだろうけど、女の子でもいるじゃん、好きですって眼で訴えてる子や、そのつもりは無いのかもしれないけど、誘ってるように見える子」
そりゃ分かるけど、と頷いた黒田が気付いたように叫ぶ。
「え? えっー!俺!!!?」
思わず声を上げた黒田が慌てて口を塞いでキョロキョロ周りを伺う。
「いや、そうじゃないって分かってるけど!でも、そんな感じに見えるんだって。
言いながらなんでこんな説明を男にしなければならないのかと、ふった話題の悪さに頭を抱えたくなる柴田だった。
「まぁ、俺らは慣れてるし、そんなつもりないって分かってるけどさ、ちょっとその気のあるヤツにはかなり酷かもね」
うう…ともなんともつかない呻き声を上げながら嫌そうに黒田が眉をしかめる。
痴漢に遭ったこともあるという事を聞いたことがある。男としては嬉しくない事なのだろうと同情を覚えたものだ。
まぁまぁと、柴田はテーブルに懐いてしまった黒田のジョッキにビールを注いでやる。
「…シバちゃん…」
「ん?」
まだテーブルに突っ伏したままの黒田がぼそりと呟いた。
「シバちゃんと同じコト言ってくれたヤツが居たとしたら…。それってシバちゃんと同じ意味かな…?」
それとも…と言いかけて黒田が黙る。少しくぐもった声は聞き取りづらかったが、柴田に届くには充分だった。


『そんな瞳で見ちゃダメだよ…』
そう言った人物は…。
黒田の一番近くに居た者。
黒田のあの瞳の魔力に捕まった者。
半身を切り取られた哀れな者。

 

「同じだろ…」
顔を起こした黒田が、笑って見せた柴田に一瞬痛そうな表情を見せてぎこちなく笑い返した。
「そうだな…」
なみなみ注がれたジョッキに口をつけ、一口飲んで黒田は伏せ目がちに微笑んだ。
柴田はその綺麗な横顔に視線を奪われながら、彼の傍に居られない者を思った。

 

END