TWILIGHT

 

 

「おじゃましま〜す!」

ノックの後に一声掛けて伊藤は、leapの事務所のドアを開けた。まだ2度ほどしか訪れていない事もあって、ズカズカ上がり込むのにはいささか躊躇いがある。

「あ、こんにちは。黒田と約束?」

机に向かっていた女性スタッフの一人が顔を上げて笑顔を見せた。この業界にいるとどこかで顔をあわせていることも多く、彼女も以前からの顔見知りだった。

「ええ。メシを食いに行く約束なんですけど、まだ仕事終わらないみたいですね」

そう言って伊藤は女性向の好感度100%の笑顔を振り撒く。やはり事務所のスタッフとの関係も大切なのだ。これからの黒田との付き合いの中で。

「インタヴューが長引いてるみたい。大野さんも一緒に中だし」

そう言って奥の部屋のドアを指す。もう少し待っていてね、と側のソファーを勧められ、伊藤はその言葉に頷いて腰を下ろした。

「外は暑かったでしょ?甘いものって苦手?良かったらこれどうぞ。さしいれで貰ったんだけど、なんかネーミングでFANの子達がうけたらしいわ」

席を立って簡易キッチンに向かった彼女が冷蔵庫を開ける。戻ってきて笑いながら差し出したものはアイスバーだった。パッケージを見てその意味を納得する。

『あいすまんじゅう』

ストレートなネーミングに苦笑しながら、伊藤は礼を言って封を開けた。今はIcemanとして表面に出ることの無い自分たちだが、FANの子達の気持ちがうれしい。甘いものが得意という訳ではないが暑い今ならばおいしく感じられそうだった。

伊藤があずきを包んだバニラバーに歯をたてようとしたとき、奥のドアの扉が開いた。吸い寄せられるように出てくる人物に視線が捕らわれる。事務所でのインタヴューということもあって、黒のTシャツにジーンズという姿だがシンプルなぶん身体の線が際立って見える。

まだ中を向いて話しをしている黒田は伊藤に気付いていないようだった。後に続いて出て来た女性二人が先に伊藤に気付いて笑って手を振る。え?というように振り返ってやっと黒田が伊藤に気付いた。

「よう」

「あ、来てたんだ。悪い、待たせて」

そう言って慌てて近づいてきた黒田の視線が伊藤が持っているアイスに流れる。

「ああ〜、いいモン食ってる。ちょっとちょうだい」

そう言った黒田は伊藤が何も答える間も与えず、ソファーに座っている伊藤に屈みこむようにして、アイスを持っている伊藤の手を掴むとパクリとアイスバーを咥えて齧り取った。
ドクンと伊藤の心臓が飛び跳ねる。アイスを齧る黒田の間近で瞼を伏せた表情は、伊藤が幾度となく見てきたものに酷似していて、ここで見るのはかなり身体と心臓に悪いものがあった。

思わず言葉を失ってしまったのは伊藤だけではなかった。大野と話しをしていたインタヴュアーの斉藤も、アイスという元凶を渡した通称クロスタ嬢も、一瞬凍りついたように動きを止め、目を丸くして黒田を見詰めていた。

「俺、このあずき好きなんだよね。つやつやした粒あんでさぁ…、あ?」

もごもごと口を動かしながら、喋っていた黒田が、ようやくしんとした周囲の様子に気がついて周りの人を見回す。

「あ…、相変わらず仲が良いのね」

なんとかフォローを試みようというように、斉藤が笑顔を作りながら隣の大野を見る。

「ええ、そうなんですよ」

引きつった笑みを浮かべながら大野が答える。それを見た黒田の顔がサァッと紅くなる。

「ええっ?!違うよ!そんなんじゃ…!」

自分の取った行動がどんな風に見られたのかやっと気付いたのか、黒田が慌てて訳の分らない否定をし始める。伊藤はそれを見ながら頭を抱えたくなった。こういう場面で黒田が上手く立ち回ったところなど見たことがなかった。これ以上黒田が何か言い出さないうちに連れ出したほうが身のためだと思う。

「ほんと、バカ…」

ポツリと呟いて伊藤が立ちあがった。気付いた黒田が振り返る。その口元に残りのアイスを押しつけると驚いた黒田が慌ててバーを受け取る。
一挙手一投足にギャラリーの視線を感じながら、それをあえて黙殺する。こんなコトを気にしていては黒田とは付き合えないというのが伊藤の持論だった。

「ほら、もう仕事終わったんだろう。行くぞ」

促すように腕を取ると、焦って黒田が離そうとする。さっきの後では今更とおもうのだが、伊藤は手を外してバックを取りに行く黒田を待った。

「じゃぁ、お先に」

どうしても伏せ目がちになりながら、黒田がぼそぼそとした声で大野らに断って玄関を出ようとした。その後を追うように後に立った伊藤に、大野の声がかかる。

「伊藤くん、うちの黒田よろしくね。明日撮影があるから」

笑顔で釘を刺す大野の顔を振り返りながら、伊藤は余裕の笑みを返した。仕事中は、ここにいる黒田は確かに大野の言葉通りLeapの黒田だ。だが、ドアを出ればそれは逆転するもので。

「了解。だいじょうぶ。俺、自分のものは大切にする主義だから」

気負いも無く、当然の事のように告げた伊藤の言葉に、ギャラリーが凍り付いている間に伊藤もドアを出た。
外は夕刻の暗闇が降り始めている。
たそがれどき。
誰そ彼はどき。
逢う魔が刻。
隣に立つ黒田を見詰めながら、心の中が暖かくなっていくのを感じる。
他の誰でも無く、黒田が自分の横にいることが、こんなにも嬉しいのだと体で感じていた。

「なに?」

何も言わずに柔らかい表情をして見詰める伊藤に気付いて、居心地が悪そうに黒田がぶっきらぼうに問う。

「いや、お前が好きだなって思って」

「あほう…!」

さらりと言われた言葉に真っ赤になって硬直した黒田が踵を返してさっさとエントランスに向かう。

「おい、待てって」

慌てて後を追う伊藤は、嫌がられるのは覚悟のうえで横に並んだ。まだ怒ったような顔に赤みを残した黒田が、ほんの少し伊藤に寄り沿うように近づいた。

「黒田…」

黒田の行動は彼の不器用な告白よりも雄弁で、伊藤の胸を熱くさせる。
そっと、黒田の肩に手を回し、何の言葉もなく二人で歩き出した。

 

END