TWO OF HEARTS

 

 

体調が悪いのもあったのだろう。

今日の黒田はライブ前の緊張感だけでなく、なにか張り詰めた脆い精神の糸を感じさせて、伊藤は心配げに様子を伺っていた。

いつもより青ざめた顔色と伏せ目がちな黒田は、保護欲を刺激する。

話しかけるでもなく、ただ側にいる事が黒田にとって安心のできるポジションだと知っていた。

「黒田…」

出番が近づいて、伊藤はそっと黒田を促した。

「あ…、ああ」

一人の世界に引きこもっていた黒田が気づいたように伊藤を見上げて、微かに笑顔を作って見せた。無理のある笑顔が痛々しかったが気づかないふりをしてやるしかなかった。気遣えばその分、黒田が無理を重ねるだけだと分かっていたので。

控え室を出てエレベーターに向かう廊下を並んで歩く。また少し黒田が痩せたような気がして伊藤は眉をひそめた。

エレベーターが止まる音がしてドアが開く。先に乗りこんだ伊藤に続いた黒田が足を踏み入れた時、カツンと軽い金属が転がる音がした。

「あ…!」

黒田が声を上げて床を転がるものを追おうとした。だが、それは黒田をからかうように、一瞬の差でドアと廊下の隙間に転がり落ちた。

「俺の…!」

小さく叫んだ黒田の中で何かが切れたような気がした。

「黒田?!」

「止めてよ!ピアスが落ちたんだ!拾いに行かなきゃ…!」

閉まりかけたドアを開のボタンを押して開いて、黒田が飛び出そうとするのを伊藤は腕を捕まえて止めた。

「バカ!地下まで落ちてるんだ無理だよ!」

「あれじゃなきゃ…!あれがなくちゃ…!」

張り詰めていたものが切れてパニックに陥っているような黒田を伊藤は両手を戒めて落ちつかせようとした。黒田はその手を振り切ろうと抗い、嫌がるように首を振っている。

「黒田!」

伊藤はもがく黒田の身体を抱きしめた。ピアスはきっかけに過ぎない事は分かっていた。

「落ちつけよ!」

「離せって!」

抵抗を止めない黒田の背を抱き寄せて、伊藤は強引に口付けた。抗う黒田の呼吸ごと奪うように深く唇を重ね、舌を絡める。

「ん…!」

長く深い口付けに、息苦しさに顔を背けようとするのを許さずに、黒田の身体から力が抜けるの待った。

「ふっ…」

伊藤の肩に捕まっていた指から力が抜け、伊藤の胸に凭れてきたのを感じて、やっと伊藤は黒田を開放した。

「黒田…。何がそんなに不安なんだ?ここに俺が居てもそれじゃダメなのか?」

胸に抱いたままの黒田を刺激しないように、そっと慰撫しながら問う。黒田の身体が伊藤の言葉に堅くなったのを感じる。

「ねぇ、俺が後ろで見ているだけじゃ黒田の支えにはならないのかな?」

驚いたように黒田が顔を上げて伊藤の眼を見詰めてきた。

「いと…」

「抱きしめるよ、いつでも、ギターの音で黒田を。約束するから」

何も言えずに伊藤から目を離せないでいる黒田に、もう一度口付けた。黒田の腕がすがるように伊藤の背に回されたのを感じて、伊藤は安堵した。

「伊藤くん…、俺…」

言いかけたまま言葉を失った黒田に、笑いかけると伊藤は自分の耳にしていたピアスを外し、黒田の左の耳に嵌めた。

「…っ!」

黒田が微かに痛みを訴えたが、伊藤は構わずピアスを嵌めた耳元に軽くキスをした。

「これでいいだろ?」

黒田のしていたものとほぼ同じ形のピアスだった。

「…えっ!でも、伊藤くんは…」

「かまわないって」

困ったような顔をしている黒田に伊藤は笑いかけた。

「約束の証しだよ。ずっと傍にいるから」

黒田の顔が泣き笑いのような表情を浮かべる。伊藤はさっきのような無理をした笑顔でないだけで、満足だった。

「もう片方は、俺が持っててもいいかな?」

ステージじゃできないけど、と笑いながら伊藤が黒田の頬に指を滑らせる。

「黒田と二人きりの時だけ付けるよ」

「伊藤くん…」

黒田は口篭もったように言葉を切ったと思うと、僅かに背伸びをして伊藤の耳に残るピアスの跡に唇で触れた。

「…俺、がんばるから…」

「ああ。さぁ、行こう。きっと皆、イライラして待ってる」

ポンと黒田の背を押した伊藤の腕に、黒田がそっと寄り添った。

伊藤は微笑むと黒田の腕を抱いて歩き出した。

(ずっと傍にいるから)

誓いの言葉をもう一度胸で繰り返しながら。

 

FIN