siva

ホテルの清潔に整えられたベッドに体を投げ出し、黒田は顔をシーツに埋めた。
息苦しくなるような熱さが絶えず、詰まる息に寝返りをうつ。
熱さは好きだった。
何も考えられず頭の中が空になる感覚が好きだった。
でも、今、身体の中に燻るこの熱さは…。
吐き出した息も熱を帯びている気がして、黒田は眉を寄せると乱暴に髪を掻き揚げた。ライブ終わりで疲れきっている体を起こすと、シャツを脱ぎ捨てバスルームに向かった。
シャワーのコックを捻ると全開で冷水を頭から浴びる。強い水圧の水が肌を打ち、痛みを感じるほどだった。それにかまわず、ただ全身を水の冷たさに晒す。身体の中の熱を消せるものならかまわなかった。
どのくらい水に打たれていたのか、水音に混じって聞こえてきたインターフォンの音が黒田の意識を呼び戻した。
「あ…!」

ぼうっとした頭を一振りすると慌ててバスタオルを掴むと腰に巻き、バスルームを飛び出した。

急いで開けたドアのチェーンの隙間から見えたのは、長身の赤い髪だった。

「伊と…?」

驚いてあげそうになった声を時間と場所を思い出し、慌ててひそめる。

「飲まない?入れてよ。」

ストレートに戻った髪の下から、いたずらっぽく瞳が笑って、手に持っていた缶ビールを詰め込んだコンビニの袋を目の前に上げて見せた。

その姿を認めた瞬間から黒田の中で警戒を促すベルが鳴っていた。思い掛けない伊藤の行動に驚きながら、どこかで予感していたような気がしてくる。

「…こんな時間にどうしたんだよ。」

このドアを開けて良いのかためらう。自分の中で開けてはいけないという声がしている。

「ダメ?」

どこか訴えるような伊藤の声の響きに促されるように、黒田はチェーンを外した。

伊藤を中へ招き入れながら黒田はデスクチェアを伊藤に譲る。スーペリアとはいえ、シングルルームなので椅子はデスクチェアのみだ。自分は水滴の残る身体のままバスルームの傍で立ち止まっていた。

「シャワー浴びてたんだ?悪い。ちょっと飲みたいと思って。」

「夕食の時、飲んでなかったっけ?」

スタッフ込みで食べにいった先でアルコールもいろいろ出されていた。ツアー中はあまり飲まない黒田はソフトドリンクだったが。

「少しだけだよ。相変わらず他人のこと見てない奴。」

袋からビールを取り出しながら伊藤がからかうように応える。それを見ながら黒田はタオルを巻いただけの自分の姿を意識する。

「悪い、そこのシャツかして。着替えてくるから、先にやっててよ。」

黒田が椅子にかけられた服を指さすと、伊藤が取り上げて手渡した。渡して触れた黒田の手の冷たさに驚く。

「なに?なんでこんなに冷たいんだよ。」

服を受け取った黒田の腕をそのまま掴む。触れるところ全てが冷え切っている。

触れられた瞬間、黒田の心臓がドクンッと飛び跳ねた。

「水でも被ってたのか?」

「暑かったんだからいいだろ!」

そう言って腕を振り解いた黒田は、バスルームへ逃れようとした。

伊藤は、その黒田を後ろから抱きしめた。

「なっ・・。離せよ!」

「冷たくて気持ち良い・・。」

慌ててもがく黒田を気にすることなく、伊藤は首筋に唇を寄せて囁いた。

「熱いんだろ?俺もなんだ。」

言葉の合間に耳元に軽く口付ける。

「止めろってば…!」

黒田は背筋を駆け上るゾクリとする感覚を必死で振り払おうとした。身体の芯でくすっぶていた熱が、あっという間に呼び起こされていくのが分る。何度か経験した感覚を、身体が覚えてしまっている。

「だから、抱かせてよ。」

熱っぽく吐き出された言葉に絡め捕られて行く。腕を解こうともがいている身体から力が抜けていきそうだった。

伊藤はバランスを崩した黒田の身体を、そのままベッドに引き倒した。スプリングの利いたマットが黒田を受け止める。驚いて目を見開く黒田の身体を簡単に押さえつけた。

力なら鍛えている黒田の方があるのかもしれない。だが自分より長身の伊藤に組み敷かれるとそれを払い除けるのはむずかしい。掴み取られ両脇で押さえつけられた手首が痛みを覚える。

自分を見下ろす伊藤の顔を正視できず、黒田は目を瞑ると顔を背けた。

かたくなな黒田の態度に伊藤は苦笑をもらし、無防備な喉元に唇をはわした。

「んっ…」

ビクンっと黒田の体が強ばる。その敏感さを楽しみながら露になった胸元まで辿る。

黒田の手がシーツを握り締める。それに気づいて手を離すと、全身に愛撫の手を滑らせていく。滑らかに隆起した胸元から腰骨まで続く細く引き締まったラインが綺麗だと思う。唇と手で触れながら黒田の沸点をさぐって行く。呼吸が荒くなって忙しなく上下する白い胸の赤い飾りに誘われるままに指を絡め、舌を這わせる。

「や…っ」

黒田が耐え切れないように声を漏らす。その声すら伊藤の執着を掻き立てる。もっと甘く掠れる声をあげさせたくなる。腰に腕を回して抱き寄せざまに首筋に歯をたてた。

「や…ぁっ…」

黒田の手がすがるように伊藤の肩にしがみつき、顔を埋める。伊藤はわずかに腰元を隠すだけのタオルを解くと躊躇わず既に熱くなっている黒田に指を絡めた。

「あっ…やめっ…!」

弾かれたように黒田が顔を上げ、伊藤の手を退けようと手を伸ばす。初めて眼を開いた黒田の瞳に捕らわれる。シーツに押さえつけると衝動のままに口付けた。むさぼるように唇を合わせ舌を吸い上げる。

「ん…」

伊藤の激しさについていけず、呼吸がふさがれる苦しさに伊藤の肩に爪を立てる。顔を背けようとしても、一瞬でも離れるのを許さないように開放してはくれない。

「なん…で…」

苦しい息の下から黒田が吐き出す。伊藤は聞こえない振りで黒田への愛撫の手を強めた。頭を抱き寄せていた手は、肩甲骨を、背すじを撫で下ろし後ろを探る。

ようやく黒田の唇を離すとそのまま喉元から胸を辿り、もう充分熱くなった黒田を飲みこんだ。

「あぁっ…!」

悲鳴めいた声があがり、黒田の背が反り返った。手を伸ばして伊藤を突き放そうとする。伊藤は力の入っていないその手を簡単にふりはらった。空をさまよった手で黒田は自分の口を塞いだ。これ以上伊藤の与える快楽にあがる自分の声を聞きたくなかった。
不意に、伊藤の熱さが離れていく。そう思った瞬間手を取られ、指先に舌を這わされた。ズキリと甘い痺れが全身を貫く。
「聞かせてよ…。お前の声…」
甘く囁く伊藤に、黒田は必死で唇を噛み締めてあげそうになった声を飲みこんだ。それを見た伊藤の顔に自嘲の笑みが浮かぶ。手のひらに口付けると、もう限界に近い黒田を開放するために手を伸ばし、黒田は押し寄せる快楽に意識を手放した。

始まりは、必然だったのだと思う。

いつか来る日がその時だったと言うだけだ。伊藤はそう思った。

いつものスタジオ、ギリギリのスケジュールに追い立てられる日々の一瞬の隙間。

スタジオのドアを開けた伊藤の目に飛び込んできたのは、ソファーで仮眠を取る浅倉と、その傍らにひざまずいて寝顔を覗き込む黒田の姿。

それは日常的な風景で、今まで何度も目にしてきたものだった。黒田が浅倉の唇に口付けるまでは。

バタンっとドアを意識して音とともに閉める。文字通り飛び上がった黒田が振り向く。

「いっ・・伊藤くん…!」

驚きで裏返ったような黒田の声。サアッと顔が紅潮する。

「う…ん…?

物音に眠っていた浅倉の意識が戻ってきたようだった。それに気づいて黒田が身を

翻して離れると伊藤の側に駆け寄った。

「こっち来て!」

伊藤の腕を掴むとスタジオの外に連れ出した。思いつめたような表情で黒田は早足で歩きながら伊藤を引っ張る。歩く間も数人のスタッフとすれ違い、人気の無い場所を捜す黒田の眉が寄る。諦めたように立ち止まると伊藤を振り返った。

「今は何も言わないでくれよ…。…後で、ちゃんと話すから…」

伊藤の顔が見れずに俯きかげんの黒田の言葉が伊藤の神経を逆撫でた。

「いいよ。」

自分が嗜虐的な気分になっているのが不思議だった。

その日の出来は散々で、ダメだし続きの黒田は硬い表情のままスタジオを出ていった。

ドアを閉じる手を止め、まだ浅倉とスタッフに囲まれ作業を続けている伊藤を黒田の目が追う。視線に気づいた伊藤が微かに頷くのを確認してドアが閉まった。

音がなかなか決まらず、浅倉だけ残してスタジオを出たのは日付が変わる少し前だった。伊藤はポケットのキーを探りながら行き先を少し迷った。きっと黒田はどんなに遅くても伊藤が来ると思い、待っているだろう。

躊躇うのは自分の感情が掴みきれないからだ。なぜ、あの光景にらしくもなく動揺したままなのか。

いま黒田に会ったら不味いような気がする。

だが、このまま家に帰ってもいろいろな思いに捕らわれるだけだろう。チャリンとキーを掌に受け止めると駐車場に向かった。

何度か来たことのある黒田の部屋のインターフォンを押す。しばらくしてガチャリと鍵を開ける音がして、ドアが開けられた。わずかに下げた視線の先で黒田の目と合う。

「…確認してから開けろよな。」

「他に誰が来るんだよ」

鍵を閉めている黒田の横をすり抜け、リビングに向かう。フローリングに床置きのソファーとテーブルがあるだけのシンプルな部屋。後は、不釣合いなくらい揃ったオーディオ類が並んでいるだけだ。テーブルの上には缶ビールが乗っている。その内のいくつかはすでに空になって転がっていた。

「他人が働いてるときに…」

わざと恨めしげな声を出してみる。

「…素面でこんな話なんかできねぇよ。」

ボソッと返す黒田は言葉どおり少し酔っているようだった。今日のことを考えながらの酒なら悪酔いを誘いそうだ。

「ビールでいい?」

黒田は客人にソファーを譲り、自分はクッションに座ると壁際に寄りかかった。伊藤は缶を開け、冷えたビールを喉に流し込んだ。

「で?何を話してくれるって?あの事なら別に気にしないけどね。お前と大ちゃんが出来ていたって。」

「い…伊藤くん…」

ストレートに切り出した伊藤に、脱力したように黒田が顔を上げる。

「そんな、一言で片付けるなよ…。」

そう言いながら、今までの緊張した雰囲気が黒田から取れたのが分る。一口ビールを呷ると、思いきったように伊藤を見つめて口を開いた。

「伊藤くんの言ったの、違うから…。」

「なにが?」

前髪をいじり、言いづらそうにしながらもはっきりと言った。

「だから、大ちゃんとはそんなんじゃないから。一方的なんだって、俺の。」

言いきって、缶を持つ手をじっと見つめる。

「…それに、わからないんだよ。自分でもどう思っているのか。大ちゃんは大人で男で、でも、触れてみたいって思うんだ…。さっきだって…。変だよね。」

ポツポツと確かめるように言葉にする黒田は、引き寄せた膝を抱えた。そこに顔を伏せてしまった。

その様子が、伊藤の神経を逆撫でる。黒田の口から浅倉の名前が出るたび疼くような痛みが湧き起こる。自分が何をするのか分らなくなりそうだった。

「良いんじゃないか?」

軽く返した伊藤に黒田が顔を上げる。

「だから!そう簡単に…」

噛み付こうとした黒田は、伊藤が間近にいて驚く。テーブルを回り込んで黒田に近づいた伊藤が黒田の頤に手をかける。

「なら、試してみればいい。」

「え…?」

驚いたように目を見開く黒田の唇を塞いだ。

「なにするんだよっ…!」

伊藤の肩を押し返すと黒田が怒鳴る。

「だから、お前が大ちゃんにしたかった事。自分で試してみれば良いんじゃないか?」

目に前でゆっくり笑う伊藤の瞳に捕まったように黒田の動きが止まる。

「キスして…?」

伊藤はもう一度黒田に口付けた。今度は邪魔されずゆっくりと唇を合わせ、舌を絡める。黒田が微かな吐息を漏らす。

「抱きしめて?それから?」

言葉のとおり伊藤は黒田を抱き寄せてシャツの中に手を這わせた。言葉を促す伊藤に、黒田はゆるく首を振る。

「…だから、分らないって…」

困惑しきったように呟く黒田の肩を掴むと壁に押さえつける。

「抱き合えば、男も女も変わらないと思うぜ」

「伊藤くん…」

たぶん酔いも手伝ったのだろう。黒田はそのまま目を閉じ、触れてくる伊藤の手に身体を預けた。

意識が戻ったのは突然だった。

胸にかかる暖かい重みを無意識に抱き寄せて、それが誰かに気づいて息を止めた。

「あ…」

一瞬のうちに自分がさっきまで黒田にしていた無茶な行為を思い出す。余裕なふりが出来たのは初めのうちだけだった。触れていく黒田の身体の反応に捕らわれて歯止めが効かなくなっていくのが自分でもわかった。今まで付き合ったどんな女にも感じたことのない類の快感。黒田のあげる苦痛の声、伊藤の肩に立てた爪の痛みさえ伊藤の中の快楽を誘った。

黒田の声が痛みだけではなく、甘い色を帯びてきたのを肌で感じた。極まって達する瞬間の表情も伊藤の中の欲を煽るもので。

昨日までの自分たちの間では考えられないようなことをしている。

そんな言葉すら意味を無くしていた。

抱いて確かめて、気づいたのは自分の方だ。

「馬鹿だな…」

歯噛みする思いで吐き出すとそっとベッドを抜け出し、服を身に着けた。あと数時間で陽が昇る。

「ん…」

黒田が身じろぎをしてうっすら目を開けた。まだぼんやりしている視線が伊藤を捕らえる。

「…伊藤くん…?」

呼びかける声が掠れていた。

「帰るの?入り一緒だろう。泊まっていけばいいのに」

何のこだわりもない黒田の台詞に、伊藤は言いようのない腹立たしさに襲われた。このままもう一度その身体を組み敷いて牙を立てたいような衝動に駆られる。そう思ってしまう自分がどこか狂ってしまったのではないかと恐怖を覚えた。

「…帰るよ。車、下に置いたままだし。」

黒田に背を向けたまま答えると、伊藤は部屋のドアを開けた。薄暗闇の中でシーツに埋もれた黒田の姿がいつまでも頭から離れなかった。

翌日からの黒田の態度にも何の変化も見られなかった。浅倉といる時などはかえって肩の力が抜けたようにさえ見えた。

最初に正視できず目を逸らしたのは伊藤のほうだった。気づいた黒田が笑った。

「酔っ払いのした事じゃん。」

少し照れたように笑う黒田の笑顔が伊藤の胸に爪を立てる。

黒田の言動の一つ一つが伊藤の神経に触れていく。痛みが積み重なって自制が崩れるのも時間の問題のような気がしていた。

衝動に駆られて、黒田の腕を掴み寄せたのは半月も後だっただろうか。噛み付くような口付けを驚きに眼を見開いたまま黒田が受ける。唇を離した後も身動きすら出来ないようだった。床に引き倒した瞬間、初めて眼が覚めたように抵抗を始めた。

「何考えてんだよ…!」

伊藤を突き放して黒田が叫ぶ。身を起こして逃れようとするのを手足を拘束して抑えつける。見上げる黒田の眼が迷っているのが分る。伊藤がしようとしていることを認めたくないとでも言うようだった。それを見ない振りでTシャツの下の肌に歯を立てた。

黒田は今度もまた同じように笑うのだろうかと、形を無くしていく思考の片隅で痛みとともに思った。

表面上は変わらないふりで、日々がすぎる。レコーディング、イベント、ツアーのリハ、重なり離れるスケジュールの中で、黒田は笑顔を見せなくなっていた。別行動の多い二人なので周りは気づかなかっただろうと思う。

まれに二人きりとなった時の黒田は、警戒に身体を硬くしながら、最大の努力で何気ないふりを装っていた。その必死さが可哀相なくらいだった。好きだと告げることもできない伊藤に可能なのは、自分の行動は気まぐれだと思わせることくらいだった。

何気ないふりで触れたかった。今まで通りの親しさで。

だが、ジョークに紛らわせても衝動が裏切る。一度知ってしまえば、逆に飢えが激しくなる。

ふとした瞬間の視線に黒田がおびえたように眼を逸らすのは、きっと自分が飢えた眼をしているからだろう。

自制を促す声が切れるのが何時なのか、綱渡りをする自分の危なさに気づきながら目を瞑っていた。

そして、その理性の糸を切ったのは、ステージの上の黒田だ。

ラストが近づき、会場もステージもキレたように踊り狂っている。浅倉の指先が作り出すハイスピードのデジタルサウンドに乗る黒田の声。ステージを端から端まで駆ける黒田。間奏でギターソロ部分を弾く伊藤の側を通りすぎざま、伊藤の肩に腕をまわして掛け合いとなった。久しぶりに見る満面の笑みに眼を奪われた。自分も笑顔を返しているのが分る。それはほんのわずかな時間で、すぐ黒田はセンターに戻ったが、伊藤の心臓をわしづかむような一瞬だった。

好きだと思い。そして、もうだめだと思った。

理由など要らなかった。黒田が欲しかった。

熱に浮かされた時間が過ぎ、伊藤はうつ伏せて眠る黒田の寝顔を見下ろす。汗で額に張り付く髪を梳いてやる。細くなった頬のラインに触れて、痛みを覚えた。

抱いても満たされない想いを持て余す。

伊藤はベッドの下に脱ぎ散らかした服を拾うと、シーツを抜け出した。椅子に座り、テーブルの上の、手付かずのままだったビールに手を伸ばした。椅子に身体を預け、黒田を見詰める。眼すら黒田に飢えていたのだと思う。

視線の先で黒田の瞼がふるえ、ゆっくりと開いた。自分の隣を捜すようにさ迷った目が、椅子に座った伊藤を見つけた。

「…俺にも…」

黒田の言葉に、伊藤は缶を取るとプルを開けて黒田に渡した。だるそうに身体を起こした黒田は受け取ったビールを呷る。仰向いた喉から胸がさらされ、扇情的な眺めに身体の奥が刺激されそうで、伊藤は視線を逸らした。

大きく息をついて、黒田は缶を持ったままベッドボードに寄りかかった。片手で髪を掻き揚げると伊藤をみつめた。

「…俺みたいな、野郎抱いて、なにか楽しいワケ?」

淡々と問いかけられた言葉に伊藤は驚く。

「黒田?」

「SEXしたきゃ、オンナ抱いてろよ!」

黒田は叫ぶのと同時に、手にしていたビールを伊藤にあびせ掛けた。反射的に避けようとしたが間に合わなかった。髪からアルコールが滴る。

「俺を好きでもない奴に抱かれるなんて、もうたくさんだ!」

ベッドから身を乗り出して、噛み付くような視線で伊藤を睨む黒田は、野生の獣の凄絶な美しさで、伊藤は身動きもできずに捕らわれた。

「俺のこと、なんとも思ってないなら、二度と触るな!」

「違う…!」

反射的に伊藤は叫んでいた。

「じゃあ、お前が好きだって言えば良いのか?!大ちゃんを好きなお前に?それで俺にピエロになれって?」

「バカヤロウ…!」

黒田が堪えかねたようにビールの缶を伊藤に投げつけた。

「大ちゃんへの気持ちがそんなんじゃないって気付かせたのはお前じゃんか!」

高ぶった感情に涙すらにじませて黒田が怒鳴る。

「好き勝手なことしといて、俺の気持ちなんか置き去りにして…!」

伊藤は黒田の言葉の意味にようやく気付く。だが、まさかとの思いに動けない。

「もういい!出てけよ!」

「黒田!」

嫌がってもがく黒田を、かまわず抱きしめる。黒田の言葉が自分の思い過ごしでないなら、この手を離すことなどできなかった。

「ごめん!」

「触るな!」

伊藤は黒田を胸に抱きこんで、抵抗がおさまるまで辛抱強く待った。

「ごめん。俺が悪かったから…」

自分がしてきたことを思うといくら謝っても足りない気がした。このまま黒田の許に跪いて許してほしいと願ってもかまわないと思う。

少しずつ黒田の身体から力が抜かれていく。

「…嫌だったんだ、本当に…」

「ごめん…」

呟かれた言葉が伊藤の胸を突く。髪に唇を寄せると、罪を告白する。

「無理やりでもいいから、お前が欲しかったんだ…。それくらい惚れてる。」

「勝手だ…」

トンと黒田が軽く責めるように伊藤の胸を叩いた。伏せていた顔を上げて、嘘やごまかしを許さないというように伊藤の眼をのぞき込む。

「うん。だから、ごめん。」

素直に自分の非を認める伊藤の様子に、黒田の表情がやわらかくなる。

「…もうダメかと思った。」

黒田は力を抜いて伊藤の胸に軽くもたれ掛かった。

「もし、唯の気まぐれだったら、俺、耐えられなかったから…。遊びで男と寝るなんてできないよ。もう一緒にやっていけないんじゃないかって怖かった。」

「黒田…」

たまらなくなって伊藤は黒田を抱く腕に力を込めた。

「俺ね、自分が一番IcemanのFANなんじゃないかって思うよ。俺にとって空気と同じ。無くなったら生きていけないかも。」

冗談めかした黒田の本気が見えて、胸が痛くなる。

「大ちゃんも伊藤くんも、好きだよ。一緒にいる二人に嫉妬するくらい」

伊藤の腕を外して、少し照れくさそうな笑みを浮かべて黒田が髪をいじる。

「俺は、大ちゃんと同じ位置?」

「聞くなよ…」

困ったように笑う黒田の答えは知りたくて、知らない方が良いような気がする。

このままがいいと黒田が望むなら。

「キスしてもいい?」

「え?」

いまさら何を言うのかというように黒田がふしぎそうな顔をする。

「最初からやり直したいから。」

(だから俺を一番にしてくれ。)

黒田を困らせるだけの言葉は飲みこんだ。

唇に触れるだけの口付けをする。いままでで一番やさしい口付けを交わしながら捕まったと思った。

離す事のできない相手なら、僅かな嘘も包み込んで愛したいと思う。

「お前が、好きだよ。」

初めての告白は痛みを伴いながら、伊藤の胸に刻みこまれた。

Fin