これがオレのものだという幸せ。
「ゴー!」
両手に白い包みを抱えて車に駆け寄ってくる。白い息をはきながら。
今までと変わらない。
いつものように隣にいてくれる。
このケンが。
オレはこのままでいいのか、なんて不安になったりする。
そしたら。
「ゴウはゴウのままがいいよ」
だって。
ありきたりだしクサイ台詞だけど、嬉しかった。
いつの間にか男らしくなっちゃって、なんだかもう敵うところがないような気さえする。
なのに、悔しいとかじゃなくて。
いや、確かに悔しいけど。
それでもオレのとこにいてくれるんだなあ、って。
オレ幸せもんなんだなあ、って。
このケンが、オレのもんなんだよ。
オレだけの。
それってすごくない?
「はい、ゴウの分」
助手席に滑り込むと、そういって包みをひとつオレに手渡した。
「肉まん〜?」
「あんまんも入ってる」
中身を確かめて上目遣いにケンを見ると、サラリと答えが返ってきた。
なんでこんなに……。
隣でもりもり肉まん食ってる姿さえ、なんだか。
こんなケンがオレの隣にいてくれる。
「? 何? ピザまんとかの方が良かった?」
「なんでもねー」
うっかり見惚れてたなんて、気付かれでもしたらたまらない。
オレは慌てて肉まんにかぶりついた。そんなオレを見てるのがわかる。
嬉しそうに見てるんだよな。そんなんで幸せそうだから、オレ他に何していいかわかんないよ。
「にしてもよー」
「んん?」
ケンは口いっぱいに頬張りながら、オレを覗き込む。
「こんなしょぼいクリスマスはないんじゃないの」
しょぼいにもほどがあるくらいしょぼい。だってコンビニだし。
寒々しい蛍光灯に煌々と照らされた駐車場といい、微妙に民家な周囲の灯りといい。
いつもとあまりにかわらない。でも。
「そりゃだって、しょうがないじゃん。仕事あったんだし」
「そうだけど」
そんなのわかってるし、コンビニの駐車場で一緒に肉まん食ってるクリスマスでも全然構わない。
ただ言ってみただけだよ。
なんか、こんなんで幸せな自分を知られたくなくて。
本当はケンといられれば充分だなんて、言えるわけないし。
そんなの言っちゃったら、こいつ何するかわかったもんじゃないし。
だからわざと文句をつける。
なのに。
「いいんじゃない? オレはこれで充分だけど?」
「…………」
言っちゃうし。しかも、オレが考えてたことと一緒だし。
「オレ、ゴウといられれば、どんなでもいい」
「あそ」
そんな風に言われたら受け流すくらいしか。
「ゴウ」
「何だよ」
最後の一口をもぐもぐさせながら返事する。なんとなく素っ気なくしてしまう。
「コーヒー飲む?」
あれ?
「え、うん」
なんかもっと問い詰められると思ったのに。
ケンは持っていた包みから缶コーヒーを一本出してオレにくれた。
「はい」
「ありがと」
いい感じにあったかい。しかも、食い終わったところで、いいタイミング。
「あんまん食った?」
「まだ」
ケンはといえばいつの間にかふたつともたいらげてしまっている。
「んじゃ場所代わって」
「? なんで」
「オレ運転するから」
「は? なんで」
「いいからいいから」
そう言っていつものニコニコ顔でオレをせかす。
「えーやだよ、お前に運転されんの」
こいつの運転、怖いんだよ。
「そう言わずに、ささ、降りた降りた」
「んだよ、ホントに」
オレは渋々、あんまんと缶コーヒーを手に助手席へと移動する。と、ケンがドアを開けて待っていた。
「どーぞ」
エスコートされてるみたいでくすぐったい。
「なんなの」
どうせ、文句しか言えないけど。
ケンは満足げにドアを閉め、自分は運転席に納まった。
★
どこに行くつもりかなんて聞くまでもなく、車はオレん家に向かってるってわかる。
なんだよ、もう帰っちゃうの。
運転するとか言うから期待してたのに。
せっかくのクリスマスなのに。
こんな、イルミネーション見るだけでクリスマス終わっちゃうのかよ。
「ケンー」
「ん、何?」
「帰んのかよ」
「うん。明日も仕事だろ」
「……そうだけど」
「何、不満?」
そうやって聞かれると答えられない。その通りだから。
「じゃあ、ゴウどこ行きたい?」
何にも言ってないのに、進むべき方向に話を転がすケン。
オレはなんとなく気に入らないのに、答えなきゃ進まない。
「そりゃあ、どこって言われると、どこでもいいんだけど」
「何だよ、それー。どこでもいいんだったら帰ったって同じじゃん」
「ちげーよ! 帰るのとはちげーよ!」
「ふーん」
なんだよ、その反応。
「なんでお前運転するとか言い出したわけ? どっか行くつもりだったんじゃないの?」
「んー、どっか行くつもりだったわけじゃないけど」
「うん」
「いつも運転させてるからさ、たまにはね」
「……んだよ、そんだけかよ」
「何なに? なんか期待しちゃった?」
「うっせー」
★
「何見てんだよ」
「いいじゃん、いいじゃん」
結局ケンと運転を代わって、オレは海岸沿いを流してたりする。
「いいけど……なんかやりにくいんだよ」
「だって、オレゴウのことずっと見てたいし」
「……あそ」
あんまりはっきり言われるとね。照れるよ、やっぱ。急に言い出すし、こいつ。
「オレ、ゴウのこと好きだよ」
「…………」
ずるい。
「ゴウ?」
「今言うなよ」
「なんで?」
だって。
「顔が見えない」
「…………」
急に黙ったケンにチラっと目をやると。
「何にやにやしてんだよ」
「別に」
ケンはあからさまに嬉しそうな顔をしてオレを見ていた。
「お前ってホント変」
「えーそんなことないって。ゴウが好きなだけじゃん」
「はいはい」
「あー聞き流すし」
「うっせーよ、ちょっと黙ってろ」
「ちぇー」
ケンはオレからやっと目を離して窓の外を向いた。そんなのを横目でうかがう。
体格なんてそんなに変わんないはずなのに、なんでこんな大きく見えたりしちゃうんだろ。
そういうのって、実感してしまうと急にドキドキしたりする。触れて確かめたくなる。隣にいることを。
オレは、浜辺に降りられそうな場所を探して、車を止めた。
ケンが先にドアを開ける。
「ゴウ、超寒いよー!」
降りると、車越しにオレの方を向いて、ホントに寒そうな顔で訴える。
その顔があまりにも弱そうで笑ってしまった。
「なーに笑ってんだよ!」
「ひゃひゃ、ってその顔!」
「はあ? 人の顔見て笑うなんて超失礼」
「ひゃひゃひゃ」
「ったく、置いてくよ」
「置いてくったって海しかねーよ」
ケンは置いてくとか言ったくせに、全然動こうとしない。
「行かねーの?」
「行きたい?」
「はあ? オレが聞いてんじゃん」
またわけわかんないこと言ってるよ、ケン。
「俺はゴウと一緒に行くよ」
「何、オレの後ついてくんの?」
「違うって。俺がゴウを連れてくの」
ケンはオレの目の前に来ると、さっと肩を抱いて砂浜を波打ち際へ歩き出した。
「ちょっと何なに」
「連れてくっつったじゃん?」
「え、そうだけど」
ケンはオレの肩を抱いてどんどん波打ち際に進んでいく。
海に浮かんだ幾つかの船が灯りを点しているけど、大部分は真っ黒で果てしない。
変に吸い込まれそうになる。
打ち寄せる場所まで来て、何を話すでもなく砂浜にしゃがみこんだ。
視界が悪いからか、波の音がいやにはっきり聞こえる。
オレらは二人でただ暗い海を見ていた。
時間から切り離されたみたいだ。感覚の一つが欠落したみたいな。
触れた腕のところだけあったかい。
そこだけ現実みたいで。
ふとケンの方を向いたら、横顔があんまりカッコ良くて悔しくなった。
嘘。
嬉しかった。
見惚れてしまった。
「何?」
オレがジロジロ見てるのに気付いて振り向く。
「別に〜」
「何だよ、言えよ」
「やだよ」
「ゴーオー」
ケンはオレの首筋に、犬がやるみたいに鼻を擦りつけてくる。
「ひゃひゃ、何してんだよ、ケン」
「ゴーーオーー」
じゃれ付いてくるケンは、いつの間にかオレを抱き締めてた。
「ケン?」
「…………」
抱き締めたオレの肩に顔を隠して黙ってる。
「……どうしたの」
「ゴウ」
肩口に顔を埋めたまま、オレを呼ぶ。
「ん?」
「ゴウ」
くぐもった声が必死な気がして、オレも両手をケンの腕に回した。
「何?」
「…………」
「ケン?」
「俺のだっていう確認〜」
ガバっと顔をあげたケンはケロリと笑ってそう言った。
「……何それ」
なんだか恥ずかしくて目を逸らした。
そういうのオレも知ってるから。
オレの肩に置かれたケンの両手は、それを引き寄せて、そんなにない距離を縮める。
覗き込むようにオレの顔を見つめると、そのままおデコをくっつける。
オレは目を閉じる。
キスは、潮の味がした。
★
「ゴウのせいで帰れなくなっちゃったじゃん」
「何? オレのせいなわけ?」
二人で並んで海を見てる。
「当然じゃん。こうなると思ってさー、俺は、運転まで買って出て帰ろうとしてたのに」
「だって、せっかくクリスマスなんだよ?」
「そうだけど」
なんだかケンカ腰。でもそうなるって。クリスマスなのにどこにも行けないで。
「どっか行きたくない?」
「明日がなければね」
「んだよ、つまんねーの」
「でも俺ら、まだ明日があるじゃん」
変なところで真面目なんだよな、こいつ。
「ソレなければ今日もっと」
「でも、明日も明後日もその次もあるんだよ、俺ら」
「だからー……」
言い返そうとして顔見たら、ケンの言ってる本当の意味が分かった。
懐広く笑ってオレを見てる。
んだよ、紛らわしい言い方しやがって。
「ね、ゴウ」
今日は確かに特別だけど。
オレらには、明日も明後日も、その先もある。か。
……本当に?
本当にケンは、この先の未来にも、オレの隣にいてくれる?
「何なに? 不安になっちゃった?」
何も言ってないのにそんなことを聞いてくる。
「ち、ちげーよ、バカ」
慌てるオレに、優しく笑ってケンはオレの手を握った。
「大丈夫。ゴウが一番知ってるでしょ」
「…………」
あったかい手は安心をくれる。
「俺いつもゴウが好きだよ」
「バーカ」
「ゴウは」
「え」
覗き込まれて困惑する。
ここで素直に言っちゃえばいいのに、そういうの上手くできない。
「ねえ」
「あー、うー……」
困ってケンから目を逸らすと、その目の端でチラチラ動く白いものが見えた。
「雪!」
「えっ、嘘ウソどこに?」
オレの言葉にパッと視線を空へ彷徨わせる。
「ほら、ほらケン」
本当に空から白いものがいくつもふわふわ落ちてきた。
「ホントだ! すげえ、ホワイトクリスマス」
「だな」
ちら、とケンを見る。雪に夢中でずっと空を向いている。オレの手を握ったままで。
オレは繋いだその手を、強く握った。
はぐらかしたオレの答え。
ケンがこっちを見るのがわかったけど、恥ずかしくて目なんか合わせられない。
オレは耳まで真っ赤にして、海を真っ直ぐ見てる。
ケンは何も言わずに握り返してくれた。
「ゴウ大好きだよ」
「……知ってるよ」
「じゃあ、耳貸して?」
言われるままに耳を寄せる。
「?」
愛してるよ。
この男。
それでもスキなんだから、オレももう。
「何言ってんだよ……」
ケンは横で満足そうな笑顔を見せる。
そんなケンに、オレはまた惚れる。底が見えないくらいに。
ケンがオレのものであるという事実が今のオレのすべて。
オレは、こんなとこまで来てしまったのか、と思う。もう、後戻りできない場所まで。
でも、いいんだ。これで幸せなら。たとえ一瞬のことであっても。
終
→モドル