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 ケンジと喧嘩した。
 命知らずなケンジは相変わらず危険なことに首を突っ込む。見栄っ張りなだけとも言う。
 けど、公道でレースするなんて言い出したから、さすがに俺も強く出た。
 言い出した奴が悪いんだろうけど、そんなのに乗っちゃうケンジだから心配でしょうがない。
 しかも、押しに弱いからしょっちゅう危険なことやらされては、本気で危ない目に遭ってる。
 そんなの俺じゃなくても止めるだろう。
 悪いことに、押しには弱いくせに見栄っ張りだから、ケンジは俺に反発して、絶対出るとか言い始めた。
 止めるのも、俺に反発するのもいつものことだけど、俺がいつもと違ってきつく言ったから喧嘩になって。
 俺が折れた。あの空気で言っても逆効果だ。
 ここは様子を見て、聞き入れる状況になってからもう一度説得しようと決めた。


 ケンジのバイト先はレンタカー屋。車好きなケンジらしい選び方だ。
 大体遅番だから、クラブに行く途中に顔を出して、そのまま一緒に連れ立っていく。
 でも、最近ハマってるのがビデオ鑑賞。一人暮しのケンジの部屋で、レンタルビデオを夜じゅう観る。
 男二人で色気はないが、男にしかわからない面白さを共感できるのは楽しい。
 俺は今日もクラブに行く気はなく、何か良い映画はないかと考えながら、ケンジのいるレンタカー屋に立ち寄った。 
 慣れたもので、終わる頃には裏口にちょうど着ける。
 そのまま一緒にロッカーまで行って、支度するのを見ながら今日の予定を話す。
「ケンジ、この後空いてる?」
 いつも最初に必ず聞く。わかってるくせに、って顔をする。
「うん」
 彼女と別れて約三週間。まだ他に想う人はいないらしい。
「じゃあさ」
 俺はビデオに誘ってみる。
「何かいいのあんの」
「わかんないけど、行っちゃえば何かあるって」
「じゃ行くか」
 俺達はさっき入った裏口から通りへ出た。レンタル屋へ並んで歩く。
 ケンジはどうでも良いことには素直に従うところがある。
 本当はこだわっていることに対しても素直なんだろう。
 ただ、こだわってるだけに構えてしまって、表現の仕方がわからない。
 きっと強がってるのはそのせいだと思う。
 俺なら、自分の思い通りにする為ならいくらでも計算したり、手を回したりするし、利害を考える。
 だから、不器用なケンジが危なっかしくてつい手を貸したくなる。 
 それがケンジに声をかける理由。
 違うな。ケンジといるのが心地いいから。
 素直になればそれがケンジを誘う本当の理由だ。
 親友ってこういうものなのかもしれない。
 俺にはそういう深い関係の友達はいなくて、だからそういう感覚もよくはわからないけど。
 でも、ケンジを大事だと思っているのは本当だ。
 多分、死なれたら泣く。だから。
「ケンジさ」
「ん?」
「ケンジさ、もっと安全な方とろうよ」
 レースは止めて欲しい。ケンジのことだから絶対やばいことになる。
 今までの経験上、絶対と言い切れる。
 車なんか使ったら本当にただではすまない。
 ケンジはいきなりで何の話かわからないようだった。
 俺はもう一度、今度は解りやすく言ってみた。
「何でいつもわざと危ない方選んでるの?」
 そう言って表情を伺うと、明らかに不服そうな顔をしている。
「なんだよ、オマエに関係ないだろ」
「ケンジいつか絶対死ぬよ」
 ありえないことでは決してない。いつも綱渡りみたいなことしてたら、当然だ。
 俺にはくだらない意地の張り合いとか、度胸試しみたいなことで、ケンジが傷つくのは見たくない。
 自分がそうなるよりも痛いから。胸が。
 俺の気持ちを解れっていうつもりはないけど、
 自分がいつもどういう状況に見を投じているのかをもう少し自覚して欲しいとは思う。
「まさか、そこまでバカじゃねーよ」
 格好つけて鼻で笑うケンジに怒りが込み上げた。
「嘘つけよ! お前何回危ない目に遭ったと思ってんの!」
「何でそんなことオマエに言われなきゃなんないの!」
 『何で』?
 本当に全然わかんないのかよ。
「何でって、いい加減俺の身にもなれよ!」
 声を荒げて言うと、ケンジは何か気付いたらしく、息を呑んだ。
「オマエが勝手についてきてるだけじゃん!」
 負けじと怒鳴って反抗する。けど、言い争う以前に、俺達は食い違ってる。
「違う。そうじゃなくて!」
「じゃ、何!」
 ケンジの短気な目が俺を見据える。
 本当に、俺が心配してることにも気付いてもいないのかと思うと、切なくなった。
 俺だけがケンジを友達だと思ってたのかも。
 俺は地面を見つめて呟いた。
「……もういい」
 隣でケンジがひるんだのがわかる。
「んだよ、それ……」
「言わなきゃわかんない?」
「…………」
 頷かないのは認めてるのと同じだ。俺は、自分の気持ちが虚しくて、溜め息をつくと、足を止めた。
 ケンジがそれに驚いたように振り返る。
「やっぱ今日は帰るよ」
「え、ちょっと」
 こんな気持ちでケンジといるのは苦痛だ。
「俺別に危険な目に遭いたいからケンジと一緒にいるわけじゃないよ」
 せめて誤解だけは解いておきたくて、そう言った。
「なに」
「じゃあね」
 俺は、わけがわからないという顔で問い掛けるケンジを遮って背中を向けた。
「…………」
 ケンジは何も言わない。追いかけても来なかった。

 俺はその日からしばらくケンジとは会わないと決めた。
 もしそれで済むなら、ケンジが親友じゃなくても問題無いわけだ。
 そう思ったら楽になった。もうケンジの心配をしなくてもいい。
 なのに。一日ともたず、俺はケンジのことを考えていた。
 バイトから帰って、ご飯を食べて部屋に戻ったら、もうすでにケンジがどうしてるか気になっていた。
 俺が誘いに行かなくたって今日もクラブには行くんだろうし、
 そうしたら、あいつらに何かまたけしかけられるかもしれない。
 ケンジのことだから、また挑発に乗って、大変なことになるんだ。
 そこまで考えて、俺の知らないところでそういう目に遭われるのは嫌だと思った。
 結局俺は、ケンジを友達と思っていて、ケンジを心配することを止められなかった。
 たとえ、ケンジに友達と思われていなくても。
 俺には一番大事なものだった。


 二十四時間後。
 俺はケンジの運転する車の助手席に座っている。
 目指すところはレースのスタート地点。
 ケンジはクラブのやつらにハメられて人の車を走らせている。
 デカイ車で改造されていて、いかにも金かかってそうだ。しかもヤクザの車だって聞いている。
 普通の車でも心配なのに、そんな車でレースするなんて論外だ。
 俺は、結局この日までケンジを説得できなくて、イライラした。
 今でもまだケンジを止める方法を考えている。
 考えてはいるけど、まとまらない。解ってくれないケンジにもイラついた。
 それらが伝わったんだろう。ケンジは怒ったようにハンドルを切った。体が左右に大きく揺れる。
 俺は溜め息をついてたしなめた。
「ケンジ、俺言ったよね、こんなことばっかしてたらそのうち死ぬって」
 ケンジは一瞬驚いた顔をして、それは拗ねた表情に変わった。
「オレ別に死にたいわけじゃないし、オマエ殺そうとか思ってないんだけど」
 ケンジがぼそぼそ言うのは本気の時だ。でも、未だに論点がずれている。
「そんなこと言ってないよ。もっと大事にしろって言ってるの」
「何でだよ。オマエに関係ねーだろ」
 しかめ面でオレにそう投げつける。
「そんなこと……もう、なんでわかんないんだよ」
 俺らの関係って何だ。昨日はそれでもいいと思った。けど。
 俺だけが友達だと思ってるなんでやっぱり悲しい。
 心配してるんだって言っても、きっとケンジはまだ「何で」と聞くんだろう。
「そんなこと言われたって」
「もういい」
 俺はまた溜め息をついた。
「なんだよ、こないだだって」
「いいよ、もう言わない」
 これ以上このことを話したら自分が惨めになる。
 俺はケンジの顔を見てられなくて、窓の方に顔をそむけた。
「…………」
 ケンジはしばらく黙って運転していた。けど、ぽつりと最後の期待をかけるように呟いた。
「……いいよ、もう」
 そんな言葉に、何を返答したらいいのか。
 今何か言ったところで、この状況が変わるとは思えない。
 気まずい空気が流れる。
 でもこの後に及んで俺が折れたりしたら今後もこんなことが続くんだろう。
 それだけは、せめて阻止したいと思った。
 車はひたすらにレースへと近づいていた。

 そして、ケンジはヤクザの改造車を、擦った。
 その時は、やっぱり、と思った。何も無いはずがないんだ。
 当然仕切ってた奴らにバレて、俺らは囲みこまれた。
 弁償しろとか散々言われて何も抵抗できないケンジ。
 それをいい気になって苛めてる奴ら。
 運転してたケンジへの攻撃は執拗で、俺は我慢できなかった。
 くだらない。そんなことで、弱いやつ苛めて何が楽しいんだ。
 俺は奴らを黙らせたかった。
 その場限りではなく、今後一切の事に関して、強く出られないくらい。
 ケンジを守りたかったのかもしれない。
 だから俺はやつらの言い出した、裏キックボクシングの金を盗み出すことを受けて立った。
 まさかね。それで自分が銃で撃たれるなんてさすがに思いもしなかった。
 ケンジは意外にも俺を心配してくれていた。
 すごい必死になって病院探してた。
 冷や汗かいて、必死で。
 そりゃそうだよな。自分の所為で人が死にそうになってれば、心配もするだろう。けど。
 ケンジが俺に死ぬな、死ぬな、って叫んでるのが聞こえて、
 俺は遠ざかる意識をなんとか繋ぎ止めてた。
 ケンジは何かに怒ってるみたいに、いや祈るみたいに、悲痛なほどに叫んでいる。
 気持ちが涙にならないように、堪えてる息遣い。
 ケンジ自身を心配してるんじゃないんだと思った。
 俺のことを、本当に祈ってる。
 多分ここで意識を手放したら、ケンジは俺のことで一生後悔するんだ。
 それだけは嫌だった。
 俺はケンジの声だけを頼りに、暗くなる視界で目を開けていた。



 俺の病室。ケンジは必ずと言って良いほどそこにいる。
 来たからって特に何をするわけでもなく、
 ベッドの横で丸椅子に座って、漫画を読んでるだけだけど。
 ケンジが毎日お見舞いに来てくれるのには感動した。
 花束なんか持って来た時にはどうしようかと思った。
 でも今日のケンジはいつもとさらに様子が違った。
 いつも部屋に入ってくる時は一瞬何か思いつめたような顔をしている。
 それが今日はいつまでたってもその顔のままだった。
 ケンジが意を決したように漫画から顔を上げた。
「ユウジ」
「うん?」
 俺は普通を装って、ケンジを見る。ケンジは一息おいて、口を開いた。
「わかったよ、オレ。ユウジの言ってたこと」
「…………」
 本当にわかっているのか怪しかった。
 でもそんなことより、そう言ってくれたことが単純に、素直に嬉しかった。
 そんな言葉を俺にくれるということは少なくとも俺だけが友達だと思ってたわけではないんだ。
 ケンジも俺を友達だと思ってくれていた。
「それだけ」
 そう言うケンジの方を見ると、照れて漫画に目を伏せている。
 その様子が可愛くも思えて変な気持ちになる。
 それは何か知っている気持ちのような気もして恥ずかしくなった。
「うん」
 俺はそれだけ返事すると、ケンジと同様に漫画に目を落とした。
 ケンジがこっちを見るのが解る。
 ページをめくる音だけが耳につく。
 お互い同じことを考えてるんだろうと、この空気でわかる。照れ隠しの行動。
 あんな痛い目にあってようやくだけど、ケンジと俺は友達だったんだと気付いた。
 違う。そんな言葉では括れない。
 もっと何か強い絆。
 何かはわからないけれど。
 一番大事なものだという。
 たぶん、そういうこと。
 



終


→モドル