| 本名 ジェイムズ・パトリック・ペイジは、1944年1月9日に、 イギリスのミドルセックス州ヘストンという町で、父ジェイムズ、 母パトリシアとの間に生まれる。ペイジ一家の一人っ子でした。 小さい頃は周りが農場だったのでその飼っていた家畜に囲まれ、 近くの小川で釣りなどをしていました。ジミーの子供時代の 楽しみといえば、切手収集、蝶の収集、自転車競争でした。 自転車のハンドルをしょっ中取り替えたり、また学校では スポーツが得意で一時ハードルのチャンピオンだったことも ありました。ジミーが8才になった時、家族はエプソムという所 に引っ越しました。その頃からラジオから流れる歌によく耳を傾け、 友達の家にいけば必ずピアノを弾いていました(家にピアノが 無かったので)。ジミーが初めてギターを手にして弾き始めたのは、 13才の半ば頃に、両親に買ってもらった一本のスパニッシュ・ギター でした。ガンガンとうるさいポップミュージックに対して、当時の 母親や父親の殆どは、気も狂わんばかりに怒っていた風潮の中、 ジミーの両親は、若者が何かに興味を持つのはいいことだ、とR&R に反対はしていませんでした。しかし、誰もが皆ギターに賛成して くれた訳ではありませんでした。学校では毎日ギターを取り上げられ、 4時の下校になると返してもらう、という感じで逆にジミーは独学で ギターをマスターしていきました。これはいろいろな面で大きな プラスとなったようです。ジミーが初めてプロのロックバンドに 加わったのは、ある試験場の助手として就職するため面接を 受けに行き、その採用が決まる前に、ニール・クリスチャン& クルセイダースというバンドのコンサートに参加したことでした。 ジミーはそこでミュージシャンとしての生き方を・・・それは びっくりするほど厳しくて普通の人なら危険だとさえ思える ほどの厳しい仕事であると肌身で知りました。イギリス中を コンサートをしてまわり、寝るのは貨物自動車の中だし荒っぽい ことばかりで・・時々、車が高速で故障したりしてそれが逆に 気分転換になり、ホッとした気分になり、このまま中止にならない かなぁと思ったりしたが、結局疲れるだけでした。疲れも溜まり、 倒れてしまう事もありました。そんな感じで2・3ヶ月バンドと 一緒に演奏した後、このまま俺は続けていけるのだろうか?.... と思いはじめました。体は多少弱かったかもしれないが、 クリスチャン&クルセイダースの中でのジミーのギター・プレイは すばらしく、ギタリストとしての名声の土台を築き上げたが、 充分な睡眠や食事もとれず、一つのコンサートが終わるとまた 別のコンサートと延々と続く、この慌ただしいスケジュールを こなす毎日にジレンマが溜まりに溜まっていきました。そんなわけで 多少の未練はあったけれどもジミーは演奏活動をやめ、彼の二つ目 の芸術的趣味、絵筆の生活にきりかえ、アート・カレッジに通うこと になりました。この時、ペイジは真剣に絵描きになりたいとおもって いました。マディー・ウォーターズの古いナンバーやシュレルズや マーベリックの曲を演るローリング・ストーンズやビートルズを 聴いてポップミュージックに対する熱が戻る1年前の出来事でした。 <次回につづく> |