The Historic Guitar&Music    

〜リッケンバッカーの初めて〜

 1929年、後にギターメーカー・リッケンバッカー社を

興すアドルフ・リッケンバッカーの元にアンプから音をだす

ヴァイオリン修繕の依頼がきました。それはイギリス製の

ものらしく、修理しようと何度か試みてみましたが、

結局手におえず、近所のヴァイオリンのリペアマンとして

有名なナショナル・ストリング・インストゥルメント社の

ジョン・ドペラという人物に持ち込まれることになりま

した。ジヨン・ドペラは後に兄弟でドブロギターで有名な

ドブロコーポレーションを興す人物でした。

(ドブロとはドペラブラザースの頭文字DOとBROをつなげたもの)

アドルフさんは、楽器を修理する現場にたびたび足を

運ぶにつれて、この楽器のメカニズムに興味を持ちはじめ、

以前から交流のあったスティールギタープレイヤー&ギタリスト、

ジョージ・ビューチャンプ(スティールギターにはかなりの執念を

もやしていた)とステージに一緒に立つ管楽器の入ったバンドや

バンジョー・ヴァイオリンの入ったバンドに、なんとか対抗

できる音量をつくれるのではと願望を抱く様になりました。

(普通のフォーク・ギターを横にして膝の上に置き、スライドバー

での奏法をしていました。ブラスはもとより、他の弦楽器にも

音量負けするのはしかたありませんでした。)

ミュージシャンとして、ギタリストとして自分の演奏を聴衆に

堪能してもらおうという純粋な願望からでした。1931年、遂に

エレクトリック・スティールギターを完成させた二人は苦労して

開発したこれを製品化しようと新たにエレクトロ・ストリング・

インストゥルメント・カンパニーを設立し、当時としては革命的

ともいえる、楽器の製造と販売をスタートさせました。

1931年、フライング・パン(フライパンのこと)と呼ばれる

エレクトリック・ハワイアン・スティールギターを発表し、

翌年それにマウントされていた馬蹄型のホース・シュー

と呼ばれるピックアップをシカゴにあるギターメーカー、

ハーモニー社のfホール型フォークギターにマウント、

発表し、この後数々の問題点を解決しつつ、ついに完成し

発表したのが、当時としては画期的なアイディアで作られた 

エレクトリック・スパニッシュ・ギターでした。                

      そしてこれは、世界で初のエレクトリックギターでした。

 :注フライパンはスティールギター : いままでのクラッシック、アコースティック

 ギターから何歩も進化したこのギターの登場は、後に登場する ギブソン や

 ポール・ビグスビー 、レオフェンダーらの水先案内人になりました。ちなみに

 アドルフ・リッケンバッカーさんの職業は鉄板加工業者でした。てなもんで、

 ギター自体のデザイン、ルックスはおせじにもスマートとは言えず、

 「ゴッツイ ギター」な感じで、お好みによって賛否両論ですねぇ〜。

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