寓話作家 嵐山権左衛門



それから その弐


どうも、ひっかかるんだ。今回の舌切り雀傷害事件は。マスコミは「諸悪の根源はここにあり」とばかりに、被告人のおばあさんバッシングを続けている。しかしそれは真実なのか。おばあさんは本当に悪人なのか。舌を切るという猟奇的な行為はなぜ行われたのか。そして、おじいさんが土産にもらってきた金銀財宝。見舞いのお土産としては多額すぎるのではないか。一方のおばあさんにはガラクタと魑魅魍魎、この違いは一体何なんだ。
 今回の舌切り雀傷害事件は、どうも引っかかる。疑問が多すぎる。事件にはまだ明らかになっていない何かがあるのではないか。そう考えないと、一つ一つの出来事がうまくつながらない。私の中で、納得がいかない。

 私は、今回の傷害事件の被告人であるおばあさんの弁護を担当する法律事務所の調査員だ。マスコミも注目する事件だけに、事務所も力を入れて取り組んでいる。通常の案件は一人で複数件を担当する。この案件は調査のエースと言われる中堅社員と助手格の若手が一人、そして定年間際の私、三人も担当が命じられている大型案件だ。もっとも私は、定年退職までの時間待ちの意味で配属されているのだから、実質は二人ということになる。
だから私はいてもいなくても良い存在なわけだ。そういう意味もあり、二人とは別に、私は私なりに独自の調査をしていく事になっている。

 では確認の意味も含めて、もう一度最初から検証していこう。地味な作業になるが、真実は何気ない所にかくれているものだ。しかし、常識や固定観念というフィルターを通してしまうと、大半はそれを見逃してしまう。
真実は何気ない所に、最初から存在しているのである。講釈はもういいか。最近は事務所の若い者も、こういう話には聞く耳を持たない。ヤツらは上っ面だけの楽な調査で、仕事を片付けようとする。そんなやり方では、フィルター越しの世界しか見えてこない。その事がヤツらにはわかっていない。話がそれてしまった。定年を間近に控えて、どうも最近愚痴が多い。
 まず、雀の正体からだ。氏名不詳、職業不詳。住所はおじいさん宅から野と山を二つほど越えた薮の中にある。門のある赤いお家が雀のお宿だ。自宅があるにも拘らず、いつの頃からか、おじいさん宅の鳥籠で、たいそう可愛がられて飼われていた。つまり二重生活を送っていたというわけだ。これはどういうことなのか。薮の中の雀の自宅には、かなりの資産がある。それはおじいさんに渡したお土産でも証明されている。食うためだけに、おじいさん宅で飼われていたわけではない。何のために?
 また、この雀はかなりのいたずら好きで、嘘つきだったとの証言がある。特に嘘つきに関しては、雀仲間数匹から確かな証言を得ている。あまりまっとうな人間、いや、雀ではないようだ。
 次におじいさんとおばあさんだ。これは周知の通り、むかしむかしあるところに住んでいた。おじいさんは、最近山へしば刈りにいくことを日課にしている。おばあさんは専業主婦だ。物語導入部分では、おじいさんのいい人ぶりは、何となくわかる。しかしおばあさんに関しては特段の記載はない。近所の聞き込みでも、欲深い、意地が悪いという声は多かったものの、凶悪事件をおこすほどの悪評は耳にしない。

 現場百回という言葉がある。我々民間の調査機関では限界があるものの、現場でしか見えてこない真実がある。事務所の若い者はパソコンの前に座り続け、それが仕事だと勘違いしている。現場でしかわからない、肌で感じる真実がある。もっとも、年寄りのこんな講釈には、若いヤツらは誰も耳を貸してはくれないが。あぁ、また愚痴か。
 おじいさんの家に行って少し気になったのだが、毎日しば刈りに行っているわりに、薪類の蓄えが少ない気がする。もう冬も遠くないのに。年による衰えのせいだけだろうか。
 そして事件が起こった。おじいさんはしば刈りに、おばあさんは井戸端で洗濯をしていた。洗濯のりが足らなくなり、おばあさんが台所へ取りに戻った隙に、雀がそこに残っていたのりを残らず食べてしまった。おばあさんの供述調書には、雀が過去に行ったいたずらの数々が記載されている。とっくりを倒して、中に入っていたおじいさんの酒を飲んで、酔っぱらったこと。米びつの盖を少しずらすことを覚え、友人数匹を招き、米パーティをしたこと。おじいさんの酒の肴の「みそ田楽」の横にうんこをしたこと、などなど。
 そういう経緯があって、おばあさんもついに堪忍袋の緒が切れたというわけだ。雀の舌を切り取って、家から追い出してしまった。その気持ちもわからないでもない。ただ、少し猟奇的な感じはするが。

 現場周辺で、新たな証言が得られた。おばあさんの近隣住人の証言だ。近所の子供がおばあさんの家の近くで遊んでいた時のこと、
おばあさんが平かごに干していた千切り大根を、子供が走り回った挙げ句に、ひっくり返してしまったらしい。その時、おばあさんは鬼の形相で、「このガキ、何をしやがる!」と大声で怒鳴りながら、持っていたほうきの柄で、その子供を叩きまくったそうだ。子供が大泣きして逃げていくのを見たという近隣住人の証言があった。子供の友人の裏付けも取れている。どうも、おばあさんには突発性激情症の疑いがあるようだ。
 そういうこともあってか、おじいさんとおばあさんの夫婦仲はあまり良くないとの証言もあるが、確証はとれていない。

 しば刈りから帰ったおじいさんは、雀がいなくなったことにガッカリするが、舌を切り取って追い出したおばあさんを責めることはなかった。これはどういうことだ?あんなに可愛がっていた雀が、猟奇的行為をされた挙げ句に、いなくなったというのに。突発的に激情するおばあさんのことだからと、諦めたのか?それとも事前にこの事を予想していた?まさか…
 おじいさんは翌日朝早く、雀のお宿を訪ねる。雀はよく来てくれたと歓迎する。ちょっと、待て。その時、雀は普通に会話していた。
舌を切られた雀が、翌日には普通に会話していた、これは可能なのか?証拠として提出された雀の診断書はどうなっていたっけ。
 その後おじいさんは、雀の親族、友人らから飲めや、食えや、歌えや、踊れやなどの接待を受ける。他にも特別な接待、つまり風俗系の接待を受けたとの噂もあるが、それはまぁ、確かな証拠はない。しかし、おじいさんに好き者の一面があるのは事実のようだ。そして夕方になり、金銀財宝のお土産をもらって帰ってゆく。
 それを知ったおばあさんは、どうしてもっともらってこなかったのかと欲張りぶりを発揮する。その夜の内に雀のお宿を見舞い、というよりお土産目当てでお宿に行き、今度はガラクタと魑魅魍魎をもらって帰った。何なんだ、これは。

 事務所の弁護の方針は、傷害事件そのものについては争わず、おばあさんのすばやい謝罪対応と、雀の仕返しによる制裁を鑑み、情状面を全面に押し出し、短期の執行猶予に収めようというものだ。事務所のヤツらは、安易な道を通りたがる。隠れている真実を探そうとしない。この事件には、納得いかない部分がまだまだたくさんあるというのに。

 雀の診断書はこれか。はさみによる舌部切断、全治一ヶ月。かなりの重症だ。これでは翌日に喋る事は無理だろう。どういうことだろう。

雀はいたづら好き…
しかも嘘つき…
嘘つき…
あっ!!
そうか、そういうことか。
一つ引っかかりが取れたぞ!
雀には舌が二枚あったのだ。
昔から、嘘つきの事を二枚舌というではないか。だから、舌を切られた次の日でも、もう一枚の舌があったから、普通に話す事ができたのだ。
 次の引っかかりは、お土産だ。なぜ雀の所にはお土産に渡せるほどの、金銀財宝があったのか?一介の雀たちがそんなに稼ぐ事は不可能だ。おじいさんの接待でも噂された風俗系か?それだけでは、金銀財宝は無理だろう。
そして魑魅魍魎は何だ?

 おじいさんが逮捕された。窃盗の現行犯だ。
おじいさんは山へしば刈りに行くといいながら、山の向こう側にあった金鉱、銀鉱から、金銀原石を盗んでいたのだ。だからおじいさん宅の薪類の蓄えが少なかったのか。それにしても、事件はおかしな方向へ進んで行く。しかし、このことで引っかかりがとれていく。話がどんどんつながっていく。

金銀原石の盗難、雀のお宿、金銀財宝のお土産…
そうか!
これで、すべてがつながったぞ。
今回の舌切り雀傷害事件は、こういうストーリーだったのだ。
 被害者の舌切り雀とおじいさんは相当前からの知り合いだった。この計画を持ち出してきたのは、舌切り雀の方だったのだろう。
おじいさんに山の向こう側の金鉱、銀鉱から、原石を盗むようにそそのかした。人のいいおじいさんが、こんな話にすぐに乗るとは思えないが、雀のお宿での特別の接待にうつつをぬかす好き者の姿を見ると、何かを餌にされ、案外簡単に乗って来たのかもしれない。
おじいさんは山へしば刈りに行くといいながら、せっせと金銀の原石を盗んでいたのだ。
 盗んだ物は、雀のお宿に運び込んでいた。
雀のお宿では、雀の親族と友人が盗品の原石をどこかに売り飛ばし、その代わりに金銀財宝を得ていたのだ。ついでにガラクタと魑魅魍魎も、何かのおまけとして得ていたのかもしれない。そしておじいさんへの見返りの受け渡しへとつながる。
 雀もおじいさんも、おばあさんの突発性の激情症は知っていた。それを知りながら、雀はわざといたずらをして、二枚ある舌の一枚をおばあさんに切らせたのだ。事前におじいさんは、この筋書きをすべて知っていた。だから雀がいなくなっても、おばあさんを責めることもなく、平然としていたのだ。そして事前の打ち合わせ通り、野と山の向こう側にある雀のお宿を訪ねていく。
 そして金銀財宝を持って帰ったら、おばあさんの反応は想像がつく。想像通り、おばあさんは強欲ぶりを発揮し、その夜の内に雀のお宿を訪ねた。雀とおじいさんの企み通りに、これでおばあさんの猟奇的で、意地悪で、欲深い人物像は完成した。あとは魑魅魍魎というアイテムを使う。これをお土産としておばあさんに渡して、勧善懲悪のストーリーが仕上がるというわけだ。
 今回の事件の裏に隠されていたのは、おじいさんの金銀原石の窃盗、雀の盗品売りさばき、おじいさんの報酬のお土産という形での受け取り、この三つなのだ。 
 雀のお宿で行われていたのは、盗難品の金銀原石を、金銀財宝に変えて、一部をおじいさんに報酬として戻す事。
 つまりマネーロンダリングなのだ。
この事件の本質は、雀のお宿で行われていたマネーロンダリングだったのだ。?

 しかし、こんな推論は何の意味も持たない。
うちの法律事務所は、逮捕されたおじいさんの弁護も引き受けるだろう。今やおじいさんは相当の資産家なので、十分な報酬額になるはずだ。完成されたおばあさんの悪人像を利用して、罪の一部をおばあさんに押し付けるかもしれない。おじいさんは、何かの間違いで金銀原石を持ち出した、あるいは、出来心的な犯行として、軽度の事件扱いをするだろう。そうなると、私の考えたこんな推論はあってはいけないものになる。
 法律事務所の役割は、真実を探ることではない。依頼人の利益の確保にある。それに沿う都合のよい真実だけが、真実として取り扱われる。都合の悪い真実は、どこかに葬り去られてしまって、「真実の彼方にある真実」までたどり着くこともない。それがわれわれの真実なのだ。
 私は今までこの事務所で、ずっとそれを見てきた。定年前の最後の事件で、またそれを見ることになるとは。
 それでも、私は今回の隠された真実が葬り去られることを不満とはしない。これを検察側へ持って行って、さらなる真実を探すことも可能だが、そんな事をするつもりは毛頭ない。私はただ、自分の中での真実を納得できればそれでいい。私が一番欲しかったのは、自分自身への納得なのだ。そして納得して定年退職を迎える。
 舌切り雀傷害事件は、私の中でも、世間の中でも、これでもう終わったのだ。