寓話作家 嵐山権左衛門

南風の又三郎


あるところに、又三郎というお喋り好きで、楽観思考の若者がいました。


毎日暑くて嫌になりますねぇ。私は夏は大嫌いなんですよ。

若い男が、たまたま隣に居合わせた又三郎に言いました。

又三郎は笑って答えました。


本当に暑いですねぇ、わかります。

でも、元々夏は暑いものですよ。

ある程度暑くないと、夏の間に作物は育ちません。

秋に豊かな収穫があるためには、それも必要なんですよ。

それに暑い時にしか出来ない楽しみもあるでしょう。

運動をして汗をかいた後、一杯やるのは格別ですよ。



なるほど、そうかもしれない。そう思えば、暑さを楽しもうと思えてきましたよ。

若い男は汗を拭きながら、笑顔で言いました。



恋人に振られました。毎日辛くて、死にたいです。

私は捨てられたんです。彼のことを毎日恨んでます。

知人の若い女性が又三郎に言いました。


又三郎はいたわるような顔をして応えました。

それは辛い毎日でしょう。彼はひどい男ですね。

あなたをこんな目に合わせて。

でも、こうは思えませんか。

彼に振られたからこそ、本当の幸せをつかめるんだと。

どういう理由があったのかはわかりませんが、

彼はあなたのような美しい女性を裏切る、所詮そんな程度の男なんですよ。

この辛い出来事があった上で、やっと本当の幸せがつかめるスタート台に立った、

そうは思えませんか。


そうですね。すぐには気持ちは切り替えられないけど、

いつまでも彼を恨んでばかりでは、前に進めないものね。

男を見る目も少しはできたし。

若い女性は、やつれた顔に、少しだけ明るさを取り戻して言いました。



ずっと続く不況のせいで、会社をクビになった。

中年の男が安酒場で又三郎に嘆いていました。

又三郎は気の毒そうな顔をして言いました。


それは大変な事になりましたね。

長年会社のために頑張ってきたのに。

冷たい会社だと恨む気持ちもわかります。

でもね、ちょっと考えてみてください。

これはもしかしたら一つのチャンスかもしれませんよ。

あなたには今までやりたかった事はありませんでしたか。

会社勤めのために、諦めていたことですよ。


そういえば確かに一つ、あります。


それをこの機会にできるのではないでしょうか。


でも、それは夢のようなことですよ、

この年になってそんなことは無理ですよ。


そうですか。そんなに難しいことなんですか。

でも、ここは考え方次第じゃないでしょうか。

会社をクビになった事を、ピンチととらえるか、

チャンスととらえるか。

それによって、あなたの今後は変わってきますよ。


ありがとう、又三郎。ちょっとだけ元気が出てきたよ。

今まで自分の身の不幸を嘆いていたけど、

見方を変えれば、幸せとも取れるんだね。

やりたかった事はできるかどうかはわからないけど、

前に進む勇気は湧いてきたよ。

中年の男はグラスの酒をグイッと飲み干して、言いました。



十歳になる娘が近くの御堂ケ池(みどうがいけ)に転落し、水死する事故がありました。

又三郎はその家を訪ねて、お悔やみを言いました。

一人娘を亡くしたばかりの父親は、怒りの表情で又三郎に尋ねました。

あんな危険な所に柵も何もないのはおかしいじゃないか。

娘はまだ、十歳なんだぞ。

あんな所に落ちて、どれだけ苦しかったことだろう。

柵を作らなかったのは、誰が悪いんだ。

そいつが娘を殺したんじゃないのか。

又三郎は何も答えずに、黙って父親の話を聞いていました。


次の日、父親は又三郎に嘆くように尋ねました。

世の中には、たくさんの子供がいるじゃないか。

よりによって、なぜうちの娘だけがあんな目に合うんだ。

隣の娘でも良かったんじゃないのか。

又三郎は何も答えず、ただ目に涙をためるだけでした。


また次の日、父親は又三郎に悲しい表情で尋ねました 。

あの日、娘をなぜ一人でほっておいたんだろう。

仕事は休みだったし、一緒に遊んでやっていれば良かったんだ。

なぜあの時、他の用事なんかをしていたんだろう。

俺が悪かったんだ、俺が 悪かったんだ。

泣き崩れる父親に、又三郎は何も言わずに、

ただその背中を撫でていました。


次の日にも、訪ねていった又三郎に父親はすがるように尋ねました。

娘はどこへ行ったんだ?本当にもう二度と会うことはできないのか?

どこかに行けば、また娘の姿を見ることができるんじゃないのか?

誰か知っている人はいないのか。

なぁ又三郎、おしえてくれよ。

父親は又三郎の肩をつかんで揺すり、聞きましたが、

又三郎は涙でいっぱいになった目をして、何も答えません。


そんな日が何日か続きました。


その日も父親は遠くを見るような目をして、又三郎に尋ねました。

もしかしたら、俺は夢を見ているのではないのか、

ずいぶんと長い夢だが。

いったい、いつになったらこの苦しみから、解放されるのだろうか。

又三郎はコクリとうなずくだけで、何も答えませんでした。


次の日、いつも又三郎が訪ねてくる頃、

娘の父親は玄関先に立って、又三郎を待っていました。

いつものように、いつもの時間に又三郎はやってきました。

父親は、又三郎の姿をみるや、小走りでそばまで行って、手を握り締めて言いました。

又三郎、いつもありがとう。いつも話を聞いてくれて、ありがとう。

今日は天気がいいので、娘とよく行った見晴らしが丘まで、一緒に行かないか。

又三郎は少し微笑んで、頷きました。


見晴らしが丘は、又三郎らの村から歩いて小一時間ほどの高台にある村人の憩いの場でした。

その日はよく晴れていたので、遠くの山々まで景色が見渡せました。

村人が休憩用に作った腰掛けの一つに、二人は並んで座っていました。

父親は又三郎に語り始めました。

又三郎、俺は娘にもう一度、会いたいとばかり考えていたんだ。

どうやったら、会えるのか、そんなことばかり考えていた。

今となっては、夢でしか会う事ができない、なぁ、そうだろう。

しかし、いつになっても娘は夢の中に現れてはくれないんだ。

なんでだ、俺はこんなに娘に会いたいと思っているのに。

なぜ娘は現れてくれないんだ。

最近はそんなことばかり考えていたんだ。

なぁ、又三郎、なぜ娘は夢に現れなかったんだと思う?

又三郎は首を少し傾けて、無言で微笑んでいました。

又三郎の様子を気にすることなく、父親は続けました。

俺はなぁ、娘はわざと夢の中に現れなかったんだと思うんだ。

俺がいつまでもメソメソしているから、

娘を失った気持ちをいつまでも引きずっているから、

あえて娘は俺の前に現れないんじゃないかな。

そう思い始めたんだ。

そうかもしれないですねぇ。

又三郎は遠くの景色を見ながらそう答えました。

それから二人はしばらく黙ったままで、見晴らしが丘の腰掛けに座っていました。


もう夕暮れになった帰りの道すがら、父親は又三郎に再び言いました。

いつも気遣って、訪ねてくれてありがとう。

でももう、大丈夫だ。

これからは、また気が向いた時に寄ってくれ。

今はまだ、娘が死んだ御堂 ケ池に行く気にはなれないが、

いつかまたその気になったら、娘の好きだった かすみ草の花を持って、

お参りしようと思っている。

その時は又三郎も一緒に行ってくれないか。

又三郎はコクリとうなずきました。

男の家に着いた頃には、半月の月が、二人を照らしていました。



どうしてうちの人はぐうたらなんだろうね。

仕事に行っても、すぐに喧嘩してやめてくるし、

何をやっても長続きしない。

あげくの果てには、世の中を驚かすようなことをする、

なんて夢のような話を始めるんだよ。

世の中を驚かさなくていいから、

私を怒らさないようにしてくれってんだよ。

又三郎の近所に住む、小太りのおかみさんが、今日も怒っています。


又三郎は苦笑しながら応えました。

またですか、ホントに困った人ですねぇ。

でも、健康でいるなら、それでいいじゃないですか。

だいたい、病気にでもなったら...



又三郎の楽観思考のお喋りは、今日も続きます。

又三郎の行くところ、穏やかな南風が今日も吹いているようです。




(ただいま工事中)