戦争に行かなかった少年


少年はもう22才。戦争には行かなかった。遠いところを旅していたんだ。 悪い遊びも覚えてきた。人を笑うこと騙すこと。酒を飲んで騒ぎ散らかすこと。 少年の母国ではみんなそれは禁止されていたことだった。 ただ、もう少年が帰った頃にはそれも変わっていた。そこに住んでいたのは虫だった。 腐った人々は虫を生んでいた。そして虫の餌になった。虫は頭がいいから何も考えずに、ただ食べていた。 少年の夢見ていた大空を飛び回ることも、虫にとっては日常茶飯事だった。

どうやったら飛べるのですか?
それは羽を広げればいいだけさ。

複眼が少年の体をいくつにも増やして笑っていた。 笑われるのが嫌いな少年は虫に火をつけて燃やした。燃やした、というより溶かした。 プラスチックのように、少しずつ変型しながら、ガスを発生しながら虫は死んでゆく、 少しずつ死んでゆく。口をパクパクさせながら、声はあげなかった。死んだ虫はしゃべらなくなった。

もっと燃えあがればよかったのに。炎をあげて燃えればよかったのに。 がっかりした。自分のやったことがあほらしくなってしまった。自分の体を燃やしてもこんなものなんだろうか。 火をつければ何でも燃えると思っていたのに。

虫がいなくなったそこは、砂漠だった。暑くは無かった。砂漠のくせにジメジメしていた。 穴を掘るとすぐに水が出た。冷たい水だった。手が痛くなるくらい冷たかった。すすってみた。 砂が口の中に入った。服が汚れた。急に太陽が照りつけてきて、汗をかいた。 考えはじめた。でも考えることが何もないので目をつむった。太陽の残像がまぶたの裏側でぐるぐる回る。 緑、黄色、青、赤、目を開くと見知らぬ人がじっと見ていた。浅黒い肌に白い服をまとって。

殺されるかもしれない。

まばたきをするとそいつは輝きはじめた。太陽と同じだった。少年の手の平の上の乗った。 こんなに小さかったのか。握りつぶしたい。その衝動をおさえるひまもなく、行動していた。 握りつぶしたのだ。手を開くと、白いペンキのカスみたいなものがついていた。 もう夜だった。

太陽を殺したのは僕かもしれない。

少年はもう自分が人間なのか、トカゲなのか、サボテンなのか分からなかった。星かな、もしかしたら砂かもしれない。 水になったかもしれない。確かに少なくとも右手は月だった。左手と左足の間には雨の日があった。 魚が泳いできて飲み込もうとしている。何を? 空? それは目の錯角に違いないよ。 そうだ川なんだ。流れていた、ずっと流れていた。

少女が川の流れを見つめていた。少年はその手をつかんで、少女を川の中にひきずりこんだ。 川は真っ赤に染まった。すると流れは止まって、世界は一枚の油絵になってしまった。 少年はその絵をじっと眺めていた。そして少しずつ、灰色の絵の具で塗りつぶしていった。

これでいいんだ。

灰色の一枚の絵を燃やしたら、3秒で燃えた。白いキャンバス、白だ、久しぶりだ。 広がっているのは白だ。ふちなしの白。もう何も起こらないだろう。 それが甘いんだな、きっと。今に始まったことじゃない。

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