今日は大好きなポルノグラフィティが表紙の雑誌の発売日!
なのに、残業ってどーゆーことよ?!会社のバカっ!!!
結局残業が終わったのは夜の8時近く。
早くしないと本屋さんも閉まってしまう時間だ。私は急いでいきつけの本屋へと急いだ。
店じまいをしようとしていた本屋のご主人に頼んでやっとその雑誌は私の手の内に入ったわけである。
中を読みたい気持ちを必死に抑え、私は帰路につく。
後もう少しで私の家だ。後もう少し。あのタバコ屋さんを曲がったら・・・
次第に歩調も早くなっていく、そしてタバコ屋さんの角を曲がったそのとき、
そこに人がいたのである。ほとんど駆け足になっていた私は除けられるはずも無くその人影と正面衝突してしまった。
「・・・イタタタタ。」
「あ、ごめん。大丈夫?わしがちゃんと見てなかったから・・・立てる?」
「私もちゃんと見てなかったんで、すみません。だいじょ」
うぶです。
そう言おうとしたのに、声にはならなかった。だって、見上げたそこで私に手を差し伸べていたのはポルノグラフィティのハルイチさんだったから。
「は、ハルイチさん!!!!ええええ〜!!!!」
ファンの私がこの状況で冷静にいられるはずもない。
驚きと嬉しさで叫んでしまうとハルイチさんは人差し指を口に持ってきながらしぃ〜とジェスチャーした。
「あら、わしってやっぱり有名人?とりあえず立てる?怪我とかさせてたら大変じゃけぇね。」
ドキドキしながらハルイチさんが差し伸べてくれた手に掴まって立とうとしたとき足に痛みが走る。
「イタッ!ひねったかなぁ?」
ハルイチさんの腕に掴まりながら歩くのがやっとなくらいの激痛が右足首を襲う。
「マジッ?!とりあえず、わしのマンションすぐそこじゃけ、手当てぐらいはできるけん寄ってって。」
「いいんですか?!」
「だって、その足じゃ帰るにも帰れんじゃろ?家に帰れば車もあるしのぅ。じゃあ、掴まって。歩ける?え〜と・・・」
「彩です。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな。お願いします、すいません。」
この際、私の家もすぐそばなのは内緒にしておこう。だって、こんな経験2度とできないだろうから。
「大丈夫?あと少しじゃけぇね。」
ハルイチさんは足を引きずりながら歩く私に手を貸しながら歩いてくれた。
「はい。着いたよ。ここがわしの家。」
そう言いながら彼は部屋の鍵を開ける。
ハルイチさんのマンションはホントにすぐそばにあった。私の部屋からいつも見えているマンション。
こんなに近所に住んでいたなんて驚きである。
私が部屋の中に入ると、ドアが開く音に反応したスゴロクがすでに玄関でお出迎えしてくれた。
ご主人様が見慣れない女を連れ込んだのだから頭の上にはハテナがついていたけれど。
「お、お邪魔します。」
私はまだ痛む足をいたわりながら彼が促したリビングのイスに座った。
見慣れない部屋。
芸能人も私と同じように生活してるんだなぁなんて思ったり。
しばらくキョロキョロしていると救急箱を持ったハルイチさんが戻ってくる。
「あ、今『芸能人なのにこんな普通の家に住んでるんだ』って思ったじゃろぅ?芸能人がみんな豪邸に住んでると思ったら大間違いよ!」
そう言う彼は子供のように無邪気な笑顔を浮かべている。
「そんなことないですよ!!!逆に親近感が沸くっていうか・・・。」
「そう?それならよかった☆」
彼は無邪気な笑顔のまま私の足にシップを貼って包帯を巻きつけていく。
あぁ私、今大好きなギタリストに怪我の手当てをしてもらっているんだ。よく考えてみたら夢のような話。
「あのっ。」
私は思わず作業を進めるハルイチさんに向かって話しかけていた。
「ん?どしたん?痛い?きつすぎるかのぅ。」
「大丈夫です。手当てまでしてもらってすみません・・・私ポルノのファンなんで今の状況は夢見てるみたいで。
大好きな人に怪我の手当てしてもらえるなんて一生の思い出になります。今日発売の雑誌も買ったんですよ・・・あれ?」
そう言ってから気がついた。ぶつかるときまで持っていたはずの本屋さんの袋がない!
きっとあのタバコ屋さんのところで落としたに違いない。
「ファンの子とぶつかるなんて運命的じゃのぉ!・・・雑誌無いん?さっきのところに落としたんかね。
・・・はい、手当て完了!」
そんなぁ、走って本屋さんに駆け込んでまで買ったのに・・・。
「車で送ってくけど、さっきのところで雑誌探していこうか?」
「・・・いいですって!そこまでしてもらったら悪いんで、また、新しいの買います。」
そういえば今私の前でスゴロクを抱いているのは本人ではないか!
雑誌なんかじゃない立体的なハルイチさんがいるのに雑誌がどうのこうの言っている場合ではないのだ。
けれど、時間は刻々と過ぎていき、彼は「送っていく。」と車のキーを持ってきた。
彼から見れば私は道端でぶつかったファンの子というだけである。
車に乗り、エンジンがかかる頃には私の頭の中は現実の世界に帰り始めていた。
だからなのか、ハルイチさんが私に家の場所を尋ねたとき、私は無意識にとてつもないことを口にしていた。
「・・・私をこのまま誘拐してくれませんか?・・・なんて、無理ですよね。」
自分でもビックリするようなあまりにも冷静な声。
彼は火をつけようとしたタバコをくわえたまま呆然としていたが、しばらくするとタバコに火をつけた。
バカなことを言うな。とか言われると思ったのに、彼の口から返ってきた答えは私が言ったこと以上に驚くものだった。
「・・・どこに行きたい?わしも何かおもしろいことしたかったんよねぇ。
でも、誘拐してくれって言われてするのは“誘拐”なんかね?」
彼は笑いながら言う。
「ホントに?!」
「ホンマよぉ。よし!じゃあ海行こっ、海!!」
かくして車は海へと向かったのだった。
「ん〜!!海は気持ちいいのぅ。こうなるならスゴロクも連れてくるんじゃったなぁ。」
ハルイチさんは運転席から降りると伸びをしながら言った。
「海に行こう!」と彼が言ってからすでに2時間。私とハルイチさんは車で海へと到着。
「彩ちゃんも降りておいでよ。っても真っ暗な海しか見えんけどね。」
ただ今の時刻は12時である。田舎の海にはヤンキーですらたまりはしないようだ。
「運転お疲れ様でした。なんて、誘拐してくれって頼んだ張本人が言うことじゃないか。」
私も車を降りて彼の後ろ姿を追いかける。さっきの手当てのおかげか足の痛みはだいぶひいていた。
「誘拐ねぇ。いまさらじゃけど、なんでなん?」
思い出したように振り返りながら尋ねられた。
「なんでって・・・せっかく会えた私の大好きな人ともっと一緒にいたかったから。」
2人の間を風が吹き抜けていく。いくら7月でも夜中の風邪は肌寒かった。
彼は私より数メートル波打ち際のほうでこっちを見ながら立っている。
「・・・なんでかな。ハルイチさんといると嘘がつけないな。」
笑いながらさっきの言葉を打ち消すように、私は言う。言いながら彼には背を向けて。
沈黙は嫌だった。まるで、彼が言葉を忘れてしまったのかと思ったほど。
実際のところはそんなに長い時間ではなかったのかもしれないけれど。
そんな沈黙を破ったのは彼の靴音だった。砂浜を歩く音。時々波の音で聞こえなくなったけど、その靴音は私のほうに向かって歩いてきていた。
そして私の真後ろで、止まった。
「わし、彩ちゃんが思っているほどかっこいい男じゃないよ?そこら辺にいる成人男性となんも変わらんし。
ポルノグラフィティのシンドウハルイチを好きでいたいなら今が最後のチャンスなんじゃけど。」
私は背中を向けたまま首を横に振る。あなたが見せてくれるものなら全て愛することができるはず。
彼は後ろを向いたままの私を自分の方へと向かせると、キョトンとした私の頭をくしゃっと1回なでた。
「う〜んとね、初めに言っておくけど、わし彩ちゃんのこと前から知っとったんよ。」
「・・・へ?」
「前にスゴロクの散歩であのタバコやさんの近くを通ったときにちょうど彩ちゃんがおって。
そんときは、彩ちゃん、わしに気づいてなかったみたいなんじゃけどね。だから、あのタバコ屋さんにいればいつか会えるんじゃないかと思うたんよね。
恥ずかしいけど一目惚れで、名前もなんも知らん子じゃけ、正直もう会えんと思うとったけど今日あの角でぶつかって・・・一目惚れの子じゃったから、手当てするけん家に来てって言ったんよ。
もうちょっとだけでも一緒にいたいって思うたから。手当てしてて、わしらのファンじゃって言われたときは本当に神様っておるんじゃって思った。」
今度は彼が照れくさそうに笑いながら喋りだす。夜の闇の中、月の光に照らされた彼の顔は少しだけ赤く染まっていた。
「だからね、こんな状況になって今わしはすっごい動転しとるわけよ。・・・確認してもえぇかな?
彩ちゃんは、わしのこと男として好き?」
「もちろん。ほかの人なんて考えられないくらい、好き。」
私はまんべんの笑みで答える。ほかの答えなどあるわけはない。
「そっかぁ。よかったよかった。」
そう言って彼はぎゅっと私を抱きしめる。
おとぎ話の中の離れ離れにされた主人公とヒロインが再び再会したように、それはそれは長く、本当に長い時間。
しばらくして私達は手をつないで車へと戻っていく
。
「よし!じゃあ例の雑誌を買いに行こう。彩が落としたやつ。」
「でも今、夜中だよ?これからは本物のハルイチがいるのに、雑誌で見る必要はないと思うけれど。」
「そんなぁ。今までどうり、ポルノグラフィティのシンドウハルイチも応援しとってよ。
普段は自営業の新藤晴一じゃけんね。それに、本屋が開くまでドライブしてりゃあえーじゃん。わしは彩とじゃったらどこへでも行くよ。」
2人で笑いながら車に乗り込む。さっき乗ったときと違うことは2人の関係だけだけれど。
もし、これからの2人がケンカしたり気まずくなったときはまたこの海に来ようね。
ここに来れば今日のことが思い出されるはずだから。
2人には、運命の神様がついているのを思い出せるはずだから。