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「佐藤さんのお墓参りへ」
なにかに取り憑かれたように今も尚落としきれていない
何のためにお墓参りに行くのかなんて今も分かりゃしない
ひねくれ者で他人とは違うんだと自認している私にとって、
15日の16頃にお墓参りに行けないとなると、
残った手段としては
16日の16時までにお墓参りにいけば、私の気持ちは一応の収まりはつく。
命日というものが、亡くなった日を含む24時間だけならば、
佐藤さんの命日は15日の16時頃から同日24時までになってしまう。
亡くなった日にちを命日と呼ぶのだから、私はおかしなことを考えている。
勝手に私は自分の中だけで、佐藤さんの命日を
15日の16時頃から16日の16時までということにした。
本当は、15日の16時頃にお墓参りに行きたかった。
急に外せない用事ができてしまったのと、電車とバスでお墓参りに行く
私にとって16時というのは、ちょっと遅すぎる。
交通の便が悪いところなので帰れなくなってしまう可能性もある。
終バスは17時ぐらいらしい。
終バスに乗り遅れたら、タクシーか徒歩か誰かの恩にすがるしかない。
だけど、霊園の管理者はとても親切な人らしく、
終バスに乗り遅れてSさん(私にお墓の場所を教えてくれた方)が困っていたら、
駅まで送ってくれたらしい。
「Fishmans Night Tokyo」 が終わってから、一度は帰って寝よう
と考えていた。
地下鉄からの階段を昇り、表にでたら
雨が降っていた・・・
ふと去年の告別式を思い出した。
壊れたテレビのように途切れがちなあの日の映像が断片的に蘇る。
"雨の降っている今日こそお墓参りにいかなくてはならない"
と、
直感した。
自分でも分かっているけど、私は変わり者だ。
雨が降っている日にわざわざ出かけ、逆行に追い込まなくてはいけないのも、
やはり私の生き方そのもの。
雨に始まり雨に続く、けど雨には終わらせない。
節目は決まっていつも雨。
雨にいつも狂わされる。
M駅には9時半ぐらいに到着した。雨はまだバシャバシャ降っている。
ここからバスに乗り換えて霊園に行くらしい。
K駅行きのバスに乗らなくてはならないのだが、次のバスの時間まで2時間ほどあった。
バスの本数は一日に数本。
かなり困ったものの、 "無計画でここまで来たのだから仕方ないか・・・"
と、もう半分諦めていた。
しかしながらも、この状況に何故か納得してしまった自分がいる。
まるであの告別式の、開場に入るまでずっと、冷たい雨の下で待っていた時と同じかのように・・・
"2時間をどうやって過ごそう・・・"
と、考えていたら、
K駅行きのバス停前に、なんとなく私と同じ状況のように思える女性が二人いた。
この時点では二人の女性は知り合いだとは思わなかった。
ここは迷わず声をかけてみるべきだと
「どこまで行かれますか?」
「S霊園まで」
「佐藤さんのお墓参りですか?」
「はい・・・・・・」
会話が終わってしまった。S霊園に行くのならタクシーの相乗りを頼もうと話しかけたのに、これはまずい。
二人の女性はずっと話していて、無口な私が話しに割って入る隙はない。
見ず知らぬ者が話しかけたのだから、ごく普通の反応ではある。
二人の女性は、どうやら知り合いのようである。そのままどこかに電話をかけに行った。
"バスを待つか?"
と、立ち尽くしていると、
10時丁度に、霊園の途中まで行くバスがやってきた。
どうやら、女性二人組はこのバスに乗るようだ。
"霊園まで行かないのに、どうするのかな?"
と、そちらを眺めていたら、手招きしてくれている。
"なんとかなるようだな・・・"
ここは人の好意と恩に縋り、私もバスに乗ることにした。
霊園まで行かないけど、
「どうするんですか」 と尋ねると、
「途中からタクシーで」 と教えられる。
なるほど、駅からタクシーに乗るよりかは安価にすむ。
ごもっともな考えであった。
二言三言、話しをすると
一人は都内、もう一人は関西在住だと知る。
名前は名乗らなかったし尋ねもしなかった。
一般的には私の方から名乗るべきなんだろうが、それはしなかった。こういう関係というのは、
なにも知らないままであるべきだと思う。尋ねすぎて、
変に思われる可能性もあるし。
「LucyStoneというHNを名乗っています」と言おうかと考えたが、
インターネットをしてて、うちのサイトを見ていないことには、話が通じない。
しかもうちのサイトは、有名というわけでも誇れる内容というわけでもない。
女性二人の助けを借り、なんとか霊園にたどりつけた。とても有り難い御好意。フィッシュマンズファンにはきっと悪い人はいないはず。
多分みんないい人。
霊園の事務室で、バスの時刻表が印刷されたプリントを頂く。
こんなことなら訪問する前に
バスの時刻を問い合わせておけば良かった。
事務室を出てから、女性二人とちょっと話しをした。
二人はこれで3度目のお墓参りなんだそうだ。
関西の方はすごい行動力であると、聴きながら感動した。
私はある程度近く(電車とバスで3時間)に住んでいたのだから
もっとお墓参りに来るべきであったと、少し後悔した。
何回かお墓参りに来ている二人に、佐藤さんのお墓まで案内して頂いた。
佐藤さんのお墓は高台の上にあった。
素朴な感想として、以外に普通であった。
想像していたものと違いはしたが、
"佐藤さんだし、あれでいいのだろうな"
と、そう思わせる雰囲気はあった。
お墓には祈念碑が置かれていた。
「これが組合ライブの残った利益で作られると噂されていた
祈念碑なんだろうか?」
と少しだけ盛り上がった。
話によると、前回来たときにはなかったそうだ。
「組合ライブは2500円だったし、あんまり儲からなかったのかな?
利益につながるドリンクもたくさん注文されなかったようだし・・・」
みたいなことを、女性の方々は話していた。
祈念碑は、「らしい」としか言わせない何かがあった。
掌サイズよりちょっと大きいぐらいで、歌詞が彫られていた。
雨が舞ってたせいなのか、お墓の周りは少し乱れていた。
女性の方がお花を供え、お墓の周りを少しキレイにしていた。
私はキレイにしようとは思いもしなかった。
女性の動作を見ながら、細やかな気遣いであるなーと感心していた。
私はすることがないので、
ばんやりお墓を眺めたり、お墓の周りをうろうろしていた。
しばらく、しゃがみ込んで、寂しい雨の音を聴く。
家から持ってきた、ラベンダーの香りの線香を焚くことにした。
ジッポの炎が風に揺れ、横振りの雨のせいもあって
なかなか線香に火がつかない。なんとかついた火も、今にも消えてなくなりそうだ。
心許ないので、再度火をつけなおし、線香をお香入れの容器のようなものに
入れた。ラベンダーの香りが辺りに静かにひろがる。
ここでも、ラベンダーの香りを嗅ぐとは思いもしていなかった。
煙草を一服しようかと思ったもののやめた。
おそらく霊園は禁煙だろう。
"ありきたりだけど、お墓に備えるか・・・"
と、煙草に火をつけようとしたが、なかなかつかない。
仕方なく煙草を口にくわえ火を付けた。
煙草もお香入れの中に入れてしまった。香りが混ざってしまって
風情があるとは言えないが、
雨が降りしきる中、煙りが細く立ちのぼるというのは、
また、少し侘びし過ぎたかもしれない
お墓に向かって右手にマイセンのスーパーライトが山済みになっていた。
"煙草って吸うものだろ"
と、思いはしたものの供えたい気持ちもわからなくはない。
だが、雨で湿気ちまった煙草ほど役にたたないものはない。
来園者が書き込みをしてきたノートに、女性がメッセージを書き出した。
次にもう一人の女性の番となった。最後に書くのは私か・・・
銀色夏生さんの詩が書きたかったので、「月夜にひろった氷」を持参してきた。
私は、あの詩を書くためだけにお墓参りへ行ったか?
傘をさしながら、ノートを持ち、詩集を見ながら書くのは無理だったので、
一人東屋に移動する。
ノートを開き、詩集をめくって、ついにあの言葉を書いてきた。
雨がふった霊園には、佐藤さんのお墓参りにきた私を含む3人と、
一組の親子連れのような人達しかいなかった。
それと、なにかしらの工事をしていた人もいた
恐ろしいほどもの寂しい感じかもしれなかったが、
私はこの静けさが大好きだ。
でなければ、雨の降った日なんかにお墓参りに来ようとは思わない。
独りだったらお墓に縋り付いて、泣き崩れていた・・・
本当にそうしたかった。でも、そうしきれなかった冷静な自分がいた。
「私」が中心で、時間を回したかった。
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