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「DAYDREAM」という歌は Fishmansのアルバム、 「宇宙日本世田谷」のクロージングナンバーだった。 「DAYDREAM」が聴けるから、 Fishmansのアルバムの中では、 「宇宙日本世田谷」が一番好きだ。 単純に名曲とは言い切れない。 97年当時にはそれほど思い入れもなかったし、 今よりも特別な感情も持ち合わせてはいなかった。 「DAYDREAM」もそうなんだけど Fishmansの音を聴いてると、どんどん頭の中で文章が生まれてくる。 やる気とかナイスな考えやひらめきも。 生きていく意味や存在しつづける価値と同じように、 「DAYDREAM」には聴かなくてはならない意味がある。 文章を残しておくこと。それが、私の本当の居場所を求める 現在の目的だからだ。 「DAYDREAM」はもはや普遍的なものになってしまった。 生まれたときにこの耳が聴こえたのは、 この音を聴くためだったとさえ思えてくる。 どんな歌であろうとも、重ねた思い出の多さや月日の長さによって、 思い入れや感慨深さの度合いが変わってくる。 「DAYDREAM」は生きてる音のように、私の記憶の中で成長してきた。 夏期補習と受験勉強に疲れ、不快な真夏の熱帯夜を何度も過ごし、 "大学に受かればいいなー" って、神頼みだった 高校3年の夏休み。あの夏に、Fishmansのアルバム、 「宇宙日本世田谷」を購入した。 不安を感じえなかった自分のこれからの未来を、 Fishmansと重ねて見ていたのかもしれない。 この歌を境にして Fishmansのいろんなことを想像していた。 これが決して最後ではないと思わせる期待もあったし、 バンドとして存在していくのは困難なのではと思わせる危惧もたしかにあった。 膨らんで膨らんで最後には許容量さえも限界に達してしまい、 この後には何が残るんだろうか?と・・・ けど、何も消えやしない。 記憶も薄れはしない。この音の聴く度に あの夏をきちんと思いだせる。私はまだ生きている。 何もかもが夢と幻ではない と分かっていながら、 未だに受け入れられずにいる あの事実を一体どうすればいいのだろうか? 「DAYDREAM」の歌詞を書けたら どんなに楽なことか・・・ 佐藤伸治の歌詞観って、どこかしらで 人と人との繋がり方に諦めきれてないところが あって、それはまるで木の輪のような距離感の保ち方だった。 木の輪と木の輪は、決して繋がることはない。 無理な力が加わればいとも簡単に壊れる危ういものである。 痛々しいけど、人との関係に絶望したわけでもなかった。 佐藤伸治は、どうやって吹っ切ったのだろう? 今もなお、 暗闇の中で、模索してるのは私自身なんだけど、 唯一、 木の輪のつながりを見せてくれたのが、「DAYDREAM」だった。 |
by Lucy Stone world lucystone@geocities.co.jp