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「きっかけ」
本当のきっかけなんてものは、
自分自身をどうにかしたかったせいだったかもしれない。
このサイトを作り出したあの頃から、何も変わらない毎日が続いていた。
ただ繰り返される日々が永遠に続き、そして同じように過ぎていく。
どうでもいいことばっかで、そんな人生をどうでもいいように生きてきた。
やっぱりこんな毎日にも嫌気も差していたし、なんとかしたいなという想いもどこかにあったような気がする
ただその頃から、音楽の中に自分のなにかを探し掴めることが出来れば・・・と、もがいていた。
世の中にはもっといい音楽が在るはずだし、その出会いを求めながら暮らしてきた。
そして、私はフィッシュマンズに出会っていた。そうずっと前から
変わらず確かなものとして、フィッシュマンズの音楽はそこに存在していた。
フィッシュマンズの音楽はずっと傍にある。
それは私を支えていたのか癒してくれたのかはわからない。勝手に救われただけでいるのかも
しれないが、ただ気持ちのありようとして確かな指針を示してくれた。
だけど、フィッシュマンズと出会えないでいる、誰かは沢山いる。
私が知らないままの沢山の音楽と同じように…。
そんな人達に叫び続けたい。何時かきっと伝わるように。
「フィッシュマンズの音楽があるよ」、と
こんな行為をすることが本当に意味があることなのかわからない。
たぶん全てのことは、誰にも伝わらず
役立たずの砂の城と化すんだと思う。
結局、誰もが自分自身だけのことで精一杯で、
他人がどうこう叫ぼうが、どうでもいいことなんだとやっと気が付いた。
そういう私も己自身をどうにかしたくて、こんなことをしてるわけだし、
他人の事を思ったり考えて始めだしたわけじゃないんだから。
「フィッシュマンズを聴いてみたら?」と、他人に無理に勧めたこともあった。
今も密かに「すごくいい。だから聴け!」みたいに、勧められる機会はないものかと、チャンスをうかがったりしている。
だけど多くの人間にとって、知らない誰かの知らない音楽なんかは
聴こうとする気持ちすら起こらないのだろう。
これだ!と決めつけて聴く理由があるわけでもないし、
別に、フィッシュマンズ以外のなんでもいいわけだし、
今までだってこの音楽が無くても生きてきたわけで、
これからだって当り前のように
この音が無い毎日が続いていくのだろうから・・・
これから先は、「どうなるのか?」も、「どうしたらいいのか?」さえも
誰にもわかりゃしないけれど、
やっぱりこのままなんだろうとは思っている。
その間に早く大人になれていればいいなと最近思った。
私の素直な願いは、
フィッシュマンズの音楽を聴いていたいということだけ
あとは、「フィッシュマンズの音楽が在るね。」 、と
自分自身に向かって呟いてやることぐらいか…
暑かった夏の終わりに感じた
大人になりきれてない私の
フィッシュマンズの音楽との思い出。
原文:9.19.1999 .
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