羅針盤・ソングライン


羅針盤の三枚目のアルバム「ソングライン」を購入した。 初めて聴いたあの瞬間から、ココロの奥までしみてしまった。

この羅針盤のアルバム「ソングライン」に、 私なりの最大に賛辞を送るとすれば
"Fishmansの「宇宙 日本 世田谷」と互角と言える"
私にとって「宇宙 日本 世田谷」が、Fishmansの中で一番好きなアルバムだ。

一曲目の「がれきの空」の、出だしのギターにやられた。 試聴してて泣きたかった。 すでにココロでは泣いていた。 そのギターソロが、5時間ぐらい頭の中を グルグル鳴り続け、 どうしようもなく欲しくなっていた。 結局、お店に戻り、気がつけばレジでお金を払っていた。

わざとなのかもしれないけど、 ギターの音量が絞られていて、全く耳障りな感じがしない。 下手すると、しょぼいぐらいに音が小さくされてる。 ギターにはいつも、少しながらの抵抗を感じていた。 馬鹿みたくギターを掻き鳴らせばいい!ってものでもない。 しかし、羅針盤での山本精一のギターには抵抗を感じないし、 むしろギターに惚れ込んでしまった。
ドラムの音も独特というか聴いたことがないほど上手い。 小さいけど軽くなく太い。ずしずし、正確で、どの音にも負けない主張をしてる。
音のバランスは、今まで聴いたことが無いほど、素晴らしい。 上手い音作りだし、こだわり過ぎの所もいい。 印象的だったことしか書けないけど、 私にはそういう音楽として聴こえた。


"私が求めてた音はこれだ!!"と確信できた。 この音があれば、これからも暮らしも、 どうにかなりそうな気がする。 私にとっての、一生聴いていく音楽に成り得る、そんな歌があってしまった。 それが、羅針盤の「ソングライン」という歌だった。 声を出して泣きたくなる。懐かしくて切なすぎる。 「ソングライン」から沸き起こる感動も、 Fishmansで感じてきた想いと同じように、 自分の中で処理しきれないまま終わりそうだ。
これからも「ソングライン」を聴き続けてる。 掴んだものが羅針盤だった。 いい音楽をたくさん聴きたい。 死ぬまで、もっともっと音楽の近くにいたい。

Fishmansの次の音を、ついに見つけられたのか?
羅針盤の音楽は、 Fishmansの代わりになるわけでもなく、 私を形成してきた、体内元素になっていく。 Fishmansの音楽も羅針盤の音楽も、根本的なところでは 同じだ。
共通してることは、私が好きになった音楽だったということ。 それが良い音楽だ!と、傲慢なことは思いたくない。 今の求めてる感覚と、人との境や差の付け方の尺度が、 この音だ!!と教えてくれている。 FishmansはFishmansとして、 これからも私の中では存在しつづけていく。 消えることも無くなることも、絶対にあり得ない。 だから、代わりではなくて、次の音になってくれるはず。

「宇宙 日本 世田谷」には希望を託した諦め、 アルバム「ソングライン」には散ってこそ桜とも言うべき、 終わりを意識した潔さが存在する。
例え、Fishmansの次の音になってくれたとしても、 羅針盤自体が解散しそうな予感がある。 このアルバムで、もはや、 やれることは全てやり尽くくしてしまったようにも思える。 おそらく、これ以上のアルバムは、完成しないだろう。 山本精一なら、いとも簡単に、次の音ぐらい生み出してしまうかもしれない。 そのときこそ、Fishmansのことも整理がつくのかもしれないし、 本当に私の次の音になってくれるに違いない。




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by Lucy Stone world lucystone@geocities.co.jp