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「告別式。3月20日。春しぐれ。」
佐藤伸治氏の告別式に参列した。
悲しみに包まれた、その朝はやってきた。
こうして毎日毎日、朝は決まってやってくるのだろうけれど、
こんな朝は決して二度とはやって来ない。
あのときの私は、ひどい鬱だった。佐藤さんのことも重なり、
まさに"もうこれ以上底に沈むことはない"というところまで、 陰にのみ込まれていた。
自分の鬱さ加減にはかなり滅入り、
精神的に追い込まれていた。
正直、家を出るぎりぎりの時間まで、参列するか迷っていた。
長い参列者の数に、やっぱり残されたものは確実にあるんだなと思った。
あんなに寒い弥生の雨なんて、生まれて初めてだった。かなり待たさせたけど
時間は麻痺していたから、どのくらい待たされていたのかも覚えていない。
コートはびっしょりに濡れていたし、靴も冷たく足の指先から寒さを感じていた。
会場の入り口で右側にいた関係者の人から白い花を頂いた。
会場の右側に佐藤伸治様の関係者だと思われる人々が座っており
右奥には、モニターの中に佐藤伸治氏の姿が映されていた。
正面に佐藤伸治がいた。 大きな写真を見たら、涙がこぼれた。
泣きにきたわけではない。
「お別れを言うのか?いや、違うよ。そんなんじゃない。
きっと佐藤くんは生きているんだよ・・・」
人の流れを待って、写真の前に歩み寄った。
花 、マイセンのスーパーライトがあった。
気持ちはゆれた。
私が献花するときには「夜の想い」が演奏されてた。
フィッシュマンズに関わってきた人達はほんと強いな。
こうしてファンを大事にしてくれて
何しにいったのか全くわからない。
演奏を聴きにいったわけでもない。食事も喉を通るし、生活していけなくなったわけではない。
目の前に突き付けられた事実に打ちのめされるためにきた?
ほら、動いているじゃない
モニターの中の彼を見つめる
人の流れに揉まれ、出口に向かっていた。隅によって演奏を聴くことも出来た。
けど、この歩みはとめたくなかった。振り返らない、この場所には留まってはいけない。
そう、自分に言い聞かせていた。
生きてゆくために。
ホントに勝手な自分の考え。
フィッシュマンズの音楽をこうして自分の拠り所のしてる。
いっぱい、いっぱい大切なものを与えてくれた。
佐藤くんにはないものが、これからの私にはあるんだな。未来の幸せは、きっと私を包んでくれる。
だけど、どれもこれも意図的に作られた心地良さだった。
その中にひそんでる怖さ、寂しさ、悲しみ、そういった心の揺れなんてものは、
頭に浮かんでくるかもしれないけれど、決してこの手で感じているわけではなかった。
なんだか恐い。 このまま聴いていくことすべてが。
共感できる・居心地がいい、
聴くこともなんら悪く無いとは思うし、どう感じようともそれも個人の自由だと思う。
やはり 、フィッシュマンズの音楽だけを、心の拠り所にするのは寂しいことかもしれない。
けれど、なによりも心の拠り所としてしまったのは、誰あろう自分自身だった。
今、自分は足下の不安定な場所で「どうしたらいいのか?」と、立ちすくんでいる。
もう怯え疲れた。
これから先、「フィッシュマンズの音楽を二度と聴かない」という可能性を選択することも出
来る。しかし、その勇気すら選べずに自分は生きていくのだろう。
縋りつけるものなら何にでも縋りつきたい。直視すべき現実を瞼で被い尽くすのでもいい。
思い出のなかにだけ生きていければ、いまはそれもいい。
(補:題名につかった春時雨。
どうして春雨ではなく
春時雨を選んだかというと、時雨の方がより寒さを象徴するからです。
あのときの雨は、あまりに
冷たかった。春を思い浮かぶことはない。
深い意味を持たせるつもりはなかったのだけど、
時雨は古語において涙の比喩として使われていました)
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