見えなくても存在しているもの

年も明けたので、今回は新年の抱負も絡めつつ書いていきたいと思います。

「いつもゼロを目指している」と言った人がいました。

私にはわけがわからなかった。

ゼロって何もないじゃないか。それに生きている限りゼロなんてあり得ないと思う。

生まれるところからやり直せないように、全てをなくすことなんてできないじゃないかと思った。

上記の言葉を言った人の真意は分からないけれど、何でゼロなのかなぁ?

よくよく考えると、どうしてゼロなんて数字を作ったのだろう。

何もないはずなのに確かに存在している。

タロットカードにも0はあります。

No、0は愚者。崖から落ちそうな若者の絵。

1歩下は崖なのに若者はそれに気づかない。更に進もうとする若者の足元には犬がいて、引き止めている。

これから何が起こるか分からない、それでも進む大胆さ、そして愚かさを表しています。

0って数字は何か不思議だよね。でも私は0になりたいとは思わないなぁ。

それと同時に10を最高とするならば、10にもなりたくない。

確かにこれ以上ないくらい幸せかもしれない。

でもこれ以上はないのだ。後はただ落ちるだけ。

そんなの嫌だから。

10の後は0が待っているのだろうか。

私はそれが怖いのだろうか。

ここまで書いて、これは去年の私そのままだと思った。

10までいった。そしてその瞬間0になった。

0の先にももちろん道は続いてたんだろうけど、空っぽになった私は何もできなかった。

何かを手に入れるってことは、それを失うってことだ。

手に入れるまでの情熱を。

追いかける楽しさを。

私はいつも全力を出していない、と言われます。

全てを出せば何でも叶えられるのに、と。

もちろんわざとやっているんじゃない。

自分では全力のつもりだ。

でも人にはそう見えるってことは、そうなんだろうなぁ。

多分私はずっと追いかけていたいのだと思う。

それは不幸なのかもしれないけれど。

今年は10の先を恐れずにいきたいと思います。

待っているのは0かもしれないし、∞かもしれない。

今年の格言は「やらないで後悔するなら、やって後悔しろ」