「知ってる?桜は散りながら思い出を捨ててるんだよ」

あなたにふいに言われた。

「本当に?花にも思い出があるの?」

とりあえず聞いてみる。

なのに、あなたは曖昧な言葉でごまかした。

「桜は特別だからね・・・」


いつもそう。

自分から言い出すくせに、はっきりとした答えは言わない。

そして私は聞きだすことができない。

煮え切らないと彼を責めることすらできない。

どうして、こうなんだろう。


ワンルームのマンションのドアを開けた。

ハイヒールを脱ぎ捨て、電気もつけないで冷蔵庫に向かう。

缶ビールを出して、一口飲んだ。

ぼんやりと暗い部屋を見る。

ビールを飲むと、どうしようもない無力感に襲われる。

それでも飲むのはなぜだろう。

ナンデ?ナンデ?

答えの出ない問いかけ。

答えが出ないってことは、出したくないのかも。

そしてまた抜けられないらせんに、捕まるのだ。

「ヒドイ顔」

鏡に向かって言ってみる。

実際にはそんなひどい顔ではない。

でも、ついヒドイと口に出したくなるような顔だった。

黒目がブラックホールみたいに見えた。

いつか自分も飲み込まれてしまうのだろうか?


「あんた、まだあの男とつきあってたのー?」

勤め先のトイレで化粧をなおしていると、カナが声をかけてきた。

「・・・うん」

私の答えに、カナは心底呆れたような顔をする。

「優柔不断な男は駄目って言ったじゃない」

私がどんな男と付き合ったって、駄目だって言うくせに。

彼女は一つでも気に入らないところがあると、即座に別れる。

よく言えば潔く、悪く言えば堪え性がなかった。

私とは正反対。

私は恋人と別れられない。

正確には別れ話が切り出せないのだ。

気持ちが冷めても、ずるずると続けてしまう。

そして決まってフラれるのだった。

自分が悪者になりたくない私は、ズルいのだろう。

「お前に愛されてる気がしない」

お決まりのセリフ。

そして私は心の中で言うの。

だって、もう愛してないもの


「ちょっと聞いてるの?」

「あ・・・ごめん。考え事してて」

「とにかく!ろくでもない男とつきあってると、不幸になるわよ」

「・・・・分かってる」

「ほんとに?でね、聞いてよ。今度の彼、すごい金持ちでさぁ・・・・」

カナが男の話を聞いてくる時は、自分の男の話をしたい時。

要するに自慢したいのだ。

私のどうしようもない彼氏と、自分の素敵な彼氏を比べたいのだ。

それでも私は彼女が好きだ。

自分と違いすぎるから。

過去を捨てられたら、どんなに楽だろう。

彼女のように。

桜の話を思い出したが、カナは桜というより椿だと思う。

椿がすっぱり命を投げ出すように、過去を捨てる。

私にはできなくて羨ましい。


家でとりとめもなく考えた。

桜はどうして過去を捨てるのかな?

また来年、美しく咲くため?

後悔なんてしないのかな。

テレビをつけたら、占いをやっていた。

「過去に縛られているのは、あなたが眠らないからです。思い出は夢と同じ。眠って起きれば、忘れてしまうのです」

鳥肌がたった。

思い出は、夢?

じゃあ私はずっと起きてたの?

そんな馬鹿な。

これがずっと探してた答え?

こんな深夜にやってるような占いが?

「・・・あはははっ!」

おかしくて笑ってしまった。

そして、やっと目を閉じた。


多分あなたとの最後のデート。

「この前の桜の話覚えてる?」

「え?そんな話したっけ?」

やっぱりね。

「ねぇ。忘れたい過去程思い出してしまうのは、何でだと思う?」

「・・・・お前はどう思うんだ?」

ホラ逃げた。

考えてすらいないんでしょう?

「そうよね。あなたに答えが出せるわけがない」

「何言ってるんだ?」

「それがまだ思い出になってないからよ。さよなら」

「お、おい!」

あの人の慌てた声が、背中に聞こえる。

でも私は無視して歩いていく。

今までの恋愛は、私にとって全て今、だったのだ。

過去にできないから、消せなかったのだ。

思い出は思い出す人がいなければ消えてしまう。

だから私は思い出すのをやめる。

こんなに簡単なことだったんだ。

もう夜更かしする必要はない。


桜は、未練があるからひとひらひとひら散るのだろう。

私は、生まれ変われないから少しずつ忘れるのだろう。


はらはらはら

過去を捨てるサクラ

あなたを捨てるアタシ