何度でも恋に落ちよう。

繋いだ手が離れても。

必ずまた掴んでみせるよ。


気づかない自分が愚かだったのだ。

十分予想はできたはずなのに。

浮かれて会いにきて。

涙が出そうだった。

「どこの童かな?道に迷ったのかい?」

「・・・・違います。ごめんなさい・・・」

「何故謝るんだい?さぁ顔をあげて。屋敷まで送って行ってあげるから」

「大丈夫です。帰る所なんて・・・ないし」

「・・・ほう。家出かな?それなら私の屋敷にくるかい?」

「・・・・え?」

「大方いじめられでもして逃げ出してきたのだろう?私付きの童として置いてあげよう」

「で、でも・・・」

彼はいきなり何を言い出すのだろう?

みも知らぬ人間を、家に連れて帰るなんて。

「行くところなどないのだろう?」

「・・・・ありがとうございます」

藤姫の所へ行こうとは思わなかった。

これ以上傷つくのはごめんだ。

それに、彼の傍にいられるのなら。

胸がチクっと痛んだが、我慢できないほどではなかった。

このくらい、どうってことない。


「お帰りなさいませ、ご主人様。あら、そちらのお子は?」

「今日から私の身の回りのことをやってもらう童だ」

友雅が言うと、女房は露骨に眉をひそめた。

「お世話をする女房なら、いくらでもおりますのに・・・」

「この子を気に入ったんだ。さぁもう中へ入れておくれ」

女たちの視線が、突き刺さる。

何なの?あの子は。

どうしてご主人様はあのような子供を・・・

そんな声が聞こえてきそうだった。

「名前をまだ聞いていなかったね」

「あかねです・・・」

「ではあかね。君には私の身の回りのことをやってもらう。といっても退屈な時に私の相手をしてくれていればいいよ」

「え?でもそれじゃあ・・・」

「使用人は何人もいるからね。気にすることはない。部屋は離れを使うといい。後でつれて行ってあげる」

「あの、ともま・・・いえ、ご主人様。何故さっき会ったばかりの私に、こんなに親切にしてくださるのですか?」

ほんの一瞬、友雅の表情が揺れた気がしたが、きっと自分が見せた幻想だろう。

そんな希望に縋りつくほど私はおめでたくない。

もう存分に突き落とされたのだから。

「さあね。・・・きまぐれかな」

「きまぐれ・・・・」

この人はきまぐれで生きている。

きまぐれで女とつきあい、きまぐれで捨てる。

それでもいい。

いつか捨てられる日がくるとしても、今は一緒にいられる。

たとえ、どんなに短い時間であろうとも。


「あかね。こっちへおいで。菓子をあげよう。甘いものは好きだろう?」

友雅が微笑みながら手招きしている。

こんな風に、友雅は仕事以外の時は、殆どあかねと過ごした。

甘い日々。

どこか夢のようだった。

八葉と神子として一緒に戦っていた時より、遥かに多くの時間を友雅と過ごしている。

主人と使用人という関係を除いては。

案外自分が神子だった時も、八葉たちはそう思っていたのかもしれない。

仲間ではなく。

頼久などがいい例だった。

「何か考えごとかい?」

「ひゃっ・・・」

いきなり耳元でささやかれ、あかねは飛び上がった。

そのまま友雅はあかねを抱き寄せる。

「ご、ご主人様・・・・」

「・・・昔のことでも思い出していたの?」

この男はするどい。

あかねの表情だけで、全てを見抜いてしまう。

「・・・・・」

「あぁ思い出したくなかったかな?すまない」

「いえっ・・・あの・・・」

何と答えようか迷っていると、ふいに友雅が立ち上がった。

「出かけようか。連れていきたい場所があるのだ」

「連れていきたい場所・・・?」

戸惑うあかねに、友雅は微笑む。

「来てくれるね?」

この男は意地悪だ。

断れないことなど、知っているのに。

私は貴方に夢中。


屋敷から暫く歩いて着いた場所は。

あかねの想像を越えていた。

思わず胸に手をあてる。

「ここは・・・」

「随心院だよ。私はこの場所が気に入ってるんだ」

知ってます、と喉まで出かけて、慌てて引っ込めた。

何故彼は、ここへ連れてきたのだろう?

庭の見事な梅を見ながら、二人でゆっくりと歩く。

ずっと無言でいるあかねに、友雅が声をかけた。

「何故そんなにつらそうな顔をする?」

やはり隠せない。

あかねは思い切って、口を開いた。

「ここは・・・思い出の場所なんです」

「ほう・・・どんな?」

「・・・大好きな人と、一緒に来たんです・・・」

前にも友雅とここへ来た。

友雅は百夜通いの少将の話をしてくれた。

「・・・・・」

「私も・・・少将みたいに、通いつめれば良かったっ・・」

いつのまにか泣いていた。

ここは思い出が多すぎる。

友雅は目を伏せると、あかねの手を引いた。

「・・・今日はもう帰ろう」


その日を境に、友雅はあまりあかねと会わなくなった。

殆ど家をあけているし、帰ってきても早々に部屋に篭ってしまう。

きまぐれの期間は終わってしまったのだろうか。

何もすることのないあかねは、女房達に混じって食器の手入れをしていた。

女房達は気ままに噂話を楽しんでいる。

どこそこの公達がかっこいいとか、誰々がふられたとか。

そして噂はこの家の主人にまでおよんだ。

「ご主人様、山の奥に庵を建ててらっしゃるみたいよ」

「私も噂を聞いたわ。結婚を決めた姫君がいるとか・・・」

あかねは思わず拭いていた椀を落とした。

結・・・婚?

一斉に視線が注がれる。

「あ、あの・・ごめんなさい・・・」

女房の一人が、意地悪く微笑んだ。

「あら、いいのよ?ご主人様が結婚なさったら、貴方は傍に置いてもらえないものね」

周りから、ホホという嘲笑が沸き起こる。

あかねは唇をかみ締め、その場から立ち去った。


それから、どこをどう走ったのか覚えていない。

気がつくと、日の暮れかけた宇治橋に立ち止まっていた。

自嘲する。

縁切りの橋なんて、今の自分に丁度いい。

縁なんて最初から切れていたのかもしれないけど。

でも、もういいの。

悪あがきは十分にしたよね?

彼が誰か他の人を選ぶところなんて、見たくない。

もう私がここにいる意味もない。

・・・・生きている意味さえ。

あかねは誘われるように、橋の欄干から身を乗り出した。

もう少し体重をかければ、落ちるという時。

「あかね!!やめなさい!!」

大好きな声がする。

ああ。 

どうして貴方はこんなに優しいの?

どうして貴方はこんなに残酷なの?

消えることすら許してくれないのですか?

崩れ落ちるように座り込んだあかねを、友雅が抱きとめる。

「何故・・・こんなことを・・・!」

常に冷静な彼が、珍しく感情的になっていた。

「私が・・・存在する理由がなくなったからです」

「あかね・・・」

「どうしてご主人様は私を助けるのですか?」

もうあかねの声に感情はこもっていなかった。

「助けたかったからだ」

「私は死にたいのです」

そう呟いた時、強い力で肩をつかまれた。

「私を置いて死なせなどしない!」

「ご主人様・・・・?」

「私は愚かだね・・・ここまで追い詰めるつもりはなかった」

「・・・・」

「罪は十分償ってもらったよ」

「・・・え?」

友雅は、あかねから手を離し、優しく微笑んだ。

「今までのことは全て演技だよ。神子殿」

「・・・!今・・・神子って・・・それじゃ・・!?」

「忘れられるわけがないだろう?愛しい姫君」

「ほ・・・んと・・うに・・・?」

涙がとめどなく溢れた。

彼は私のことを覚えていた?

「君は未練など何もないように、私たちを切り捨てた。まるで一時の夢であったかのようにね」

「・・・・」

「それなのに君は戻ってきた。我侭な君に、少し意地悪をしたんだよ。でもやりすぎたようだね」

そこで友雅は、自嘲的な笑みを浮かべた。

「それとももう、友雅さんとは呼んでくれないかな?」

「友雅さん・・・・」

龍神は私に聞いたのだ。

記憶を消すか、それとも死ぬほどつらくても、忘れないでいるか。

「立場を超えてもう一度、君と恋に落ちるのも、悪くはないと思ったのだよ」

「友雅さん!」

後は言葉にならなかった。

友雅に抱きつく。

涙でぐしゃぐしゃで何も見えない。

「でもっ急に会ってくれなくなって・・・」

「それは準備に忙しかったからだ。君の気持ちは確かめたしね」

「え?」

「二人で恋人同士のように暮らしながらも、私は不安だったのだ。君は私に雇われているから何も言わないだけなのではないか?と」

「違います!私は友雅さんが好きだからっ・・・忘れられなかったから雇われることを選んだんです」

友雅はいっそう強くあかねを抱きしめる。

「随心院で分かったよ。君は今でも私を想ってくれていると・・・」

幸せな気持ちに包まれていたあかねは、ふいに思い出した。

「でも・・・結婚相手の人は・・・?」

あかねが恐る恐る問うと、友雅は苦笑した。

「結婚するのは嘘じゃないよ。相手は・・・君だけどね」

「えっ・・・」

「それともこの期におよんでまだ嫌だと言うのかな?」

「そんなことっ・・・すごく嬉しいです・・・」

いつのまにか二人の頭上には、月が輝いていた。



それからすぐに。

友雅は屋敷から消えた。

噂では、どこぞの姫君と、ひっそり暮らしているのだという・・・・



後編の藤裏葉をお届けしました。
彩様、こんなんでよろしかったでしょうか?(汗)
最後はお約束のパターンで決めてみました。
個人的にはあかねちゃんを泣かすよりも、友雅さんに泣いてもらいたい派です(笑)
いいネタをありがとうございました!