京の夜は早い。
電気がないせいかもしれないが、すぐ辺りが暗くなってしまう。
それに比例して、みんなが寝静まるのも早かった。
現代から来たあかねには早すぎる時間帯だったが、朝も早いので眠らないわけにもいかない。
「さーて、そろそろ寝よっかな?」
上げていた蔀を下ろし、布団に入ろうとした時。
「神子殿。いいかい?」
外から囁くような声が聞こえた。
忍んできた、というような風情だが、あかねは気にしていない様子だ。
起き上がって蔀を上げると、そこには予想した通りの顔。
「友雅さん・・・また忍び込んで来て!」
しかしセリフに反して、あかねの顔は嬉しそうだ。
「君に逢いたくてね」
友雅も余裕の笑顔。
といっても、友雅はいつもこんな顔だが。
「もう!藤姫に怒られますよ?」
「君が言わなければ、分かるまいよ」
「それはそうかもしれませんけど・・・」
「あかね、墨染に行かないかい?」
「墨染?」
「夜桜が美しいんだ。来てくれるね?」
「私が断ったら、どうするんですか?」
「さらっていくよ」
「えぇ!?」
「ふふっ嘘だよ。君は行きたくないの?」
「・・・行きたいです」
「では問題ないだろう?」
「たまには困らせようと思ったのに・・・・」
友雅に言いくるめられてしまったので、あかねは頬を膨らませた。
「仕様がない子だね。そんな所も可愛らしいが。さぁそろそろ出ようか。馬でいいかい?」
「友雅さん、乗れるんですか?」
「これでも武官だからね。出かける程度には問題ないよ」
「何でもできるんですね」
「お褒めにあずかって光栄だよ。それでは行こうか」
「わぁ・・・・」
あかねが感嘆の声を漏らす。
辺り一面の桜。
しかし普通とは少し違った。
月光に照らされて薄ぼんやりと浮かび上がるのは、白い花びら。
「お気に召したかな?」
「はい!でもこれ、桜ですか?白い桜なんて初めて見ました」
「この桜はね、悲しみで白く染まったんだよ」
「悲しみで・・・?」
「深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染めに咲け・・・」
「・・・・誰かの歌ですか?」
「そう。悲しむ気持ちがあるならば、墨染め色に咲いてくれと詠ったんだよ。実際は白だけれどね」
「不思議な話ですね・・・」
「どうして黒じゃなくて、白になったんだと思う?」
「えっ?うーん・・・・」
いきなり質問されて、あかねは慌てて考え込んだ。
「難しく考えなくていいよ。答えなど分からないのだから」
「えーと、黒だと夜に見えないから・・・?」
「ぶっ、はははは!まいったね・・・・」
よほどおかしかったのか、友雅は体を震わせて笑っている。
「もう!そんなに笑わなくてもいいじゃないですか。あ!分かりました!」
「もっと私を笑わせてくれるのかい?」
「ち・が・い・ま・す!きっとね、涙で色が流れちゃったんですよ」
「・・・流れた?」
難解な言葉に、思わず聞き返す。
「自分の色を流してしまうくらい、悲しかったんじゃないかな?」
「・・・・どうして君はそんな答えを出せるのだろうね」
「やっぱりおかしいですか・・・?」
「そんなことはない。私には・・・考えもつかなかったよ」
言いながら木々を見上げる。
「墨染の桜は優しかったんですね」
「そうだね・・・この桜の悲しみがはれる時はくるのだろうか」
あかねが悪戯っぽく笑った。
「きっと、恋をすれば桜色に染まりますよ」
「ほう?どうしてだい?」
「恋をして赤くなって、そうすれば白と混ざって桜色になるじゃないですか」
「ははっそれでは私も桜に願おうかな?」
「えっ?」
少し考えてから、友雅は口を開いた。
「かみつよに 墨染そまりしかざし草 あこよごころで いろふしかえれ・・・」
「・・・色を戻してくれ?」
曖昧に微笑んで、あかねの問いには答えなかった。
伝わらない言葉で言う私は、ずるいのかな?
君と一緒にいると、少年に戻ってしまうようだよ。
去り際に、沢山の墨染桜が薄紅に染まって見えたのは、自分の心が見せた幻だろうか
それとも桜が哀れに思ってくれたのだろうか
13400を踏んだ笹原さんのリクで、お花見でした。
微妙な花見ですいません(笑)
友雅さんの和歌の意味は「昔墨染に咲いたように、私の恋心で色を取り戻してくれ」です。
これは自作。
墨染めに咲けという方は実際にある歌です。
キリバンありがとうございました。