ガツンっと嫌な音がした。
「やばっ・・・またぶつけちゃった・・・」
ケースを腕に抱えて、慌てて左右を見回すと、ばっちりリリと目があった。
「コラ!お前は乱暴なのだ!もと大切に扱わないとダメだのだ。楽器はデリケートなんだぞ?」
「う。分かってるよ・・ごめん」
「ほんの少しの衝撃でも、音に狂いが出るのだ。まったく・・・楽器は恋人だと思うくらいで丁度いいのだ」
「はい?恋人?」
「恋人ならお前もぶつけたりしないだろう?」
「そりゃそうだけど・・・第一人じゃないじゃん」
私が言い訳をすると、リリの目はつり上がった。
「お前はー!!音楽科の人間を見てみるのだ。みんな楽器第一に動いているだろう?」
「楽器第一・・・ねぇ」
そういえば、いつもバタバタしてる和樹先輩も、トランペットだけは大事に大事に抱えてる。
ぶつけた所なんて見たことない。
先輩も恋人だと思ってるのかな・・・?
「むー」
「どうしたのだ?」
「リリの馬鹿!」
「な、何なのだ?どうして我輩が罵られなくてはいけないのだ!?」
オロオロしているリリを置き去りにして、私はふらふらと歩き出した。
そりゃさ、楽器は大切にしなくちゃいけないのは分かってる。
でも、貰い物だからかもしれないけど、イマイチ愛着に欠けるとゆーか・・・。
大事と言えば大事なんだけど。
音楽科の人達は、どうしてあんなに愛情を注げるのかなぁ。
私はヴァイオリンをケースから取り出して、恨めしげに見やった。
「なーにしてんの?」
楽器の上に影が落ちてきて、見上げたら和樹先輩が笑ってた。
「わっ!先輩かぁ。びっくりした・・・」
「ごめんね。何か考え事してたの?」
「先輩は・・・トランペット大事ですか?」
「急にどうしたの?そりゃ大事だよ。俺たちは楽器がないと始まらないでしょ?自分の音楽を奏でてくれる、大事な相棒だよ」
「相棒かー」
「道具だって割り切ってる奴もいるけどね。そーいえば、俺昔、楽器は女性だと思いなさいって言われたよ」
「だ、誰にですか?」
「習ってた先生に。恋人だと思いなさいって。中学生のガキにそんなこと言われてもねぇ」
そう言って先輩は笑ったけど、私は笑えなかった。
「・・・今は?」
「え?」
「今は恋人だと思ってますか?」
ちょっと期待してた。
そんなことないよ、だって彼女は君だけだものって言ってくれるのを。
でも。
「うん。そだね」
あっけらかんと即答するから、私は目の前が真っ暗になった。
「・・・・・」
「どうしたの?」
楽器に嫉妬するなんて馬鹿みたいだ。
頭では分かってたけど、もう口から言葉が出てた。
「私も先輩のトランペットになりたい!」
「えっ!?な、何で!?」
余程驚いたのか、大切なはずの楽器を落としそうになってた。
「だって、すっごい愛おしそうに話すんだもん・・・。それに恋人だって断言するし」
そう言うと、先輩は笑い出した。
「俺だって、君のヴァイオリンになりたいって思ったことあるよ」
「嘘ばっかり」
「本当だって。そしたらいつも一緒にいれるでしょ?」
「・・・私、ぶつけてばっかりですよ?」
「それは痛そうだなー」
「・・・・だって、私の恋人は和樹先輩だもん・・」
消え入りそうな声で呟くと。
先輩は、途端に赤くなった。
「改めて言われると照れるな・・・。でもね、俺も楽器は困るよ!」
「どうして?」
「だってこうやって喋れないし」
そこで一旦言葉を切ると、触れるか触れないかの軽いキスをした。
「君にキスできないもんね」
さらりと凄いことを言って、先輩は微笑んだ。
この人にはかなわないな、と思いながら、私も抱きつく。
「私も今のままでいいです!」
ヴァイオリンが怒ったようにカタンという音を立てたけど。
ごめんね。
私の恋人は一人だけなの!
うわー。馬鹿な話ですねぇ(笑)
トランペットになりたいってアホか!みたいな。
でも、「楽器は恋人」は私の持論です。
楽器弾きの人なら分かると思いますが、惜しみない愛を注いでるわけですよ。
話し掛けたりとか平気でするし(笑)
でも借り物とかだと、途端に扱いが雑になるんだよね。
学校の楽器ガンガンぶつけてヘコましてたもん(笑)