平安時代、一人の美しい女がいた。
名は魑魅(すだま)。
彼女を一目見た男達は、取り憑かれたように夢中になるのだった。
他の女は嫉妬した。
そしてこんな噂がたつようになった。
あの娘は鬼に魅入られているのだ、と。


京のはずれにある大きな屋敷に、魑魅は一人で住んでいた。
女房はおろか、童さえいない。
貴族の姫にはあり得ないことだ。
彼女がどこの家の出身かさえ、誰も知らなかった。
魑魅自身も知らない。
なぜなら彼女は、幼い時に両親を亡くしたから。
泣いている魑魅を、どこから来たのか一人の男が引き取って育てたのだ。
その日のことは、幼すぎて覚えていない。


夕暮れの縁側で、話し声が聞こえる。
「みなは私のことを鬼姫と呼んでいます。・・・やはり分かるのでしょうか」
「・・・お前は鬼ではない」
「でも人にはない力がある・・・」
彼女の前に立っているのは、面をつけた男。
彼の名は白蓮。魑魅を引き取った本人だ。
姿は人と変わらないが、人ではない。
彼は闇と共に生きる鬼・・・。
「私と同じように生活させようと思ったのが、間違いだったのだな」
「いいえ。父上が私の命を救ってくださったんだもの。これは当然のことなのです」
「お前のおかげで人間の精気が取りやすくなった。しかし、その為に力を与えたのではない」
「・・・・・」
「鬼として育てた方が、お前は生き易いと思った。しかしお前は優しすぎたのだ」
「そうでしょうか・・・」
「お前は人間を喰うことはできぬだろう?」
「・・・はい」
魑魅の悲しそうな顔を見て、白蓮は決めた。
「娘よ。何を望む?」
「私は・・・静かにひっそりと暮らしたいのです。美貌など疎ましいものでしかありません」
「分かった。すぐには叶えてやれぬが、真に愛する男が現れた時、お前の力はなくなるだろう」
「本当ですか!?」
「ああ・・・好きに生きるがよい」
「しかし父上は・・?」
心配そうに問う魑魅の頭を、白蓮は撫でた。
「私はこれまで一人だったのだ。また元に戻るだけのこと・・」
そこまで言うと、白蓮の姿は闇に溶けた。
愛しい娘よ。
己の手で忌まわしい運命を断ち切るがよい・・・


魑魅は男が十回以上通って来ないと、話もしない。
彼女の美貌を聞きつけた男達がひっきりなしにやってくるからだった。
興味本位の者は会う価値もない。
どんな高価な贈り物を持ってきたとしても、こう言って受け取らないのだった。
「私は欲しいのは品物ではありません。誠実なお心です」


十回通って来たとしても、そこで終わるわけではない。
ここからが本当の試験と言ってもいい。
魑魅は、いつも無理難題を願う。
今まではうっとおしいからやっていたのだが、今度は真剣に自分のことを考えてくれる男を探すためだ。
失敗すれば白蓮に喰われる。
そうやってこの父娘は暮らしてきた。
今日も一人の男が屋敷にやってくる・・・
「私の願いを聞いて下さい。さすれば貴方様と結婚しましょう」
「君は言い寄ってくる男、全てに条件を出しているそうだね。そして誰も成功していない・・・」
「・・・・おやめになりますか?」
「いや、何でも叶えてあげるよ、美しいかぐや姫。何を望むんだい?龍の髭かい?」
中納言は笑っている。余程自信があるのだろう。
魑魅の表情は変わらない。
「北山の祠に、枯れない花が咲いています。それが欲しいのです」
「そんな簡単なことでいいのかい?すぐ手に入れてくるよ。楽しみにしておいで」
「・・・お待ちしています」
中納言は機嫌よく帰って行った。
もっと無理難題を言われるかと思っていたからだ。
魑魅は自分に気があるのだ・・・と勝手に解釈した。
「すぐに行くぞ」
中納言は供の者を引き連れ、祠に向かった。


「中納言様。花などどこにも咲いておりませぬ」
舎人が困った声で言う。
「分かっておる。今の季節に花など咲いているものか」
中納言は平然として答えた。
「では、どうして魑魅姫とお約束したのですか?」
「なぁに、ここへ来たという事実があればいいのだよ。必死に探して一輪だけ見つけました、と言って造花を渡せばよい」
「しかし造花では姫は分かってしまうのでは・・・・」
「大丈夫さ。本物そっくりに造花を作る職人を知っておる。北山に咲く花は・・・竜胆か。もうここには用はない。行くぞ」
「はっ」
山から下りようとした時。
ざぁ、と風もないのに木々がざわめいた。
「憐れな男よ・・・・魑魅の好意を無駄にしおって」
「何者!?」
必死に見回すが、誰の姿もない。
「ここだ・・・・」
声のした方を見上げると、岩の上に男が立っていた。
白蓮だ。
「貴様、何者だ!」
「お前達が鬼と呼ぶもの・・・・」
「鬼だと!?」
「お前のような男には、魑魅はやれない」
「なぜ姫のことを知っておる?!」
「私の娘だからだ」
「何と・・・・」
中納言は言葉を失った。
「中納言様。魑魅姫は鬼に縁があると噂されております・・・・」
「我を騙したな!この化け物共め・・・!」
中納言が、懐から刀を出した。
「哀しい男よ。望み通り啖ろうてやるわ」
白蓮が宙に舞う。


「魑魅・・・・」
庭を眺めていた魑魅に、声をかけるもの。
無残な姿になった男をかかえる、面で顔を隠した人間。
「枯れない花なんてないわ」
正直に見つからないと言って欲しかったのだ。
そして、花は枯れても私の心は変わらないと。

「貴方も駄目だったのね・・・・」
感情のない声で、魑魅は呟いた。


私は鬼姫
闇としか生きられないの