貴方は美しい

故に哀しい



あかねは眠れなくて、そっと屋敷を抜け出した。

この時間なら頼久は休んでいるから、バレないだろう。

京の闇は濃い。

飲み込まれてしまいそうだ。

ぼんやりとした月明かりしか、先を照らすものはない。

知らず知らずに、神泉苑へ来てしまった。

自分の世界へ繋がる、唯一の糸だからだろうか。


月を映す水面を眺めていると、声が聞こえた。

「・・・このような所で何をしている?八葉も連れずに」

「アクラム・・」

何をしに?

元の世界に戻るため?

違う。

会えるような気がした。

だからここへ来たのだ。

しかし、口から出たのは違う言葉だった。

「アクラムは、つらくないの?」

「何がだ」

彼の綺麗な金色の髪が、風に揺れる。

太陽の色をしながら、月のように冷たい髪。

「ずっと戦い続けて。憎むのは分かるよ。でも復讐したって、後には何も残らない・・・」

「綺麗事を言うな!」

アクラムの叫びに、あかねはビクっと震えた後、悲しそうに目を伏せた。

「そうだね。綺麗事だね・・・」

「お前に一族の痛みが分かるか?京の人間どもがしたことを!」

「・・・分からないよ」

「お前は許せるのか?殺したいほど憎んだ相手を」

「・・・・」

黙り込んだあかねに、アクラムは静かに問い掛けた。

「何故お前は迷う?」

「人の数だけ・・・正義があるから。誰にだって譲れない正義を持ってる」

「私のしていることも正義だというのか?」

「・・・時々分からなくなるの。鬼を倒すことが、京を守ることなのかって」

アクラムは微かに笑った。

「神子が正義を疑ってどうする?疑わないからこそ、お前は強いのだ」

「疑わないから強い・・・?」

「そうだ。お前が迷えば、八葉も迷う」

「みんなが・・・」

アクラムが誘うように手を伸ばす。

「私の元へ来るか?」

それは甘い囁きだった。

抗い難い誘惑だった。

あかねは一瞬躊躇うような表情を見せ、それでも意志は崩さなかった。

「一緒に行きたいよ。でもそうしたら貴方が歩むのは死への道だもの」

「死、か」

「だから行かない。行けないよ。私は貴方を止めてみせる。貴方が好きだから」

その声は、静かに、しかし力強く。

「・・・・!」

「私の想いは許されない?でも許されなくたって、私は諦めない」

「・・私は鬼。お前は神子だ」

「それは肩書きでしょう?二人ともただの人間だよ」

「そう思うのは・・・お前だけだ」

「だってこんなのおかしいよ!私は貴方が好きなだけなのに!」

「そのような迷いなど、すぐに消える。愛ほど壊れやすいものもあるまい」

「愛ほど信じられるものもないよ」

「・・・・くだらぬな」

しかし、その言葉は震えていた。

「・・・・。どうしてアクラムは仮面をつけているの?」

彼は、その仮面に、素顔と一緒に何を閉じ込めたのだろう。

アクラムは、ふっと笑うと、顔を伏せた。

「何故だろうな・・・。私も・・・鬼だということを忘れたいのかもしれぬ」

「アクラム・・・」

アクラムは、ほんの一時の迷いを振り切るかのように、あかねを冷たく見据えた。

「さぁ帰れ、神子。八葉に気づかれるぞ」

「でも・・!」

「夢の時間は終わりだ。次に会う時は敵同士。それがお前の選んだ道なのだから」

「・・・・そうだね。でも私、諦めないから」

きっぱりとそう言うと、あかねは背中を向けて歩き出した。

「それでいい、神子。私を憎め。私への怒りが、お前の力を呼び覚ます」

アクラムは、聞こえるか聞こえないかの声で、ぽつりと呟いた。

「何故・・・私は鬼なのだろうな・・・」

もし、ただの人として出会っていれば?

くだらぬ妄執だ。

そのような日は、こないのだから。