二人はまるで時計の針のよう
すれ違うことはあっても
決して重なりはしない
「今日はこれでおしまい。お大事に」
患者を送り出して、部屋で大きく伸びをした。
午前中の診察はこれで終わりだ。
待ちに待った休憩だというのに、心は晴れない。
そろそろ答えを出さなきゃいけないのに、私はずるずると先延ばしにしている。
確かに恋をしたいと思った。
思ったけど!
何故恋というものは、こんなにも苦しく切ないものなのだろう。
これから話すのは、少し前の話だ。
「派手に怪我してるね〜」
ぽんぽんと傷口を消毒すると、少年は涙声で叫んだ。
「痛いってばコレ!ねーちゃん、ヤブなんじゃないかコレ!?」
「こ、こら木ノ葉丸!先生に何てこと言うんだ」
担任の先生だろうか。
高い位置でまとめた黒髪に、顔の真ん中を走る傷。
おろおろしながらたしなめる声は、柔らかかった。
「気にしてませんから。そんだけ元気あるんなら、もっと痛くしようかな?」
私がにやっと笑うと、木ノ葉丸と呼ばれた彼は、あからさまに身をこわばらせた。
「え、遠慮するってばコレ・・・」
「なーんてね。冗談。はい、これでおしまい。あんま喧嘩すんじゃないよー」
包帯を巻き終えると同時に、木ノ葉丸はすごい勢いで立ち上がると、あっという間に診察室から駆け出して行った。
「ねーちゃん、ありがとなー!」
「オイ!待て!」
先生の制止の声も虚しく、子供の姿はもう消えていた。
元気なことだ。
「軽い切り傷ですから、すぐに治りますよ」
「あ、はい・・・ありがとうございます」
律儀な人なのだろう。
きちんと頭まで下げた。
「教師も大変ですねー。忍者だと怪我も多いし」
「そうなんですよ。特にアイツはやんちゃで・・・。あ、あの」
「はい?」
「新しく入ったお医者様ですか?いつもの先生と違うから・・・」
「いーえ。担当の人が風邪で休みなので、ピンチヒッターです。私の専門は、精神科」
「だから見かけたことがなかったんですね。私には縁のない所だ・・・」
「縁がないほうがいいですよ。特に、先生みたいに優しそうな人はね」
私がそう言うと、なぜか彼は顔を真っ赤にした。
「あ、あの!」
「はい?」
「お名前を聞いてもいいですか?あ、私はイルカと言います」
「私はです」
名前を教えると、イルカ先生は微笑んだ。
とても嬉しそうに。
私は我を忘れて、その笑顔に見惚れてしまった。
人の顔に見惚れるなんて、初めてだった。
一体どれくらい見詰めていたのだろう。
ほんの数秒だったのかもしれないけど、私にはとても長く感じられた。
「あ、あの、私の顔に何かついてますか?」
「へ?い、いえ、ごめんなさい!じろじろ見ちゃって・・・えっと、木ノ葉丸君の薬、出しておきますね!」
私はごまかすように、別れの言葉を口にしてしまった。
本当は、もう少し一緒にいたかったのに。
イルカ先生も一瞬寂しそうな表情を浮かべたように見えたのは、私の心が見せた錯覚だろうか?
「今日はありがとうございました」
去っていく彼に背を向けて、私はカルテに目を落とした。
もう会うことはないんだろうな。
ちょっとタイプだったんだけどなーと思いながら。
