肌をあわせる度
唇を重ねる度
心は離れていった
電気もつけないで、真っ暗な部屋に座り込みながら、さっきのことを回想してた。
あの女誰?
聞きたかった。
問いただしたかった。
でもアタシは何もできずに、帰ってきた。
先生は、アタシの顔も見たくなかったんだろうか?
だから女が出てきたの?
それとも出てこられない理由があった?
実は家にいなくて、女の自作自演だった、とか。
そこまで考えて笑ってしまう。
最悪な結末は分かってるのに、認めたくないから希望に縋ってる。
「立ち直れるかなぁ?」
気づいたら、泣いていた。
混濁した眠りの淵から目覚めると、俺の隣で誰かが煙草を吸っていた。
・・・?
「あら、起きた?」
跳ね起きようとしたが、体は動かない。
そうだ、薬を飲まされたのだった。
露になった肌を隠そうともせずに、ベッドに座ってユキが煙をくゆらせている。
自分がどんな恰好をしているのか、見なくても分かった。
「・・・気は済んだのか?」
「やっぱ意識がないと駄目ね。面白くないわ。気持ちよくもないし」
「もういいだろう?帰ってくれ」
俺がそう吐き捨てると、ユキは耳障りな声で笑った。
「帰る?バカね。これから始まるのよ」
「何だと?」
「私の要求を呑まないのなら、あの写真バラまくわよ?」
「なっ・・・!」
「貴方は別にいいかもしれないけど、あの子は大変でしょうね。優秀らしいじゃない。悪意のある噂はあっという間に広がるわよ。たとえそれが真実じゃなくてもね」
の未来を潰す、と言っているのだ。
冗談ではなく、本当に。
そしてそれは容易に想像できた。
「・・・お前がそこまで汚い女だとは思わなかったよ」
「あら、私は欲しいものを手に入れるためなら、何だってするわよ?」
ユキが俺の上に覆い被さって、囁いた。
「手始めに、彼女と別れてくれる?」
カカシの忍犬に呼び出された時、本当は行きたくなかった。
事実を突きつけられるのが嫌だったから。
でも逃げれるはずもなく、は従った。
遅刻もせずに道に佇むカカシを見た時、は悟った。
ああ、私は捨てられるのだ、と。
「・・・別れてくれ」
「・・・・・・・」
は焦点のあわない目でカカシを見つめ、そしてゆっくりと頷いた。
ポケットを探り、鍵を差し出す。
「・・・お前の好きにしてくれ」
カカシが搾り出すようにそう言うと、の手のひらから炎が燃え上がり、鍵を包んだ。
しかし一瞬で消える。
手の中に残った鍵をポケットに戻して、は姿を消した。
燃やしてしまおうと思った。
しかし、唯一残ったカカシとの繋がりを、消すことなどできなかった。
恐れていたことが、現実になってしまった。
幸せになるほど怖かった。
壊れる日が来るのが。
自分は子供で、相手は大人。
きっと彼は、自分に飽きたのだろう。
チームも解消だ。
幸せなど、一瞬の夢に過ぎなかったのだ。
「・・・・さぞいい気分だろうな」
離れたところで今のやり取りを見ていたユキに、言い捨てる。
「案外諦めが早い子なのね。でも、あんなの見たら諦めたくもなるかもね」
「何の話だ?」
「あの子が貴方を訪ねてきた時、私が出たのよ。シャツ一枚でね」
俺は思わず近くの壁を殴りつけた。
血がにじむ。
こんなのどうってことない。
はもっと傷ついたのだから。
「別れるのが少し早まっただけじゃないの。さ、行きましょう?」
ユキが腕を絡ませてくる。
俺にはそれを振りほどくだけの気力も、残っていなかった。
一体どのくらいの時が過ぎたのだろう。
薬漬けにされ、ただ快楽のみを貪る。
周りには体調不良だと言って、任務もしていなかった。
と過ごした日々も、幻のように思えてくる。
遠く、甘い夢。
ユキが耳元で囁く。
「昔の貴方に戻ってよ。愛なんて甘ったるいこと言わなかった頃のカカシに」
そうだ。
あの頃に戻ってしまえばいい。
俺には結局人なんて愛せないのだから。
ユキが俺の頬に舌を這わせる。
「貴方の目、嫌いだわ。決して消えない罪の色。洗い流せない血の色よ」
されるがままになっていた俺は、ユキを押し倒した。
これが本当の俺なのだ。
愛なんていらない。
草むらの影で、望遠鏡を覗いている人物がいた。
「いいのォ〜ここはベストスポットだな」
そんなスケベなセリフを吐いているのは、自来也だ。
ここは少し低地になっていて、階段を登る女の子のスカートの中が見えるのだ。
「お!いい足のギャル発見・・・。・・・?」
いい足をしたギャルは、ふと足を止めると、何故かこちらに向かってきていた。
まさか完璧な覗きがバレた?
「自来也じゃん。また取材?」
呆れた声で問い掛けてきたのはだった。
「なんだ、お主か。それなら見つかっても仕方ないのォ」
「毎日よく飽きないね」
「イチャパラの取材だからの!」
笑いながらそう言ったが、は顔を背けた。
「今、その本の話聞きたくない」
「どうしたんだ?」
「思い出すから」
カカシを?と自来也は思ったが、口には出さなかった。
噂は聞いている。
カカシはここ一週間の間で、腑抜けになってしまったと。
どうやら女が絡んでいるらしい。
自来也はカカシとがつきあっている事を知っている数少ない人物だった。
というのも、は自来也と仲が良かったからだ。
親子、というには歳が離れていたが、丁度そんな感じだった。
がカカシを腑抜けにしたとは思えないし、彼女の様子を見ると、何かあったのかもしれない。
「・・・少し顔色が悪くないか?」
「そう?最近あんま食べてないからかな・・・?」
「食欲がないのか?いかんぞ。ラーメンでも奢ってやる」
「ラーメン・・・?」
ラーメンという言葉に顔をしかめたかと思うと、は口元を押さえた。
「大丈夫か?」
「う、ん・・・ちょっと気持ち悪・・・だけ」
「!?」
ふらりとよろめいたかと思うと、は地面に倒れこんだ。
病院で点滴を打たれながら、は力なく笑った。
「ごめんね・・いきなり倒れて」
「まったくだ。今時栄養失調とはのォ・・・」
「・・・食べさせてくれる人がいなくなったからね。先生と別れたんだ」
「あんなにイチャイチャしておったのに?」
自来也の言い方に、は苦笑して答えた。
「そーでもないよ。周りには秘密だったしね。愛人みたいなもん」
「別に隠すことはあるまい」
「タチバってもんがあるでしょ?でももう関係ないや。アタシ、ふられちゃったんだもん」
「ふられた?お前がか?」
「つきあうのも即決なら、別れるのも即決ってトコ」
皮肉のつもりで言ったのだが、自来也は違うことを考えていたようだった。
「カカシが女を振った話は聞いたことがない」
「は?」
「いつも振るのは女の方。カカシのことが理解できなくて、の」
「私が初めて振られた女だとしても、これっぽっちも嬉しくないよ」
「カカシは最近家から出ないらしい」
「それが何?新しい女と仲良くやってんでしょうよ」
「おかしいと思わんか?」
「何が」
は幾分イライラした声で聞く。
「いつもとは違うカカシの行動。急な別れ話」
「・・・・冷めるのなんてね、5秒もあれば十分なんだよ」
「まだ好きなんだろ?」
「・・・だからって何ができるの?これ以上みっともないことしたくない」
「負け犬になってもか?」
「・・・・・」
「みっともないのと負け犬になるのとは違うぞ?他の女にやられっぱなしでいいのか?」
「じゃあ何よ?アタシに泣きながら捨てないで〜って縋りつけって言うの?そんなのまっぴら!」
「そうか?縋り付いて取り戻せるのなら、とっくにそうしておるのではないのか?」
「っ・・・・」
「恋愛なんてものはな、みっともないもんなんじゃ。かっこつけてるうちは、まだまだだのォ」
言いながら自来也は豪快に笑う。
「・・・ホントムカつくね。自来也って」
言葉は刺々しかったが、は何かが吹っ切れた顔をしていた。
「今は休め。それが一番の近道だ」
自来也はを寝かしつけると、おもむろに立ち上がった。
「一仕事しに行くかのォ」
カカシの家のチャイムをしつこく鳴らしていると、不機嫌そうな女が出てきた。
これは一癖ありそうだ、と自来也は思う。
「何なの?じーさん。こっちは取り込み中なのよ」
「わしが用があるのはお主ではない。カカシを出せ」
「寝てるわ」
「ならば叩き起こせ」
「・・・何なの?アンタ」
「応じないのなら強行突破するぞ」
「・・・分かったわよ」
自来也が本気なのを見て取ったのか、ユキは諦めて家の奥へ消えていった。
暫くしてカカシが出てくる。
自来也を見て、驚いたようだった。
「どうして・・・ここに?」
自来也はカカシを一瞥すると、おもむろに印を結び、トンとカカシの胸をついた。
「・・・?」
それは軽い力だったが、急に吐き気が込み上げてきて、カカシは地面に吐いた。
ふんと自来也が鼻を鳴らす。
「応急処置だ。バカめが」
「一体・・・・?」
「あの女からプンプン臭ってくる薬の効果を考えれば簡単だ。お前はすでに中毒になりかかっておる。きちんと解毒剤を飲め」
確かにぐずぐずに蕩けていた脳みそが、幾分活動を始めたようだった。
視界もはっきりしてくる。
「が倒れたぞ」
淡々としたその言葉で、現実に戻されたようだった。
「・・・!」
険しい表情をしているカカシをよそに、自来也はニヤっと笑う。
「悪阻かと思って焦ったが、全然違っとった」
「つ、悪阻って・・・」
「冗談だ。栄養失調だよ。しかし最大の原因は心労。平たく言えばお前のせいだ」
「どこに・・いるんですか・・?」
「病院じゃ。全部ケリをつけたら行ってやれ」
「でも・・・」
カカシは唇を噛み締める。
「女に何を言われたかは知らんがの。お前一人で何もかも決めるな。の気持ちはどうなる?他人の考えなんてな、本人にしか分からんのだ」
「の気持ち・・・・」
「道は一つではない。思い出せ。考えろ。一番大切なものは何かを」
カカシは小さく、しかししっかりと頷くと、自来也に頭を下げた。
もう大丈夫だろう。
「まったく、世話の焼ける奴らじゃのォ」
「あのじーさん帰った?何だったのよ?」
ユキはそこまで言って気がついた。
カカシが正気に戻っているのを。
まさか薬を抜かれた・・・・?
「お遊びはもう終わりだ。随分つきあっちまったがな」
「何・・・言ってるの?私から逃げられなんてしないわよ」
「お前には言ってなかったか?俺は、元暗部だぜ?」
ぞっとするような笑みを浮かべ、カカシは囁く。
ユキにも分かった。
今、この瞬間にお前を殺すこともできる、と言っているのだと。
「そ、そんなこと言っていいの?こっちにはネガだって・・・」
「お前を殺して奪えばすむだろう?」
「そんなことしたらパパが黙ってないわよ!私がここにいるのは知ってるんだから!」
「それならパパも殺すだけだ」
鳥肌が立った。
この男は本気だ。
自分はパンドラの箱を開けてしまった。
希望すら残っていない死の箱を。
「今のところは見逃してやるよ。血だらけであいつに会いたくないしな」
そこで一旦言葉を切る。
「写真をバラまきたきゃ勝手にやればいい。あいつを傷つける奴は消すだけだ」
ユキはガタガタと震えながら、カカシの家を飛び出していった。
優しく、そして酷く懐かしく自分の髪を撫でる手に、は夢から覚めた。
「先生・・・?」
ベッドの横にはカカシが座っていた。
嬉しそうな、それでいて泣きそうな表情だった。
「すごく・・・嫌な夢を見てたの。でも先生の顔見たら、忘れちゃった・・・」
「ごめんな・・・」
それしか言えなかった。
全部夢だと言ってしまうには、彼女を傷つけすぎた。
でも彼女は俺を許そうとしている。
「額あては・・?」
「ああ・・・忘れてきた」
がカカシの左目に触れる。
「アタシね、先生の左目好きだよ。朝焼けの色みたいだから。一日が始まる色」
カカシはゆっくりと微笑んだ。
「そう言われたのは初めてだよ」
「なんか先生の顔見たら、お腹すいてきちゃったー」
がねだるような表情をし、カカシは肩をすくめる。
「俺が人に飯作るのは、後にも先にもお前だけだぜ?」
そう言ってカカシは、持ってきた弁当箱を掲げてみせた。
余計な言葉はいらない。
この世に二人だけいれば、それでいい。
汐恵海サマへの、お礼小説。
浮気するカカシ先生、というリクでしたが、何だかよくわからない展開に(苦笑)
浮気しそうになかったので、肉体的な浮気に逃げさせていただきました。
自来也いいとこ持っていきすぎ?自来也のセリフとカカシ先生の最後のセリフはこだわりました。
気に入っていただければ幸いです。
