紅はうっかり断るのを忘れたらしい。
お姉さまと呼ばれる羽目になったようだ。
「・・・だっけ。私に幻術でも習いたいのかしら?」
「いいえ。私、お姉さまにお願いがあって」
「何?」
「暫くの間、お姉さまと一緒に行動させてもらえませんか?」
「え?でも貴方はカカシの部下でしょう?」
「一日のうちの少しの時間でいいんです。お姉さまがお暇な時で」
「別にいいけど・・・一緒に行動って何するの?」
「どんな過ごし方をしているのか見せてもらうだけです。男の先生についていると、分からないこともありますので」
そう言っては頭を下げた。
紅は要領を得ない顔をしながらも、引き受けた。
わざわざ自分に頼みにくるのだから、特別な事情でもあるのだろう。
その日の夜。
「お前いつもやること突拍子なさすぎ」
「先生がそう思ってるだけで、私はちゃんと考えてるんだよ!」
「本当か?大体お姉さまって何だよ」
「じゃ、ガイ先生をお兄さまって呼んだ方が良かった?」
カカシはそれを想像して、ウッと顔をしかめる。
「・・・そんなことになったらガイを殺す」
「じゃあ文句言わないでよ。教えてもらいたいことあるんだもん」
言いくるめられたが、カカシはそれでも食い下がった。
「どうして紅なんだ?俺じゃ駄目なのか?」
「だって先生、男じゃん」
「は?」
「女にはねー女の事情があるんだよ」
カカシは思考を巡らせる。
「・・・服の相談とか?」
「違うよ!紅お姉さまこそ、くノ一だって思ったわけ」
はうっとりと続けた。
「濡れたような艶やかな黒髪、挑発するような目、誘うような赤い唇・・・」
「お前、エロ本でも読んだのか・・・?」
ジロっと睨まれた。
「読んでんのは先生でしょ!」
要領を得ないまま、の行動は謎につつまれた。
次の日の夕方、並んで歩きながらが質問する。
「お姉さまは、諜報任務の時、どんなことをしますか?」
「どんなって・・口で言うのは難しいわね」
「得意ですか?」
「まぁね。割とよくやるわ。は苦手なの?」
「苦手っていうか・・・」
は言いよどむ。
その様子を見て、紅は何かを思いついたようだ。
「実際に見せた方が早いわね。私がやってみせるから、貴方もやってみなさい。アドバイスしてあげるから」
「やるって、今からですか?」
「ただのお遊びよ。適当に中忍くらいの男を連れてきて、相手のとっておきの術を聞き出すの」
「・・・分かりました」
実際に見せてもらえば、自分の何がいけないのか分かるはずだ。
相手の術を聞き出す・・・簡単そうに聞こえるが、実はとても難しい。
忍者と言うものは、自分の秘術を人に知られてはならない。
知られてしまったら、効果も半減するからだ。
得意な術くらいなら公言するが、とっておきの技は誰にも教えないのだ。
それを紅はやってみせると言う。
連れてきた中忍の男と、何気なく距離を詰めた紅を見て、は舌を巻いた。
普段から色っぽいが、さっきとは段違いの色気を放っている。
「聞きたいことがあるんだけど」
「な、何でしょう・・・?」
紅に見つめられただけで、男は舞い上がっていた。
「貴方の奥の手は・・・?」
腰に手を回す。
「い、言えません・・・」
男は必死に理性を保つ。
「いいじゃないの・・・。教えなさい?」
紅が息を吹きかける。
もう駄目だった。
「水龍弾の術です!!」
叫ぶように男が言うと、紅はすっと離れた。
強烈な色気も消える。
「今のは聞かなかったことにするわ。ご協力有難う」
男は泣きそうになりながら、紅の元から去った。
見ていただけのでさえ、紅の色気にぼーっとなっていた。
「だらしない奴ね。幻術使うまでもなかったわ」
「すごいです・・・・。私も答えそうになりましたもん」
惚けたように言うに、ピシャリと紅が釘を刺した。
「あんたがかかってどうするのよ?さ、次はの番」
は、カカシからの伝言がある、といってそこら辺にいた男を連れ出した。
「カカシ上忍何て言ってた?」
憧れのカカシが自分に何の用かと、男はわくわくしている。
は小さく「ごめんなさい」と呟き、額あてをとんっと押した。
そのまま素早く印を結ぶ。
男は項垂れ、後は簡単だった。
聞き出すまで10秒もかかっていないだろう。
がパンと手を叩くと、男は急に我に返った。
「あれ・・・?俺、こんなとこで何してんだろう?」
しきりに首を捻りながら、男は立ち去っていく。
紅が思わず感嘆の息を漏らした。
「・・・驚いた。そんな術があるのね」
「自分で作ったんです」
「最初に相手の気穴を突くの?」
「あれには意味はありません。相手の意識を一点に集中させたほうが、術がかかりやすいからです」
「あんなの使えるなら、諜報なんて御茶の子さいさいじゃない」
は苦笑するしかなかった。
人生色々で待機中。
紅と二人になるのを待ち構えたように、カカシが聞いてきた。
「あいつ迷惑かけてない?」
「のこと?最初はびっくりしたけど、中々面白いわよ」
「面白い?」
「私の知らない術とか色々知ってるし。才能あるわね。カカシが教えたの?」
「いーや。会った時から強かったよ」
「ふーん。男っぽい戦略を立てるから、あんたの影響かと思ったわ」
「男っぽい・・・ね」
は、(多分)女らしさを求めて紅の元に行ったのに、何という皮肉だろう。
俺以外の奴に頼るからだ。
「カカシ。何不貞腐れてるのよ?」
「べっつにー」
「あの子のこと取られたと思ってるの?バカね」
バカ呼ばわりされたカカシはムっとする。
「そんなこと思ってねーよ」
「そう?なら私のチームに入れようかしら?」
「だ・め・だ!」
思わずそう言ってから、カカシはしまったと思う。
紅が、ふふっと笑った。
「やっぱり思ってるんじゃない」
カカシは冷や汗を流しながら思った。
さすがくノ一。
男を手玉に取るのが上手い。
あいつが、こんな技術を身につけてきませんように。
紅に教えを請うようになってから、数日がたった。
が思いつめた顔で、紅に問い掛ける。
「私のこと、どう思いますか?」
「え!?わ、悪いけどそっちの趣味はないのよ・・?」
紅がしどろもどろに答えた。
はきょとんとする。
「何の話ですか?」
「だって、どう思うかって・・・」
「私はくノ一としてどうですか?」
「そーゆーことね・・・どう思うって聞かれてもねぇ」
「・・・・この前、諜報任務の時に言われたんです。私はくノ一としては駄目だと」
「誰に?」
「コンビを組んだ人に」
紅は少し考えてから、口を開いた。
「私にあって貴方にないものは何だと思う?」
「えっ?」
逆に質問されたは、一生懸命考える。
「色気・・・でしょうか?」
「それ以外は?」
「・・・私とお姉さまは違いすぎて、よく分かりません」
「それでいいのよ」
「え?」
「人とは違って当たり前。同じだったら気持ち悪いでしょ?それは術にも言えるわ」
そこで一旦言葉を切る。
「忍ってのはね、自分だけの技を持ってなきゃいけないの。それが強さなの。それを手に入れたものだけが、生き残れるのよ」
「でも・・・はっきり言われたんですよ?」
「に皮肉を言ったくノ一は、きっと自分の諜報技術に絶対的な自信を持っていたのでしょう。誇りにすら思っていたかもしれないわ。それをがあっさり覆したから、意地悪したくなったのよ」
「そうでしょうか・・・?」
「色仕掛けって低俗な響きに聞こえるけど、本当にそれを技術として使える者は、一握りしかいないわ。どんな相手でも惑わせる・・・そんな人間はね」
「一握り・・か」
「別にこうしなきゃいけないって決まりはないんだから、自分のやり方でやればいいのよ。私だって幻術使ってるし。薬使う人間もいるしね」
紅は優しく微笑んだ。
「第一、恋人以外に色々したくないでしょ?」
「は、はい・・・」
が色仕掛けをしないのは、色気がない以前にこれが理由なのだ。
忍としてなってないと怒られるかと思ったが、それは杞憂に終わった。
「どんな人?」
「優しくて、強くて、かっこいいです」
「それって惚気てんの?」
「へへ・・ちょっとだけ」
「彼氏ってカカシ?」
「えっ!?」
「図星ね」
紅は余裕の笑みを見せて、の鼻をつつく。
「私と貴方が仲良くしてるから、カカシ不貞腐れてるわよ」
「そうなんですか・・?」
全然気づかなかった。
「存外、カカシも嫉妬深いのね。びっくりだわ」
「私の前じゃそんな素振り見せないですよ?」
「かっこつけてんのよ。カカシをこんなにさせるってことは、すごい素質があるのかもよ?」
「そ、それはないと思いますけど・・・」
「ま、色気が出てきたらカカシが諜報なんて許さないかもね」
大丈夫、誰にも言わないわ、と言ってから、ふいに紅は自嘲した。
「色気があるって貴方は言うけど・・・好きな相手に効果ないんじゃ、意味ないわよ」
「それって彼氏ですか?」
「ううん。片思い」
は驚く。
こんなに妖艶な美女に片思いさせる男は誰なのか?
「お姉さまの魅力に気づかないなんて男じゃないですよ!」
「そうね。どうしようもない馬鹿よ。女として見てくれないし、料理差し入れすれば、まずいとか言うし。酷い時なんて目の前でヌード写真集とか見るのよ?」
紅の口からは、とめどなく男に対する罵詈雑言が飛び出してゆく。
よくここまで悪口が言えるものだと感心するくらいだ。
「ほ、本当に好きなんデスカ・・・?」
「好きよ」
紅はあっさりと言った。
「じゃあそう言えばいいじゃないですか」
「・・・言えないわよ」
はふと思いつく。
「その人、まずいって言いながらも料理食べてくれるんでしょう?」
「・・・そうね。文句言いながら、残しはしないわ」
「それってお姉さまのこと好きだからですよ」
「まずいって言うのに?」
「普通まずかったら残しますよ」
が笑いながら言うと、紅は赤くなった。
「・・・期待していいのかしら?」
「二人共意地っ張りなんですねぇ」
紅がの額を小突く。
「生意気」
しかし、小さく「ありがとう」と言ったのだった。
夕方、カカシは家のソファでくつろいでいた。
この時間、は紅の元にいるはずだった。
しかし。
「先生?」
ひょこっとが扉から顔を出す。
いつもは鳴らすはずのチャイムも鳴らさなかった。
「・・・どうしたんだ?お姉さまの所には行かないのか?」
知らず知らずに皮肉を言ってしまう。
「もういいの。用事は終わったから。やっぱ、先生が一番」
言いながら、傍に寄ってくる。
カカシは気づいた。
いつもと何かが違うことに。
それは本当に微細な雰囲気のようなもので、何が違うのかまでは分からない。
「どうしたんだ・・・?」
「別に・・・?」
がカカシの膝の上に乗り、頬に手を沿わせる。
じっとカカシの目を覗き込んでいたかと思うと、顔を近づけて、己の唇で口布を下げた。
「・・・?」
声が掠れる。
今までこんなことしたことなかったのに。
鼓動が早くなる。
額あてをずらして、の唇が瞼に触れた。
滑らかな指が、鎖骨を撫でる。
「ね・・・先生のヘソクリどこ?」
熱に浮かされたようになっていたカカシは、我に返った。
「ねーよ。んなもん。まさかそんなことの為に・・・」
はあからさまにがっかりした顔をし、あーあと呟いた。
濡れたような雰囲気は、霧散している。
「やっぱ駄目か」
「欲しいものでもあるのか?」
「・・・私そんなに色気ない?」
「はぁ?」
「私が相手じゃ、情報漏らす気にならない?」
よく分からなかったが、紅に諜報技術でも教わってきたのだろうか?
カカシは合点した。
だから男の俺では駄目だったのか。
「バーカ。お前はそのまんまでいいんだよ」
「お姉さまにもそう言われた・・・」
「紅みたいになるのは無理だ」
「絶対に?」
「アイツはこの里で一番色気があるので有名なんだぞ?」
「やっぱ先生もお姉さまの色気にメロメロなのー!?」
カカシのセリフを聞いて、急にが騒ぎ出す。
意味が分からない。
「何言ってるんだよ・・・」
「だって先生も認めてるんでしょー!?」
カカシはため息をついた。
「相手に色気があるかどうかと、好きになるかは違うの」
「・・・色気がなくても、私のことスキ?」
「好きだよ」
当然のように答えられたので、は拍子抜けした。
まぬけな顔をしている恋人に、カカシは軽くキスをする。
「お前が色気出すのは俺の前だけでいーの」
そんなことを言われて、は赤くなった。
そして自分がマズイ体勢をしていることに気づき、慌てて離れようとする。
が。
カカシはいつの間にかをしっかりと抱きとめていた。
「散々煽っといてやめるつもり?そんなのダーメ」
ぞっとするほど艶かしい笑みを浮かべられて、は動けなくなる。
惑わしたのは自分のはずなのに、いつのまにか惑わされている。
先生は、くノ一としてもやっていけそうだ、とぼんやりと思った。
「もっと俺を誘惑してみせて?」
数日後。
「紅お姉さま!」
街を歩いていた紅を見つけて、が駆け寄る。
「吹っ切れた顔してるわね。カカシが一役買ったのかしら?」
「えへへ」
「私もね、進展があったのよ」
「良かったですね!」
「明日デートなの」
そう言って照れる紅は、色っぽさは消えて、寧ろ少女のように可愛らしかった。
こっちが本当の紅なのかもしれない、とは思った。
「お姉さまの好きな人って誰なんですか?」
「見たらびっくりするわよ」
そう言って悪戯っぽく笑う。
そして思い出したように付け加えた。
「お姉さまは、もうおしまい」
「え?」
「私たちは対等な友人だからよ。そうでしょ?」
はぽかんとしていたが、やがて満面の笑みを浮かべた。
「・・・うん!」
後編だけ異様に長いですね(笑)
紅お姉さまに、忍の極意を教えてもらう話(?)
くノ一は時として、女も相手にすることがあるらしいです。
女まで惑わす女。
すごいですね。
ただ、お姉さまと呼ばせたかっただけのために書いたお話でした(笑)
