砂時計がさらさらと零れ落ちてゆく。
手から滑り落ちる幸福のように。
は固く口を閉ざしたままだった。
でも仮に明るかったとしても、俺は聞けなかったと思う。
聞いてはいけないような気がした。
それでも疑問は頭を巡る。
汚れているとはどういう意味か?
そのまま考えたら、手を血で染めたことがある、だが。
あいつのランクで、人を手にかけるような任務はないはずだった。
そこまで考えて、俺は思い出す。
ランク?
あいつのランクは何だ?
俺は・・・それすら知らなかったのか。
「どうしたんですか?カカシ先生」
「あ・・・イルカ先生・・・」
アカデミーの事務室で堂堂巡りをしていた俺に声をかけたのは、中忍のイルカ先生だった。
ここで候補生の先生をしている。
「さてはが何かしでかしましたか?まったくあいつは・・・」
イルカ先生の言葉に反応して、俺の体がピクっと動く。
「彼女を知ってるんですか?」
「ええ、勿論。昔はくらーい子供だったんですよ。想像つかないでしょ?」
「あいつが・・・?」
全く予想外のことを聞いて、俺はますます混乱した。
あのいつも笑ってるが、暗かった?
でもすぐに自嘲する。
俺だってそうだったじゃないか。
「貴方のこと困らせているでしょう?一回、注意しなきゃなぁ」
「あの」
「はい?」
「のランクを知っていますか?」
「え、ご存知ないんですか・・・?」
「プロフィールの紙にも書いてなかったし。実力から言って中忍くらいかと」
イルカは何故か躊躇っていた。
そしてすごく苦しそうに、口を開いた。
まるで、言ってはいけない言葉を口に出すかのように。
「は・・・・暗部です」
聞き違いだと思った。
でも彼の表情を見て、それはただの希望だと気づいた。
俺が信じたくないだけだと。
そうだ。
唐突に思い出す。
俺は見た。
昔、死体に十字を切る忍者を。
それは、小さな子供だった。
あれがだと・・・?
「あ・・・ん・ぶ・・・?」
「はい・・・」
「でも!それじゃ面は?は面をつけてないじゃないか!」
普通、暗部は顔を隠すために面をつけており、人に素顔を見せることは決してない。
「四代目の計らいですよ」
「四代目の・・・?」
「は暗部として生きるには幼すぎた。だから任務以外の時は、普通の生活をしてほしかったようです」
「それならどうして暗部なんかに!」
「本人の希望ですよ。彼女なりに恩返ししようと思ったのでしょう」
「恩返し?」
「は四代目に育てられたんです。どこからか拾ってきたみたいでした。私も驚きましたよ。いきなり俺の娘だーなんて言われても」
その時のことを思い出したのか、イルカは苦笑する。
「じゃあ両親は?」
「さぁ・・・私には分かりません。でも忍としての手ほどきは受けていたようでした。特にクナイの腕前は、恐ろしくなるほどでした。私はの教育を頼まれましたが、殆ど教えることはありませんでした」
だから暗部になったのか。
そこでおかしなことに気づいた。
「教育を頼まれたって、アカデミーはどうしたんです?」
「入学していません。異例のことでした。集団生活に適応できないと思ったのでしょう。なにせ、サスケをもっと酷くしたような感じでしたから」
聞けば聞くほど、深みにはまっていくようだった。
真実は、俺の予想を遥かに越えていた。
「・・・じゃあ、いつ今みたいになったんですか?」
「私も正確な時期は分からないんですが、あの事件があって、しばらくして会った時には明るくなっていました。イルカ先生―!と笑いながら駆け寄ってきた時には別人かと思いましたよ」
あの事件、とは九尾の狐のことだろう。
でも育ててくれた恩師が死んだのに、何故・・・?
「私はね、すごく嬉しかったんです。の笑顔は何よりも美しいと思いました。あ、変な意味じゃないですよ?」
自分の言葉に照れたのか、イルカが頭をかく。
確かに俺も、アイツの笑顔は好きだ。
いつも笑っていて欲しい。
「過去は変えられません。だから、のことよろしくお願いします。俺はもう何もできないから」
イルカは少し寂しそうだった。
「・・・分かりました」
暗い表情のままの俺を気遣ってか、彼は思い出したように付け加えた。
「あんなんですけどね、貴方のことをとても慕ってるようですよ。なにせ、頼み込んで貴方の部下になったんですから」
「色んなとこを転々をしてたんじゃないんですか?ハヤテにクビにされたって言ってたし」
「それは嘘ですよ。転々としてたのは事実ですが、ハヤテさんの時はクビになったわけじゃありません。一生のお願いだから、自分の担当をカカシ先生にして欲しい、と頭を下げたんです」
「初耳です・・・」
「照れくさかったんじゃないですか?」
ニコニコと言うイルカ先生のおかげで、俺は色んなわだかまりが消えていくのを感じた。
過去のことをどうこう言っても仕方がない。
それより、俺を選んでくれた今を信じよう。
「アイツに会いに行きます」
「そうしてください」
「イルカ先生、ありがとう」
イルカは黙って微笑んだ。
過去なんてどうでもいい。
肩書きなんて何でもいい。
あいつへの愛情が変わるわけじゃないんだから。
さぁ早く会いに行こう。
お前の悲しみは、俺が半分背負ってやるよ。
俺は信じていた。
何があっても、俺たちは何も変わらないのだと。