エリアカザンとレッドパージとミラマックスと

「赤狩り」については、もっともっと勉強してから再度書きます。

今回は、タイムリーな話題として、気楽にどうぞ。

 第71回アカデミー賞は、イギリス映画「恋に落ちたシェイクスピア」の勝利で終わった感がある。日本人の久々の受賞も話題になった。

 僕として気になったのは「ミラマックス」の勝利が一つ。このミラマックスとは何ぞや?と言う方もいるでしょう。少しお話すると、トライベッカというニューヨークの開発地区がありまして、ソーホーとかが新進の芸術家の巣窟みたいな時代があったのですが、ちょっと前に、この地区が話題になりました。というのも、あのロバートデニーロが、この地区に自分の映画会社とスタジオを作ったのです。それこそがミラマックスなのです。事実、このミラマックスの社屋の1階は、デニーロ経営のイタリアレストランになっています。

 この会社は、反ハリウッド的ニュアンスが強く、海外の良質な映画をアメリカで上映したりすることを目的にしています。あの「Shall We Dance?」のアメリカでの上映権もミラマックスなら、周防正之監督の、これから作る映画のファーストサイト権も持っているくらい海外の映画に対する理解の深い会社です。この映画会社には結構注目していて、「ピアノレッスン」とかタランティーノの一連の作品。サンダンス映画祭(これは絶対注目すべき映画祭です。今恵比須ではサンダンス映画祭で好評だった映画を特集してます。個人的には「スモークシグナル」が注目!!)なんかで評価された作品の多くが、この配給会社だったりして注目してました。で、この配給会社の作品が軒並み受賞とのこと。恐らくイタリア映画の「ライフイズビューティフル」なんかもミラマックス配給でしょう。

 結局、ハリウッドの頭を使わない映画は、もうそろそろ駄目になるんじゃないか?と少し良い方向に向かいつつある、と感じた次第です。そういえばラズベリー賞はどうだったのでしょうか?(最も、ひどい映画に与えられるアカデミー賞の前日に発表される)アメリカで酷評された「アルマゲドン」が取ったんじゃないか?とふんでいるのですが。

 後、主題歌賞で「ベイブ 都へ行く」の主題歌を歌ったランディニューマン&ピーターゲイブリエルの豪華組み合わせにも感動しました。しかも、ランディニューマンらしい素敵な曲で感動。アカデミー賞の凄い所って、こんな組み合わせが見れる所だと思う。

 さて、本題はアカデミー名誉賞である。「エデンの東」「欲望という名の電車」の監督エリアカザンが、今年の受賞だった。ところが、見ていると、どうにも場内の雰囲気が違う。ぎこちない、不思議な雰囲気でした。普通名誉賞の受賞とくれば、スタンディングオベンションで迎えるのが通例。なのに、立ち上がる人、ムスッとして腕を組んだままの人がいたので「変だな」とは思ったのです。拍手をした人、私が記憶している限りで、キャシーベイツ、ウォーレンベイティ、ムッとしていた人、ニックノルティ、メリルストリープなど。翌朝、衛星でCNNを見ていると、やはり、この話題は大きく扱われていて、作品賞の話題より先に扱われていました。会場の外ではデモもあったそうです。

 これには事情があって。1950年代に猛威をふるった赤狩りが関係してきます。1950年ジョセフマッカーシーによって引き起こされた、この問題がエリアカザンと密接な関係があったのです。これは、1950年2月、ジョセフRマッカーシーがウェストヴァージニア州で演説した際に「国務省に共産主義者がいて、アメリカの外交政策を左右している」と発言した事に始まるのです。実は、これは全くのはったり(実際、マッカーシーは、ただ単にマスコミにちやほやされたかっただけだった、と言われています)だったのですが、これがアメリカの、そして、海外の事情によって大きな波となります。

(マッカーシーは、ロバートマコーミック大佐が発行しているバリバリ保守派の新聞「シカゴトリビューン」が愛読されるウィスコンシン州出身のアイルランド系カトリックでした。)

 元々、二次大戦以来民主党政権が力を持っていまいした。ローズベルト大統領のカリスマ性は大きく影響していて、共和党は出口のないトンネルに入ったかのように、万年野党になっていました。そして、もちろん共産主義の流れにアメリカは神経過敏になっていました。ロシア革命以降、共和党というより、ばりばりの保守派の人々の間では、ヤルタ・ポツダム会談自体が弱腰の政策で、民主党は赤に弱いとまで言う人達がいたのです。(この時ローズベルトは高齢で、しかも、重病だったためソ連に言いようにあしらわれたのだ、と言う人もいます)中国の共産化、共産主義の躍進(朝鮮戦争などもそうですね)はアメリカ人に大きな影を落としていたのです。

 マッカーシーは絶妙の(そして最悪の)タイミングで、この共産主義の話を切りだしたのです。多くの共和党議員が、半ば疑わしく思いながらも、これを勝つために選挙の切り札として使ったのです。マスコミも同様で、ニュースになれば良い、と言う所が多々あったらしく、マッカーシーの発言を疑わしく思いながらも、批判もせず、売るための記事のネタとしてもてはやしました。こう言った連鎖反応で、アメリカ中に共産主義者をあぶりだそうとする流れが連鎖的に起き、そして、現代の魔女狩りともいうべき「赤狩り」旋風がアメリカに巻き起こりました。

 その時、アメリカの一つの象徴でもあるハリウッドでも赤狩りの波が押し寄せたのです。ここらは、デニーロ主演の「真実の瞬間」などでも扱われているので、見てみると面白いかも。 

 エリアカザンは、その赤狩り旋風が吹き荒れている中、密告をして、映画関係者の何名かが追放されているのです。その為、エリアカザンは、映画界でもタブーのようになっていたのです。

 しかしながら、僕の中で引っかかっているのは、授賞式でエリアカザンと共に壇上に上ったのは、「真実の瞬間」にも出演しているマーティンスコセッシとデニーロなのです。これは一体何を表しているのか?彼らが「真実の瞬間」で赤狩り旋風に関して思ったことは、どういう事だったのだろうか?赤狩りに対して反撥を感じるのは民主党の人達だけで、御両人は共和党なのだろうか?ここらは、気になる所です。

 結局、赤狩りとは、アメリカ人が自分の立ち位置を見失ってしまった一時期なのでしょう。ヒステリックに共産主義に敵意を燃やした出来事は、この後も幾つかあるのですが、最もいやらしい形で、その反応が出たのは「赤狩り」だったのです。

 この事件から学ぶべき教訓は多いのだろうと思います。日本人にとっては馴染みが薄い事件ですが、それでも、この事件は、日本人がもっと考えなければならない教訓が詰まっていると、僕は思ってます。