裏切り者の名を受〜け、て。

エイフェックスツインは、全てを裏切る

誰もが知っている狼少年の話。狼が来たと嘘をつき続けた少年の話である。

本当の狼が来たのに、村人達はその話を信じなかった。

この少年が、もしもっと底意地の悪い少年だったら?

仮にエイフェックスツインことリチャード・D・ジェイムスが狼少年だったら…。恐らく被害にどうせ合うのだからと、自らバットを振り回して村を破壊して回る気がする。しかも、あのカトちゃん風のふざけた格好で。

いや、エイフェックスツインは、もっと予想外の答えを提示するにちがいない。己のプライドを賭けて。

エイフェックスツインを初めて聞いたのは、電気グルーヴのオールナイトニッポンで聞いた名曲「ディジリドゥ」である。当時の僕は、比較的テクノには批判的であり、卓球の作るテクノには、ある種テクノポップから脈々と続くポップな感覚があるからこそ聴く価値があると考えていた僕にとって、エイフェックスの、効果音に限りなく近く、頭にこびりついて離れないくらい衝撃的だった。これだけの衝撃を持ったのは、多分アンダーワールドの「レズ」だけだったと思う。共にテクノの歴史を語る上で避ける事の出来ない名曲である。

聞いている内に、映画「地獄の黙示録」で騒音をまき散らすヘリを思い出した。暴力性と狂気とポップな感覚が混在した、正に気狂い天国。監督であったコッポラさえ発狂寸前、自殺一歩手前まで追い込まれたというあの映画。あの作品の凄い所はベトナム戦争を描きながら、その切り口は残虐さや誰が見ても狂気と言う所にあるのではなく、むしろ、ヘリでやって来たプレイメイツのエロさ加減やポップさ、「ワルキューレの騎行」をBGMに空からの爆撃を行うシーンに、観る側が感じ取ってはいけない筈の興奮を感じた瞬間に狂気を感じさせる事だった。恐らく真に戦争の狂気に近付いた、正に忌むべき映画の一つであるからこその名作である。

そう狂気とは、常人が想像しうる物ではないからこそ狂気なのである。気が狂った人と面と向った時、本当に恐怖を感じるのは異常さを感じている時ではなく、むしろ異常と異常の狭間、ふいに襲い掛かる清清しささえ感じる楽天的な空気や違和感バリバリの幸福感に満ちた瞬間なのである。

顔を歪め、口からよだれを垂らし、意味不明の言葉をがなり立てる者も、その人が狂人と把握されれば、その狂気は時と共に次第に薄れて行く。

むしろ狂人と思っていた人間がふいに現れ、「一緒にプリンでも食べないか。おいしいんだ、春先のプリンは」などと言われた方が、よっぽど怖い。いつ思考や行動が破裂するか気が気じゃないからである。

話が大分逸れた気もするが、エイフェックスツインの作品には、その狂気と狂気の狭間の、ただならぬ平穏さに近いものを感じる。ストリングスの美麗な調べの背後に延々と鳴り続けるドラムンベースの落着かないリズム。相反する二つの音が共鳴する瞬間、まごう事なきエイフェックスの世界が始まる。

「なんだこれ?」と不快に思ったと思うと、その瞬間には美しい旋律がスピーカーから流れ始め、曲に対する認識を改める。ところが、その瞬間にはノイズとしか思えない音が、音と音の隙間から徐々に漏れ始め、次第に作品を覆い尽くす。嫌気が差して来ると、またぞろ余りにもポップなサウンドが鳴り始め…。

なかなか歪んだ世界から離れさせてくれないのがエイフェックスの音楽である。

そうは言っても、僕のエイフェックスの音楽に対する認識は、アヴァンギャルドではない。前にも書いたが、むしろP・マッカートニーやE・コステロのような転調マニアのポップ職人と似たものを感じる。

エイフェックスの音楽には、ポップなフレーズや美しい調べが支配する瞬間が多く、そこから突然、神経に障るドラムンベースの洪水、男の絶叫など、たった一曲の中で次から次へと、その姿を豹変させ、聴く者の神経を麻痺させ続ける。これがサビのフレーズかと思った瞬間、その美しいフレーズは、目の前で(いや、耳の前か)口をあんぐり開けて呆然とするしかない程、徹底的に破壊され、ただ音楽の残骸が残るだけなのである。

その光景の先に見えるのはただ一つ。「リチャード・D・ジェイムス・アルバム」のジャケットにあるニヤけた顔つきで、その光景をじっくりと観察するRDJの顔である。

彼は、徹底的に聴く者を裏切り続ける。予定調和をあらゆる手段で避け続け、聴く者の傲慢な思い上がりを叩き潰す。少しでもエイフェックスツインに近付いたかのような錯覚に陥れば、彼の徹底した裏切り行為に足下をすくわれるにちがいない。

しかし、エイフェックスツインというひねくれ者は、アンチ予定調和さえ裏切ろうと試みる。そして、今の所、悉くその試みを成功させ続けている。

「RDJアルバム」のジャケット、「ウィンドーフリッカー」の爆笑の後に不気味さの残る異様なビキニ姿、「ディジリドゥ」の殺伐としたサウンドから「ガール・ボーイソング」の美しいクラシカルな響き、そして、最新作では、金の為と言い切ったリミックス集のリリース。

その最新作「26ミキシーズ・フォー・キャッシュ」の彼が手を染めたアーティストの名前を見てみると、それが如実に分る。ギャビン・ブライアーズやフィリップ・グラスと言った現代音楽の巨匠の作品から、ナイン・インチ・ネイルズを経てバクチクまで。リミックスを断ったのは、マドンナ、ビヨーク、リンプ・ビズキッド等だそうである。

聴く者を裏切る為に全力を尽くし、その裏切りが予定調和になれば、その裏切りさえ裏切る。

裏切りの無限連鎖は、奇しくも人間や世界や自然や歴史と似ているとさえ錯覚しかねない痛快さがある。

そう、エイフェックスらしいと、つくづく思った瞬間がある。

昨年の朝霧ジャム。深夜エイフェックスツインのDJが行われている時だ。疲れと、どうかと思う程の心地良さから、うとうととテントで寝入ってしまった後の事。ふと起きれば、丘の向こうにレーザー光線や光りの柱が飛び交い、男の絶叫とヘリコプターの爆音に似た音が聞こえて来る。

「まずい!」と思った僕は、靴を慌てて履き走り出せば、同じように寝入っていたと思われる人達が岡の向こう、DJ会場に向って全力疾走している。口々に「エイフェックスだ」「まずい!」と叫びながら走る。その光景は、ちょっと笑ってしまうくらいだった。

明るい岡の向こう、絶叫とヘリの音に向って暗闇の中、懐中電灯やライトを手に全力疾走する人々の群れ。

その笑いと狂気の狭間。正にエイフェックスツインのぬかるみにはまり込んだ自分に気付いた瞬間だった。本当に笑ってしまうくらい恐ろしい。