追悼キューブリック 1999.03.09
巨匠スタンリーキューブリックが死んだ。熱狂的なファンとは言えない私ですが、ハッキリ言ってショックでした。非常に新作を楽しみにしていただけに、かなりショックです。
ところで、新聞やニュースを見ると、やはりというか「2001年宇宙の旅」「博士の異常な愛情」「時計仕掛けのオレンジ」がメインになっている。確かに、嫌いではないのだけれど、僕が好きな作品は、ここからすっぽり落ちている「シャイニング」と「フルメタルジャケット」だったりする。似非キューブリックファンと言われても致し方ない。
「2001年宇宙の旅」は、小学校4年の時だと思うが、SFブームというのが「未知との遭遇」「スターウォーズ」と共にやってきて、その中で原点として、10年ぶりとかでリバイバルした時に見た。テアトル東京(もうありません)と新宿武蔵野館の2館だけの上映で、凄い行列が出来ていたのを覚えている。もちろん、内容には大変感銘を受け、未来のコンピューター社会に対する不安感、などと言うことは全くなく、音響と特撮の凄さにはビックリしたのですが、小学4年くらいの頭で分かる筈もなく、全くもって退屈した次第でした。1年くらい前に再挑戦しましたが、いまいち理解できない。はっきり言って、余り好きではないです。
ファーストシーンの、サルが道具を使うことを覚え(ここでかかる「ツァラツストラはかく語りき」は最高に格好良い)、骨を打ち砕き(道具を持ち、すぐにすることが破壊と殺戮であるところがキューブリックらしい)、そして空中にポーンと投げると、クルクルと回りながら宇宙船になる演出(ほんの数秒で人間の進化を描ききっている!!!)は、映画史上に残る名シーンだとは思う。それにハル(HAL)が、当時コンピューターの先端を言っていたIBMの上を行くと言うことで、各スペルのアルファベットで一つ上を書くとHALになる、ってネタは大好きです。(やっぱり似非だなあ)
しかし、浪人時代に観た「フルメタルジャケット」は、本当に震えた。当時ベトナム戦争関連の本を読んでいるところで、元々60年代の文化が好きな僕は、ベトナム戦争映画というだけで無条件で観ていた。その頃「プラトーン」が話題になっていて、観たのだが、これがいただけない。要は、ベトナム戦争を反省しながらも、結局はアメリカは良心を持っていたのだとでも言いたげな「おセンチ映画」に辟易した。要は傷ついたジョンウェインの捏造にアメリカ人は喜んだ。ちゃんとしたアメリカ人は苦しんでいたんだ。ベトナムの現実を見て、悲しんでいたんだ、と言い訳している映画。それが「プラトーン」だった。
しかし、「フルメタルジャケット」は違った。この映画は、ベトナム戦争の狂気を描ききっていた。しかも、ベトナム戦争の狂気はアメリカ国内で完成していた、という「プラトーン」で喜んでいたアメリカ人を不快にするような映画、それこそ「フルメタルジャケット」だ。
事実、アメリカでは軍隊に入隊した若者達に反共産主義(以下 反共)を植え付けるために様々な事をしたと言われる。ホーチミン(ベトナム解放戦線のリーダー)の写真を顔に付けた軍人に殴られ蹴られ、そして、アジられる。その、半分暴行に近い行為などが繰り返されたと言われている。映画「フルメタルジャケット」では厳しい訓練を受けるシーンが延々と続く。この映画でキューブリックが描きたかった事は、恐らくアメリカ国内でベトナム戦争の狂気は作り上げられていたのだ、と言うことにあったと思う。
そして、ベトナム本土でも、その戦争の狂気は続く。誰が敵で、何と戦っているか分からないアメリカ兵にとってベトナム本土は、正に訳の分からない戦場だったのだろう。(ここらの事が詳しく知りたい方はティムオブライエン著「本当の戦争の話をしよう」辺りを読んでみると良いでしょう)ベトナム人が農作物を運ぶ横を、アメリカ兵が武器を持って歩く。凄腕のスナイパーを捕まえてみると、あどけない顔をした少女だった。兵士がミッキーマウスの歌を歌いながら行進をする。など、正にベトナム戦争の狂気を描き切っているのだ。
更に、その映像を、よりリアルに体験するための素晴らしい撮影と音響。正に完璧な映画と言って良いくらいの凄さだった。映画が終わった時、ぐったりと疲れてしまっていたことを覚えている。余りの緊張の余りに、極度に疲労していたのだろう。しばし呆然としてしまった。その後、余りの感動に、シティロードと言う雑誌に感想文を投稿して掲載された、と言う淡い思い出もあります。
キューブリックの完全主義的なエピソードとして、よく覚えているのは、この映画の字幕問題だった。当初、字幕は第一人者というか、この人くらいしか知らないけれど戸田奈津子さんだった。ところが、アメリカ国内の訓練シーンの訳が「甘っちょろい」と言うことで、ボツにされてしまったのだ。慌てて映画会社が用意したのが、名著「ジャングルクルーズにうってつけの日」(ベトナム戦争研究本としては、かなり良い本です)の訳者である生井英孝さんに交代した、と言う件である。たかだか極東の小国の字幕までチェックするんだ、と変な関心をしたのを覚えている。また、キューブリックは上映する映画館に関してもチェックしたと言われている。要は名画座での上映を、ほとんど拒否していた。だからキューブリックの映画は、ほとんどビデオも普及してなかった当時は観ることもままならなかったのです。正に完璧主義者である。ビデオが普及した現在の状況を、キューブリックさんは、どう思っていたのだろう?
さて、その後「シャイニング」を観て、キューブリックの撮影に驚いた。この映画も結構、色々あって、原作者のスティーヴンキングが映画を否定したりして話題になった。事実、キングは、後に「シャイニング」を自ら撮り直している。しかし、この映画でキューブリックの光の使い方に感銘を受けた。この映画の凄いのは、正に照明が証明している。(しまった、寒すぎる。でもマジです、これは)ホテル内のシーンでの光の使い方は、正に神業と言っても良い。窓から差し込む光りで時間経過さえも描ききっている!正に芸術なのだ。この映画は。
話によると、この映画はサウンドステージ(セットのことね)で撮影されたシーンがほとんどだと言う。つまり音響や照明を完全にコントロールしたいが為に、キューブリックは敢えてサウンドステージでの撮影をしたという。これについては、原作者のキングも「キューブリックも(一部省略)やはり光と影の織りなす微妙なニュアンスの扱いに繊細な感覚を見せてくれる監督だったのだ」と言っている。そういう監督だったのだ。
まあ、年齢が年齢だけにしょうがない事でもある。しかし、惜しい人を亡くしたと思う。遺作がトムクルーズとニコールキッドマンの主演と言うのもいただけない。出来が良ければ良いんだけれど。死因が発表されていない、と言うことだったので、本気で映画の不出来を苦にして自殺したんじゃないか?と思ったりしてしまった。ともあれ、新作を早くみたいものだ。
しかしながら、変な同情票でアカデミー賞なんて受賞しないで欲しいと思う。ハリウッドに常に背を向けて活動したんだからキューブリックは。