極私的劇団からみる演劇

 劇団から演劇を語る。と言っても、私が見始めたのは80年代後半からなので、そこらからの話になります。まあ、小劇場ブームというのは確かにあった、熱い時代でしたからねえ。

 今活躍している人の多くが、この時代雨後の竹の子のように出てきた劇団の一員だった。それから、ずっと演劇界をみていると、やはり今は刺激が少ないような気もする。もちろん言い劇団も多いんだけれど。僕が観てきた演劇から辿る演劇史。極私的演劇史です。(恥ずかしい私の、観た当時の感想文付き。タイトルをクリックすると出てきます)

劇団青い鳥
 僕が初めて観た演劇は、この劇団青い鳥の「青い実をたべた」と言う作品です。高校2年の未だ純情だった僕は、この演劇で衝撃を受けました。その時の衝撃は未だ僕の中に残っているようで、結局。未だに演劇を観ているのは、この時の衝撃を、もう一度という事なのでしょう

 80年代後半の小劇場は少年や、子供が溢れていました。それは、少年の純粋な目で、もう一度世界を見直すという目論見が劇団の中にあったのかもしれません。青い鳥は女性だけの劇団で、自分たちがやりたいことを、並べていって、そこから作品を作るという、当時は非常に変わっていると思われた創作方法をとっていました。この劇団は、皆芸達者で、役者の充実が人気の秘訣でした。エチュードをつなげていくというのは今は常識になっていますが、当時は衝撃的だったようです。

劇団第三舞台
 ご存じ、小劇場でもネームバリューの高い劇団。座付き作家兼演出家の鴻上尚史は、ご存じの方も多いはず。この劇団の旗揚げの作品「朝日のような夕日をつれて」は鴻上尚史の処女作であり、又、彼の創作の文字どおり原点と言えるもの。「一人で立ち続ける、と言うこと。世界と対峙していく方法」というのが、おおざっぱに言うと彼のテーマだと言って良い、と思う

 随所随所に散りばめられたギャグと、スピーディな演出。そして、巧みに織りまぜられたシリアスなテーマ。暗くなることなく、結構重いテーマを語るスタイル。このスタイルこそが第三舞台の魅力の中核になるのだと思う。

 この劇団が作り上げたスタイルは、ある意味小劇場の王道的な感じにもなっていて、元を辿るとつかこうへいにたどり着くかもしれないけれど、それでも、その時にはつかこうへいもいなかったし、まあ、鴻上尚史は僕にとっても、極めて大きな影響を受けた人物であることには変わりはない。

 この劇団の役者も非常に魅力的で、筧利夫、池田成志、長野里美、京晋佑、勝村政信など、有能な役者を輩出している。

遊園地再生事業団
 静かな演劇。これは90年代の大きなキーワードだったと思う。太田省吾の再評価等もあったが、これの中核にあったのは、岩末了、平田オリザ、そして、この宮沢章夫だったと思う。80年代にラジカルガジベリビンバシステムを牽引した作家。奇天烈な不条理ギャグを連発し正に当時ラジカルな作品(ギャグ)を世に発表した宮沢章夫が、そのエキスを残しつつ、それでも新たな地平を目指して結成したのが、この劇団である。基本的にはワークショップ等で選ばれた人を中心に作られており、キャストは定型化していない。客演も多く、鈴木慶一や山崎一、温水洋一、等が参加している。いわゆる異化との遭遇と言うのを狙っているのか?比較的出演している人の中では、大人計画の正名僕蔵、佐伯新、戸田昌広あたりは気になる役者さんだ。

自転車キンクリート
作品的には平凡な日常の中に潜む悪意と間抜けさを白日の下にさらけ出す。というのが一番的を得ていると思うのだけれど、一筋縄ではいかない人なので、それだけではない。最近はとみに変化をしていて、非常に感傷的な作品が続いている。バブル後の人間の生活(「ゴーゴーガーリー」)、とか、立ち位置を見失った青年達の持って行き所のないパワー(「あの小説の中であつまろう」)といった切ない話が多い。

 女だけの劇団ということで、青い鳥の後、同列に語られる事が多いが、全くの別物で、何となくだけれど、非常にプロ意識の高い劇団という印象が強い。演出の鈴木裕美、作の飯島早苗という黄金コンビで作られる作品のクオリティは非常に高い。ウェルメイドプレイと言っても良いくらいの質の高さ。特に、等身大の女性像を描かせたら、恐らく日本一で、旗揚げ当初から、自らの現状を投影したような作品が多い。OLのシリアスな日常を描いた「ガールフレンド」。男女間に友情は成立するのか?を描いた「水に絵を描く」等。現在は婚期を逃しそうな女性の屈託のない生活、とかをユーモラスに描いている。

 客演で男優を呼んでいるが、そのレベルも高い。「引っ越しのサカイ」で知名度を上げた徳井優、久松信二、第三舞台の京晋佑など、他劇団でも活躍中の役者も、ここで認められたという感じ。劇団内ではダントツで歌川椎子が巧い。それに続いて後発ながら、魅力を開花している柳岡香里など、芸達者。

つかこうへい
 小劇場演劇の歴史を語る上ではずす事が出来ない大人物の一人。風間杜夫、平田満、三浦洋一朗、加藤健一等を輩出した、実力派演出家。裸舞台に立つ役者を見せる芝居というのは、この人が元祖か?とにかく役者を見せるという演出方法を頑なに守っている。岸田今日子主演の「今日子」で奇跡的復活を果たしてから、早10年くらい経つのだろうか?とにかく、それ以降、コンスタントに作品を世に出し続けている。

 特にセゾン劇場で上演した「飛龍伝」は復活後の最高傑作と言って良いと思う。主演を富田靖子、牧瀬里穂、石田ひかりと変えながら、バックの筧、春田純一という充実したラインナップで見せた記念碑的作品だった。つかの戯曲の魅力は、やはり台詞の強さだろう。ともすれば大袈裟にさえ思える台詞が劇場で、しかも、つかの演出にかかると感動的な劇的な瞬間となる。彼の最も有名な作品「熱海殺人事件」のファーストシーンは、チャイコフスキーの大音量をバックに、スモークをばんばん炊いて「チャイコフスキーは好きですか〜〜!!!」と絶叫するシーンから始まるが、正に、この1シーンにつかこうへいの魅力の全てが入っていると言っても過言ではない。近年は地方劇団に力を入れていて、北区と大分の二つに劇団を作っている。特に大分が上演した「熱海殺人事件〜売春捜査官」は話題になった。

双数姉妹
 ジョイスの小説からとったという劇団名だそうだ。近年出てきた劇団の中でも、実力派の一つだろう。笑いの劇団が多く出る現在(猫ニャー、ジョビジョバ、オッホ)の中にあって正統派演劇をやる貴重な存在。特に、演出の小池竹見が建築の設計をしているせいか、舞台装置は非常に印象的。アルティメット風のオクタゴンを舞台に仕立てたり、むき出しのパイプを組んだ立体的な舞台を作ったり。とにかく異色の劇団には代わりがない。しかしながら、劇中にアカペラを入れてみたり、風変わりな構成で客を引きつけたり、実にサービス精神旺盛な劇団である。

 役者的には、看板女優だった刈部園子がNODAMAPに出演してしまって消滅したが、その後の明星麻由美が存在感をアピール。頭一つ抜き出ているという所か。妙な存在感を醸し出す今林久弥。不思議なドスの効き方をする佐藤拓之あたりが中心になると面白い、と言う傾向がある。

劇団夢の遊眠社
 野田秀樹の名を知らしめた、劇団。今の小劇場の形式を作り、破壊したのは、もしかしたらこの劇団かもしれない。下北で名を馳せ、紀ノ国屋で公演を打ってプロとして認められる。と言う図式も、今や過去のモノだが、小劇場と商業演劇の敷居をとっぱらったのは、やっぱり野田秀樹だったと思う。東宝と提携し、有楽町は日生劇場で公演を打った時、小劇場としての野田秀樹は完全に消えたのかもしれない。もしくは、代々木第一体育館での「石舞台三部作」の一日一挙公演で夢の遊眠社は商業演劇をも凌駕したのかもしれない。

 まあ、野田秀樹にとって小劇場も商業演劇も関係ないだろう。野田秀樹自身、夢の遊眠社の役者の層に不満を感じ始めたのは、この頃からではないか?と思っている。プロデュース公演での層の厚さ。ましてや劇団から看板俳優だった上杉祥三、段田安則の脱退。この頃から夢の遊眠社は失速を始める。その後、野田秀樹は「断腸(だんちょう)の思い」で解散。イギリス留学を経て、NODAMAPを作る。

 しかしながら、夢の遊眠社の絶頂期を私は知らない。かろうじて、その範囲に入る頃に観れたのはラッキーだと思う。小劇場演劇ブームがあって、その中で第三舞台と並んでトップを走っていた野田秀樹は、しかしながら、つかや鴻上のように大きな影響を与えたとは言えない。野田秀樹は、他には真似の出来ない強烈な個性があった。舞台に風を起こす、と言い切った野田の芝居は、野田以外には作ることが出来ない世界なのだと個人的には思う。そういう意味では「生涯異端」であり続けるのではないだろうか?

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