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現代音楽とは何か? アンサンブルモデルンのコンサートに行って思うこと |
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新宿副都心のはずれに、東京オペラシティがある。第二国立劇場などがあり、建設当時「本当に必要なのか?」と散々議論された場所だ。 そのオペラシティが、ここのところ、活発な動きをしている。現代音楽やクラッシックのコンサートをリーズナブルな価格で提供する企画だ。 この夏、様々な催し物が予定されているようだが、その中で、フランクザッパとの共演で、ロックファンにも名の通るアンサンブルモデルンのコンサートがあった。A席で4000円。もの凄く好きな訳ではないが、現代音楽を生で聴く体験はそうそう出来るものでもなし、行ってみる事にした。 アンサンブルモデルンはフランクフルトの現代音楽を中心に演奏をする新進の音楽集団だ。依頼を受けた所から提示された予算で、編成を決め、演奏曲を決める、非常に面白い活動を続ける集団でも有名だ。で、この価格なら少人数だろう、と思ったのだが、予想より多く12.3人はいたと思う。 オペラシティの中は非常に威厳があった。ほぼ全て木でしつらえられた劇場内は、まるでルーヴル美術館のピラミッドの中のような感じだ。天井が底抜けに高く、これで音響は大丈夫なのか?と不安だったが、音は非常にクリアだったように思う。 アンサンブルモデルンの演奏が始まると、僕はイメージしている現代音楽に向き合う事になる。メロディがない。リズムがない。まるで、映画のサントラのような、効果音一歩手前のような感じ。しかも、何処から何処までが同じ曲なのかも分からない。唯一指揮者の振る舞いだけが曲を判断する基準になる。プログラムを見ると、曲の解説があるが、ホントに概念のオンパレード。 音を聴く者に刻み込むことが音楽とするならば〜 ?なのだ。 例えば、音楽理論を知っている事で、この音楽が解釈されるのだろうか?それとも、音の一つ一つから意味をくみ取らなければならないのだろうか?後方に鎮座するパーカッションが叩く紙切れの弾ける音に、それぞれ表現されているモノを感じ取らなければならないのだろうか?様々な思惑が頭を駆けめぐる。 ましてや、解説を読めば、作曲者は僕よりも年下じゃないか。 益々混乱するばかりだ。前半に演奏されたものの殆どに、僕は混乱した。後半、多少面白いな、と思うものはあったが、興奮や感動とは、相当遠い所にいたと言える。 現代音楽と呼ばれるものが、どういうものか?と言われれば困る。例えば、S・ライヒや、フィリップグラスなどは躊躇うことなく現代音楽と言える。だが、現代音楽のコーナーを見てみると、カンや、Slapp Happyのようなプログレ組から、イーノや、ドイツ系のテクノ組、ナイマン、伊福部昭(ゴジラの人ね)などの映画音楽もやる人組などがいる。何をもって現代音楽と言うかもハッキリとしない。これも謎だ。 しかし、今回ライブを見て痛感したのは、誰の為に、どういう目的で作られているのかが、分からないのだ。様々な評価の形があるように思える。しかし、現代音楽とは、そんなに聴かれているのだろうか?理論を極めていくというのならば、それは学問なのだろうか?常々、興味をもって現代音楽に触れている人間からしてみると、その目的がぼんやりしてきたのだ。一体誰が、どんな反応をするのを期待して作っているのか?音楽で表現したいモノが何なのか?が分からない。 ちなみにロビーには、ムーンライダースの鈴木慶一、博文兄弟がいました。 |