カートコバーンが死んだ時、反論もあるだろうけれど、僕は、何か居心地の悪い物を感じた。90年代の初め、リスナーの多くがロック的伝説を求めていた。60年代にあったような、そんな伝説をリスナーはミュージシャンに、ロックシーンに求めていたような気がしてならなかった。そして、それに応えるようにカートコバーンは自殺したような気が、僕はしたのだ。
70,80年代。ロックは伝説を作る事が出来なかった。しかし、80年代をリアルタイムに生きてきた人間として、一言言わせてもらうと、伝説なんて必要なのだろうか?と思うのだ。60年代は奇跡的なくらいにセンセーショナルだった。しかし、それは正に奇跡だったのだ。伝説を意識した途端、伝説は伝説でなくなる。カートコバーンの死は、受け手側が伝説を意識した途端に茶番になったと言えないだろうか?
昔、未だ日本にロックというモノが根付いていなかった時、The Roostersというバンドは受け手側に幻想と深読みを許容する大きな器を持っていた。発狂した伝説のボーカリスト大江、脱退してしまった天才的ドラマー池畑、同じく天才的ベーシスト井上。リスナーは伝説の大盤振舞に狂喜した。そして、「case of insanitty」「cmc」など、受け手に何かを喚起させる歌詞を耳にした、洋楽傾向のリスナーは、日本のロックの未来をThe Roostersに見ていたと思う。
そして、大江も池畑も井上もいなくなった時、皆がThe Roostersの解散を確信した。終わり際と言うのがあるのならば、それは今なのだろうと、皆が感じていた。これでThe Roostersは歴史になる、そう感じていたのは確かだ。ところが最後に残った花田は、敢えてThe Roostersを解散させなかった。花田の意図が図りかねた。しかし、花田は下山淳という力強い右腕と共にThe Roosterzを続ける(始める)ことを決意したのだ。
それからThe Roosterzの苦難の活動が始まる。大江等に感情移入していたファンは、既に花田のThe Roosterzを別物と認識している節があった。狂気、センセーショナルとは、かけ離れている花田の作るポップチューンに違和感を唱えていた。しかし、僕にとってThe Roosterzは、そう言った幻想と決然と対峙する格好良さを持っていたと思う。それこそが花田の活動の意図とさえ思えていた。
その最たるモノが、The Roosterzの解散劇だ。花田は、The Roosterzのネックだったリズム隊の入れ替えを行った。元ローザルックセンブルグの三原重夫と穴井仁吉という強力なバック陣を従えて、傑作「four pieces」を完成させる。曲の充実ぶり、元サンハウスの柴山を中心とする歌詞の充実ぶり、そして、何よりもリズム隊の充実ぶりは目を見張るものがあった。ところが、このThe Roosterzの大傑作アルバムの完成と共に解散を宣言する。余りにも意味ありげな直接的タイトル。「再現できないジグゾーパズル」など、花田は解散の為に、このアルバムを作ったといっても、あながち間違いではないだろう。
そして、解散ライブで、大江、池畑、井上と言うメンバーをゲストに迎えることになる。The Roosterzのファンは熱狂した。あの伝説のメンバーでライブが行われる。それは、後期The Roosterzが、決して手に入れることが出来なかった、もしくは避けてきた熱狂だった。
ライブは花田The Roosterzの充実した演奏で始まった。「Gun control」で始まる幕開けに、僕は震えた。花田の、余りにも眩しすぎる立ち姿に目眩がした。観客の望む姿と、現実の姿のギャップの前で悪戦苦闘しながら花田は歌い続けたのだ。そして、最後に花田は、その姿を「孤高」というのに相応しいくらいの出で立ちで見せてくれたのだ。
そして、一部が終了し、幕が下りた。観客はヒートアップしていた。大江、池畑、井上に対する歓声が膨れ上がった。僕も、もちろん見たかった。しかし、The Roosterzも支持してきた自分としては複雑な気分で会場にいた。これは、花田The Roosterzを認めない事にならないだろうか?そう思ったのだ。初期The Roosterzで熱狂することは、花田の活動を、少しでも否定することになるのではないだろうか?と。僕は会場で、ひどく居心地の悪さを感じていた。
大歓声の中、幕が上がった。中央にマイクスタンドが見えた。花田、下山は、そのマイクスタンドを挟むようにして立っていた。しかし、マイクスタンドの前には誰も居なかった。大江も池畑も井上も、未だステージには居なかった。観客の歓声は、徐々に困惑の色を強めた。
その瞬間、僕は見たのだ。花田が、その観客の反応に冷笑を浮かべながらギターをかきむしる姿を。花田は、確かにThe Roosterz伝説を一笑の内にふしたのだ。その姿に、痛快さを感じた。そう、花田は大江という伝説の姿を背負って活動を続けたのだ。そして、最後まで、その姿勢を貫いた。伝説という実体のない、でも、確実に存在する重荷を否定するように。
その姿が、今でも目に浮かぶ。受け手の勝手な思いこみではなく、自らで作り上げた音という確実に存在するモノで、真っ向から勝負する花田の姿。その余りにも美しい姿を。