私も全裸で止められた

〜名著「放送禁止歌」を読んで思い出した幼少時の記憶〜

放送禁止歌 

 

変わった小学生だった、と今になれば思う。別に、性格とか風貌とかではなく、趣味嗜好が変わっていたと言うことだ。

小学校の低学年から、ビートルズを皮切りに、連綿と流れる60年代のロックを追いかけていた。小学5年位になるとストーンズはもとより、ボブ・ディランやプロコルハルム、果てはサイケデリック系の音楽も聞いていた。ランドセルを背負って「ライク・ア・ローリング・ストーン」を鼻歌で歌ったりしていたのだから、どうにも手がつけられない小学生だった、と言って良い。

徐々に、日本のフォークにも、その好奇心の触手を伸ばして、普通に海援隊とか井上陽水、安全地帯とかを聞いて満足してれば良かったものの、徐々に聞いて行くのは遠藤賢二や、早川義夫など、どうも深く深く聞いていくのが不思議と言えば不思議だった。

その中でも強烈な印象を残したのは岡林信康の「手紙」だった。哀しくも美しいメロディ。歌詞の内容は、お嫁に貰えないと彼氏の両親に言われた女の子のやるせない気持ちを歌った歌で、女性の哀しさがひしひしと伝わってくる名曲だった。

もちろん、歌詞の深い内容など分かる訳もなく、そのメロディの哀しさと美しさから風呂で気分が良くなると、ふと口につくことがあったのだ。

 私の好きなみつるさんは おじいさんからお店をもらい

 二人一緒に暮らすんだと うれしそうに話してたけど

 私と一緒になるのだったら

 お店をゆずらないといわれたの

 お店をゆずらないといわれたの

いい気分で歌っていると、風呂のドアがガラガラと開いて、母が凄い形相で「何歌ってんの!近所に聞こえたらどうするの!」と怒鳴られた。全裸の状態で、何を言われているかも分からず、その勢いに押されて歌うのをやめた記憶がある。(ちなみに、後一度だけ怒鳴られた事があって、それは爆風スランプがライブのみで歌っていた「アホになる」という歌の「スケベな女が大好きったら、大好きったら、大好き」という歌だった。その時は「ふしだらな歌を歌うのはやめなさい!」と言われた筈だ)

放送禁止というのは、しばしば雑談の中に出てきたりする。放送禁止用語も同様だ。裏日本は日本海側日本と言わなければならない。ビ○コ、バカチ○ン、キ○ガイ(これで「気狂いピエロ」はタイトルの読み方が変わってる)挙げていったらキリがない。「巨人の星」の台詞が消されているのは有名な話で、これらも最早ギャグにされている感もある。勿論差別的発言が迂闊にされるのは、非常に危険な事で、テレビなど、影響力の強いメディアで、それが無自覚に垂れ流されるのは危険な事だというのは分かる。しかし、こういった放送禁止のモノの話をすると失笑せざる得ないのは何故だろう?

「放送禁止歌」は、森達也が制作したドキュメンタリー番組を見たデイブ・スペクターの勧めで出版された顛末記+その後の追記を一冊にまとめた本である。

何故、岡林信康の「手紙」や赤い鳥の「竹田の子守唄」が放送禁止になっているのか?ピンクレディーの「SOS」も放送禁止!海の向こうのアメリカでも、あのCCRの名曲「雨を見たかい」が放送禁止になった事がある(一時、誰かがカヴァーして「愛は1人じゃ感じない」とカップヌードルのCMでかかっていたが、この曲の歌詞の意味を知ると、なんだか恥ずかしくなりますね日本人として)など、メディアのタブーの不思議を、森達也らしい視点で追求されている。

そこに、見え隠れするのは、日本人文化だったり、特殊な村社会的な価値観だったりするのだが、ここで森達也が注目しているのは、思考の停止である。放送禁止歌の根っこを探っている内に、必然的に部落問題に行き着くのだが、その取材時に部落解放同盟(解同)の中心人物の語る言葉は印象的だ。

「要するにマニュアルや他人の判断を鵜呑みにしないで、自分自身で考えるという当たり前の事がなされていない。特にマスメディアの方々に対して、私はその思いを強く持っています」

取材を続ける内に、放送禁止は、実際の効力を持つモノではない、という驚くべき事実が出てくるのだが、その事も含めて、この問題は、天皇問題と同じ日本人の見たくない部分をあぶりだすことになる。以前、天皇問題の本を読んだ時に、この問題は「タマネギみたいなもので、剥いても剥いても中心に辿り着く事が出来ない」という印象的な発言があった。それと全く同じ事が放送禁止という現象にはついて回っている。

筆者のこの言葉は、本を読み終えると、より一層響いて来る。

「放送禁止歌という存在が象徴するように、僕らは視界を自ら狭めて思考を停止させてしまう傾向がきっとある。見ることなく、聞くことなく、したり顔で語ってしまうことがきっとある。見ればよい。聞けばよい。話せばよい。知ればよい。それだけで視座は確実に変わる。それだけは間違いない」

多くの日本人に読まれるべき本です。