
この回では、演劇界の重要人物を極私的な目で選んでみました。参考にしていただけたら、と思います。
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現在、野田秀樹はNODAMAPというプロジェクトを、夢の遊眠社を解散、イギリス留学を経て設立。凱旋公演だった「キル」以来、上演を続けている。このプロジェクトでの作品の作り方も、当初はセンセーショナルでワークショップという稽古とも遊びとも区別の付かない事を俳優を集めてやりながら、作品を作っていくという方法を取っている。
特に、最新作「right eyes」からは、イギリスの劇団テアトルドコンプリシテの影響もあったのか(番外公演「赤鬼」で俳優も客演させている)、身体を意識した演技と言うのを極めるという傾向がある。舞台は、ここの所、ドンドン簡略化されていて、役者を見せる傾向が強い。しかも、戯曲も言葉遊び等の比率が減って、どんどん簡素化していっているように思える。インタビューによれば、海外進出を視野に入れ、テアトルドコンプリシテとのコラボレーションも考えているようで、今後の活躍が期待される。
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誰もが知っている「熱海殺人事件」は、つかのエキスが全て詰まっていると言っても良い。この人は根元的な力を信じている人で、見せかけではない強さと言うのを描くことを好む。演技形態も人間を見せるという、つかの信念が貫かれていて、そのロマンチズムを体現できる力の強い役者が多い。最近は少し変わりつつあるが、春田純一等は、つかの力で才能を開花させた役者だろう。それは良い意味でも悪い意味でも、つかの息がかかった役者になっている。
恐らく、鴻上尚史や、その後の小劇場に一番影響を与えている作家であり、演出家だろう。
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これ以降、小劇場演劇界に「静かな演劇」というジャンルが現れた。当時で言うと、青年団の平田オリザ、遊園地再生事業団の宮沢章夫、などだ。90年代の大きなムーブメントと言えるだろう。しかし、この人の作品は静かな演出ではあるが、内容は実に下世話でうるさい。水面下の雑音が、これだけ多い作家も珍しいくらいだ。
「布団と達磨」は、柄本明演じる男が、病床に伏していて、エロ本を読んでいるところに客が来る。次々と現れる客に、エロ本を隠しつつ話をする。というシーンがある。エロ本を隠しながら淡々と話す姿に客がニヤニヤすると言う仕組みだ。この人は人間の根本にある汚いモノを平然とさらけ出す。そして、その上で、人間を大らかに受けとめる。恥ずかしい事や、意味不明な事も含めて、生活という滑稽な時間を切り取るのだ。
しかし、最近は随分とロマンチストぶりを出し始めていて、桃井かおり&竹中直人の「月光のつつしみ」、樋口可奈子&竹中直人の「水の戯れ」など、ここ4.5年コンスタントに作品を発表している「竹中直人の会」では、そのロマンチックな作風で別の魅力も見せ始めている。
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余談だけれど、スチャダラパーの名前の由来は、彼らが熱狂的ファンだったラジカルの作品名「スチャダラ天国」にちなんでいるのは有名な話。この人の作品も癖のある作品だ。80年代の人間に、ありがちなウェットな感覚を嫌うというか、素直にやれば随分と感動的になるところを、敢えて避けて通るというような感覚が持ち味だろうか。普段人が気にしないような所に焦点をあてて、じつに印象深い作品を作る、この人の感性は天才というに相応しいものがある。
この人も、最近随分とロマンチックな作品を連発していて、「あの小説の中で集まろう」「14才の国」等、おかしいけれど、何か不思議と心暖まる作品を連発している。最近は、林巻子(exロマンチカ)とのコラボレーション等も行っていて、何時までも前進していく姿勢を強めていて注目だ。
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「十二人のおかしな日本人」から、チケット入手が困難になり始めて、その後の「彦馬がいく」(大傑作)や「ラヂオの時間」「罠」、サードステージプロデュース「ヴァンプショウ」等、僕が見た作品のほとんどが面白すぎた。演劇と言うジャンルに括られる人では無いのを承知で言えば、この人は演劇には余りこだわっていないと思う。むしろ、僕にとっては、映画やテレビで良質な作品を作って欲しいと思う数少ない作家の一人だ。近年はパルコ劇場との提携で作品を作っていて「笑いの大学」等は、三谷幸喜の神髄を見せつけた作品や、三谷版ドリフターズのような「君となら」等、良質な作品を連発している。ただ、最近は料金自体が高くなっていて不満もある。