その女性は足が痛かった

 

1955年12月1日。その女性は、縫製の仕事を終え、帰りのバスに乗っていた。アラバマ州モントゴメリーでの事だ。

モントゴメリーは人種差別の激しい所だった。バスは白人席と黒人席に分かれており、白人が立っている場合、席を譲らなければならない場合が多々あった。

折り悪く、白人席が満席になり、白人が一人立っていた。バスの運転手は、その女性他3人に立って席を譲るよう「命令」した。仕事で疲れ、足が痛かった、その女性は席を譲る事を拒否した。バスの運転手は、警官を呼んだ。その場で、モントゴメリー市人種隔離条例違反容疑で女性は逮捕された。この事件をきっかけに、黒人達によるバス乗車ボイコット運動が起こり、黒人達は自由を求める運動を強めていくのです。

その忍耐と知性と勇気を合わせ持った女性の名前は、ローザパークス

この事件をきっかけに、黒人達によるバスボイコット運動が起こる。そして、かのマーティンルーサーキングJrらを筆頭とする公民権運動が激化し、1960年代の長き暑い夏を迎えることになる。

もちろん、この事件は、きっかけに過ぎない。NAACP(全米黒人地位向上協会)は、そのきっかけを探していた。そして、ローザパークスはNAACPの書記であり、周りから信念を貫く強い女性であると思われていた。彼女なら、白人の圧力にも屈せず、抵抗してくれると踏んでいた。だからこそ、人種隔離法の違法性を問う、という形での抵抗を始めることにしたのです。そして、このモントゴメリーに、赴任したばかりのキング牧師がいました。

この事件は起こり、必然に偶然が重なって、大きな流れとなっていったのです。(正に小説より奇なりですね)

そのローザパークスが、先日、6月15日に「国から国民に送られるもっとも偉大な賞」だという「米議会金メダル」をもらったそうです。

朝日新聞の天声人語によると、民主党ダシュル上院院内総務は「我々は軍隊より強力なものがあることを教えてくれたパークス夫人にメダルをささげる。強力なものとは、愛の力だ」と言ったらしい。

それにしても、こういう事は美化されがちだなあ、と思う。パークスが行った行動は、確かに勇気があり、賞賛に値する行動だったと思う。前述したように、この事件を発端に、黒人は公民権運動へと、ひた走っていくのだから。

しかし、パークス夫人が行った最初の行動も、その後の行動も、愛の力などという言葉だけでくくっていいのだろうか、と思ったのです。当然の権利が得られない怒り。これは当時のモントゴメリーの黒人達の中で膨れ上がっていた。これこそが彼女の行動の源だったのです。そして、足が痛かった。立ってはいられない位に痛かった。その事が引き金になり、彼女は行動に出たのです。(もちろん、当時のアメリカの南部で、パークスさんが取った行動をするだけでも命がけであり、勇気のいる行動だったのは確かですが。)

黒人達が虐げられ、そして、反抗し、力強く戦った姿は感動を誘う。自分達の子孫が、同じ思いをしないように、と言う気持ちもあった。そして、パークスの信念の強さ。白人の差別主義者に命を狙われるようにもなりかねない行動を、考えた末に取る強さは素晴らしいと思う。しかし、そう彼女が考えたのは、NAACPの指導者の一人エドニクソンが、彼女に、今回の件を人種隔離法の違法性を問うためのテストケースにしたい、と提案された後からなのです。

どうも、こういう歴史的転換は、ひどく個人的な事情が介在して、大転換を引き起こすような気がしてならない。繰り返すようだが、仕事帰りのパークスさんは足が痛かったのです

パークスさんは、立つのが余りにも辛いが為に席を譲らなかった。そして、それに対する対応に怒りを感じ、考え、そして、行動に出た。パークスさんは、その後、この事件が、ここまで大きな反響と、その後の大きな流れを作るきっかけになるとは思わなかった、と述懐しているのです。

それで良いような気がする。それで、決してパークスさんの価値が下がる訳でもなく、むしろそれの方が素敵なんじゃないか?と思うのです。ひどく人間くさい理由。それでこそ人間。そんな気がするのです。

黒人の公民権運動は、一人の女性の足の痛さが大きな引き金の一つになった

素敵です。そう思いたい。

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