僕は1曲の為に4000円払って、おつりどころか得した気分だ

ここ数年、僕のリスナー人生に年表があったとしたら「フィッシュマンズ以降」という時代にあったと思う。勿論それだけとは言わないが、ある種音楽の聞き方が変わっていたのは、何度かHPで書いてきた事だ。

音の配置や差し込み方、展開と言った部分に興奮し、その旋律に上手くはまりこんだ時に音楽的なカタルシスを感じる事に熱中した。ROVOしかり、レイハラカミ、MMWやフィッシュといったジャムバンドしかり。それらは全て音楽としてと同時に、その感覚的な音への配慮が興奮の要因だったと思う。

敢えて今、名前を明かしたくない。ただ、ふとその歌声に惹かれた日本人アーティストの新ユニットの歌を聞いて鳥肌が立った。ちょっと脇に置いていた歌への思いを揺さぶる久々に熱くなれるユニットに興奮しているのだ。ライブハウスでのその演奏は、フォークギター一本。あるのはそれだけ。竹中直人の気の抜けた時のようなMCも楽しく、「豪華なゲストです。みんな後ろ指指されてる?」などとすっとぼけたMCにうっすらとした観客の笑い。初めから彼のユニットらしい雰囲気が出来上がっていた。

僕は、彼のバンドの大好きな歌。そのたった一曲、大好きな曲を聞く為に来ていた。とても美しくて切なくて、そしてメロディとその歌声が大好きでしょうがなかったからだ。その歌が出来た事がきっかけでユニットを結成したのだそうだ。そして、それをギター一本で弾き語ると聞いてきていたのだ。その一曲の為に4000円を払った。

ライブを見終えて僕は、一曲どころか、全てが素晴らしく4000円払っておつりどころか得した気分である。その演奏にアメリカガエリ(某変名バンド)の凄腕ベーシストは「余りにもライブが良かったので立ってなさい」と言った程だ。

かすれ気味の彼の声は、伸びる程に切なくザラザラとした感触を帯びてきて、歌詞の世界がうっすらと浮かんできそうだ。飾り気のない、どこにでもあるありふれた生活の一瞬しか歌わない癖に、その一瞬にぞくぞくする。わずか数メートルの所からマイクを通していない歌声が微かに聞こえてきて、もう天にも昇る思いだった。シンプルな演奏の歌には、ある種聞こえない音や見えない映像を喚起される程雄弁になる時がある。そんな歌だった。CDのコピー通り「なんかこれ聴いてると心のはしっこがムズムズするぜぇ的シングル」という言葉がピッタリくるのだ。ちょっぴり恥ずかしくなる位、純粋で真っ直ぐな歌である。

勿論、彼のバンドは格好良くて大好きなのだけれど、この新ユニットは本当に良い。殺伐としたこんな日本からこんな歌がひょっこり出てくるのは奇跡か必然か。飄々とした彼の風貌からは想像出来ないくらい美しくて、ずっと大事にしたいシングルだ。

キッチンにはハイライトとウィスキーグラス どこでもあるような家族の風景

7時には帰っておいでとフライパンマザー どこにでもあるような家族の風景

友達のようでいて他人のように遠い 愛しい距離がここにはいつもあるよ

釈迦は世界の真理を知った時、それを独り占めしたくて一週間木の下で世界の真理を味わいつくしたと言う。今僕はそんな気分だ。このユニットの音楽を、そっと部屋で何度も聴いていたい気分になっている。きっとこのユニットの歌は多くの人の心を打つに違いない。だから話題になるまで(もう結構話題になってるけどね)、ここでも内緒なのだ。みんな探してみてね。